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二人目の精霊

 ――ゴーン、ゴーン。


 鐘の鳴る音にハッとし、目を見開いた。

 飛び起きると、そこは寝室のベッドの上だった。

 妙な冷や汗をかき、心臓がどくどくと脈打っている。


「はぁ、はぁ……なんだい、夢か……」


 どうやら私はいつの間にか眠ってしまい、酷い悪夢を見ていたようだ。


 ふと、隣の部屋の扉から、明かりが漏れていることに気づく。

 明かりを消し忘れて寝てしまったのか。蠟燭(ろうそく)を節約せねばと、慌てて扉を開く。


「おお、やっと来たね。待ちくたびれていたよ、キャロル」

「なっ、あんた誰だい?! 人の家で何をしてるんだい?!!」


 そこにいたのは派手な格好をした見知らぬ女だった。

 女盛(おんなざか)りと言っていい、婀娜(あだ)っぽい美女だ。

 暖炉の前に置かれた椅子に腰掛け、長い脚を組み替えながら、楽しげに笑っている。


「ふふふ。あたしは現在を司る二人目の精霊さ」

「あんたが……精霊?」


 二人目の精霊ということは、さっきの出来事は夢ではなかったのか。

 それにしても、一人目とは随分と様相の違う精霊だ。

 羽やら何やらが生えている様子はない。美人ではあるが普通の人間に見えた。

 精霊は考え込んでいた私に、にこやかに笑いかけ、両手を広げて見せる。


「もうじきめでたい聖夜だからね、酒にご馳走を用意してみたよ。せっかくだ、大いに楽しもうじゃないか」


 目で示された辺りを見渡せば、酒やご馳走だけではなく、部屋中に聖夜を祝う飾りつけまでされている。

 あまりの変わりように仰天し、大声を出す。


「勝手なことしないどくれ! 聖夜なんて大嫌いだよ! そんなくだらない行事に浮かれて金と時間を費やすなんて、無駄以外のなにものでもないね!!」


 精霊の心馳(こころば)せだとしても、腹に据えかねるものがある。

 部屋を荒らされた心地で、私は飾りつけを引っぺがしていく。

 そんな私を眺めながら、精霊はつまらなそうに呟いた。


「一度しかない人生じゃないか。わざわざ退屈に過ごすより、楽しく過ごした方がいいだろう?」

「余計なお世話だよ! それに、退屈だなんて私は思っちゃいない。毎日、金をかき集めるのに忙しくて、暇なんて感じている余裕はないんだからね。私はこの生き方で十分満足しているんだ」

「そうかいそうかい。なら、確かめてみようじゃないか。本当にその生き方で、満足なのかどうか――」


 言い切った私に、うんうんと頷いて見せた精霊は、にんまりと意味深な笑みを浮かべ、指を鳴らした。


「!?」


 途端に場所が移り替わり、自宅の部屋にいたはずが、急に屋外に立っていた。

 薄暗い空の下、驚いて辺りを見回せば、そこは見覚えのある一軒家。

 私がこき使っている下働きの家の前だった。


「ここは……下働きの家じゃないか?」

「そうだよ。今の現状をよく知っておくべきだと思ってね。ほら、見てごらん」


 精霊が指差す方に視線を向けると、窓から家の中へ吸い込まれるように、視界が移動する。

 家の中では、床に臥せる病気の息子に、下働きの男とその妻が優しく話しかけている。


「明日は休みをもらったから、一日中、家族みんなで過ごせるぞ」

「聖夜のご馳走(ちそう)、何か食べたいものはある? お給金たくさんもらったから、なんでも好きなもの言ってごらん」

「わぁ、嬉しいな。僕は家族みんなで過ごせるだけで、すごく幸せだよ。こほ、こほ……それに、もうあまり食べられないし……お父さんとお母さんで、好きなご馳走食べて……」


 力なく微笑む息子はひどく瘦せ細り、衰弱している様子だった。

 食事もあまり喉を通らず、ベッドから起きあがることも困難なのだろう。

 息子の身体には、風土病ともいえる黒い痣が無数に散らばっていた。


「そうか……そうだな。だがきっと良くなるから、お前が元気になったら、みんなでご馳走を食べよう」

「そうね。元気になるまで、私たちもご馳走はお預けね。ああ、もう起きてるの辛いでしょう。無理しないで寝ましょうね……」

「うん。こほこほ……おやすみなさい……」

「ゆっくり、おやすみ」


 息子の額に口づけ、寝かしつけて、夫婦は隣の部屋へと移動する。

 子供の前では気丈に振舞っていた妻ももう限界で、静かに涙をこぼし、やるせない憤りを夫にぶつける。


「どうして、どうして、うちの子がこんな辛い目に合わなければいけないの……まだ幼い小さい子なのに、なんの罪もない優しい子なのに……」

「体力のない子供や年寄りは瘴気病に罹りやすい……今は薬でどうにか進行を抑えることしかできないんだ……すまない」

「その薬が高過ぎるよ! あの金の亡者の婆さんが融通を利かせてくれたら、あの子はもっと楽になれるのに!!」

「この村で同じ病に苦しんでいる者は多い。うちだけが融通してもらうわけにはいかないんだ……できることなら、俺だって変わってやりたい」

「だけど、だけど……うっ、うう――」


 心痛な面持ちで泣き崩れる妻を抱きとめる夫もまた、悪化していく子供の容態に静かに涙をこぼしていた。


「………………」


 辺境の地は瘴気が濃い。唯一、人の住めるこの村も、年々瘴気が増しているのだ。

 下働きの子供だけではなく、この村にはそんな者達が何人もいた。


「ここだけじゃない、他も見てみようか」


 精霊が指を鳴らせば、また別の家の前へと場所が移り変わる。


「この村から出ていこう。異国に行けば、瘴気病を治せる方法が見つかるかもしれない」

「こんなに病が進行した状態じゃ、もう動かすことはできないよ。長旅なんてしたら、それこそ命取りだ」

「あの銭ゲバ婆が薬代をむしり取らなければ、この村から出ていく金だって貯められたはずなのに……ちくしょう! ちくしょうっ!」


 瘴気病患者の家族はやり場のない憤りを口にし、私への悪態を吐いて泣き崩れる。

 精霊が指を鳴らすたびに、いくつもの家々に視界が変わり、病に苦しむ人々の辛い現状を見せつけられた。


「もういい……もう、散々だよ! やめとくれ!!」


 また指を鳴らそうとした精霊を、声を荒げて睨みつける。


「こんな、どうしようもない現状を見せつけて、私にどうしろって言うんだい? 罪悪感に苛まれて改心し、恵んでやれとでも言うのかっ?!」


 高価な薬を与え続けたところで、瘴気病が治る保証はどこにもないというのに。

 そんなことすれば、それこそ偽善者だ。自己陶酔(とうすい)するための欺瞞(ぎまん)でしかない。


「いやいや。あたしは後悔のない生き方を選択できるよう、手伝いに来てやっただけさ」


 精霊は首を横に振り、肩をすくめて見せた。

 そんな態度に苛立ち、眉根を寄せる。


「何を言っているのかわからないよ……私が金をばら撒いてやったところで、村人の病は治らないんだよ!」


 叫んで訴えると、精霊は私をまっすぐに見据えて語りだす。


「人は弱い、簡単に死んでしまう。死んでしまっては、何もできない。生きているうちに、思い残すことがないように、やっておく必要があるってことさ」


 精霊の様子が何かおかしい。先ほどよりも若々しさがなくなり、年を取っているように見えた。


「それが、他人のためなのか、自分のためなのかは、どちらでもいいことだ。大事なのは今、キャロルが後悔しない選択をするということだ」

「!?」


 やはり、間違いない。精霊の姿が見る間に年を取り、老いているのだ。


「その姿は、いったい……?」

「わかっているだろう、キャロル? 人の命は短い……時間はそうないのだと」


 瞬く間に老女へと姿を変えた精霊は、私の身体――脇腹を指差した。

 それは私が隠していた、誰にも知られていない、黒い痣のある場所だ。


「時計の針は待っちゃくれない……あたしの姿が老いていくように、村人の寿命も、キャロルの寿命も、刻一刻と減っていく……」

「! ……選択とはなんなのです? 後悔しない選択とは、どうしたらいいのですか! 教えてください!!」


 私よりも遥かに年老いた、朽ち果てそうな老女の姿になった精霊は、意味深に微笑んで見せる。


「ああ、もう時間がないね。次の精霊が迎えに来る頃合いだ。キャロル、良い最期を――」


 精霊は指を鳴らした。


 ――チック、タック、チック、タック。


 秒針の音が妙に大きく聞こえ、私は目を開いた。

 気がつけば、そこは暖炉の前。日課の金勘定をしている途中で、机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。


「……さっきまでのは、夢? そんなはずは……」


 夢だと思い込むには、あまりにも生々しすぎる。ただの夢だとは思えない。

 それに、次の精霊が迎えに来る時間とも言っていたのだ。

 母は三人の精霊が訪れるとも言っていた。

 なら、次の精霊が最後なのだろう。


 だけど、精霊に見せられたものは、過去も現在も辛く苦しいものだった。

 次の精霊に見せられるものも、辛いものになるかもしれないと思うと体が震え、身構えてしまう。


 間もなくして、扉をノックする音が響く。


 コンコンコンコン。


 不穏な気配を感じつつも、これが最後だと覚悟を決め、震える手で扉を開け放つ。

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