聖夜の亡霊
「無駄金なんて一銭も払う気はないよ。買い物しないなら商売の邪魔だ。さっさと帰っとくれ」
寄付金を募る村の子供たちと教師をつれなく突き放して言うと、子供たちはうるうると目を潤ませて私を見上げる。
そんな顔をしても無駄だと、そっぽを向いて手で追い払う仕草をすれば、子供たちは頬を膨らませてぷるぷると震え、叫びながら店の外へと飛び出していく。
「ドケチの偏屈ババァー!」
「ごうつくばりの金の亡者ー!」
「銭ゲバ婆なんか嫌いだ、村の嫌われ者ー!」
おっしゃる通り、私は嫌われ者の銭ゲバ婆、血も涙もない冷酷無比な守銭奴だ。
どれだけ人に嫌われようがかまいはしない。人は裏切るが、金は裏切らないのだから。
必死に掻き集めてきた金を、無心されるまま施してやるなんて冗談じゃない。
しかしながら、けたたましい金切り声には腹が立つものだ。
子供たちを連れてきた教師にじとりと視線を向け、腹いせに嫌味を言ってやる。
「まぁ、なんて口の悪い子供たちだろうね。教育がなってないったらありゃしない」
「こ、これはとんだ失礼を……子供たちにはよく言って聞かせますので、どうかご容赦を――」
店に残った教師は引きつった笑顔で冷や汗をかき、なんとか私を宥めようと言い訳を並べ立てている。
二十代後半くらいのまだ年若い教師は、最近この村へとやってきた男だった。
のんびりした村人と比較すれば頭の回転も早いらしく、物知りで口達者なことから子供たちに懐かれ、成り行きで教師を任されたのだと言う。
「金にもなりゃしないあんたの身の上話に興味はないよ。金を落とさないなら、さっさと出ていっておくれ。冷やかしはお断りだ」
けんもほろろに言ってやれば、教師はずいっとこちらに近づいてきて、自分の顔が良いのを把握している表情で微笑んで見せ、私の手を握って懇願してくる。
「キャロルさん、お願いです。少しだけでも、寄付に協力してください。明日は年に一度の聖夜なのですから、子供たちを喜ばせてあげましょう。僕はあなたと皆の仲を取り持ちたいんです。仲良く聖夜を――」
「くどいよ! 聖夜なんて私には関係ないねっ!!」
あまりのしつこさに苛立って声を荒げると、店の裏から下働きが出てきて、私の後ろに立ち、教師を見下ろす。
下働きは熊のように大きな男で強面なこともあり、見下ろされただけでも相当な威圧感があるだろう。案の定、教師はぎょっとした顔をしている。
口数の少ない下働きが、低く重い声で教師に言う。
「お引き取りください」
「あの――」
教師はまだ何か言おうとしたが、下働きに睨まれて言葉を詰まらせる。
「っ……は、はい」
ようやく無駄骨だと理解したようで、教師はすごすごと引き下がり、店から出ていった。
うるさいのがやっと帰ったと鼻を鳴らしていれば、今度は下働きが思い詰めた表情で話しかけてくる。
「あの、キャロルさん。申し訳ないのですが、どうか給料の前借りをさせていただけないでしょうか? 息子の容態が芳しくなくて……」
下働きは病気の息子の薬代を稼ぐため、この店で働いている。
こんな辺鄙な村で、まともな稼ぎを得られるのはここくらいしかなく、私はそんな男を薄給でこき使っているのだ。
「そうかい……」
下働きの仕事ぶりは真面目で堅実。今までに前借りをしたいと言ったことはなかった。
そんな下働きが特別にということは、息子の容態が相当悪化しているのだろう。
もしかしたら、その子が聖夜を迎えられるのも、最後になるかもしれない。
「仕方ないね。明日休みたければ、休んでもいいよ」
「いいんですか? できれば、休ませてもらえるとありがたいです」
「わかった。もちろん休んだ分はきっちり給料から引いておくし、薬の代金も払ってもらうからね」
いつも下働きが買っていく薬と、代金を差し引いた前借り分の給料を袋に詰め、差し出してやる。
「ほら、持っていきな。もう店じまいするよ」
「ありがとうございます。感謝します」
袋を受け取った下働きは、何度も礼を言いながら帰っていった。
礼を言われることなど何一つないというのに、律儀な男だ。
病気が悪化しているということは、いくら薬を与えたところで、気休め程度にしかなっていない。
根本的な問題を解決しなければ、病魔はきっと治らないだろう。
だけど、その問題を解決する手立ても今の現状ではないのだから、どうしようもない。
可哀想な親子の境遇を利用し、私利私欲のために荒稼ぎしているのだから、私はろくな死に方をしないだろうね――。
そんなことを考えながら店じまいをし、二階の住居へと移動した。
味気ない質素な食事を胃に流しこみ、寝る身支度を整える。
それから、薪をくべた暖炉の前でその日の金勘定をするのが私の日課だ。
「まぁ、ぼちぼちといったところか…………ん?」
いつものように金勘定していると、どこからか何かが聞こえてくる。
耳を澄ましてみれば、かすかに女の声が聞こえる。聖歌を口遊んでいるようだ。
それが何故か、誰もいないはずの奥の部屋から聞こえてくるのだから、背筋が凍る。
泥棒かもしれないと焦り、急いで金を隠して暖炉にあった火掻き棒を手に取る。
ゆっくりと扉に近づいていき、震える手でドアノブを握り、思い切って開け放った。
「誰だいっ!」
その途端、音もなく白いベールを被った女が迫ってきて、私の身体をすり抜けていく。
「ひぃっ!?」
ヒヤリと冷たいものが身体を素通りしていく感覚に、思わず悲鳴を上げた。
体感的に理解した。それは人ではない、人ならざる者だ。
『……キャロル……』
名を呼ばれ、腰を抜かしそうになりながら振り返ると、白いベールの女がこちらを向いて佇んでいた。
ベールの奥に薄っすらと見える顔には見覚えがある。若い頃の自分の容姿によく似ているのだ。
『これから、あなたの元に三人の精霊が訪れます。それを伝えにきました』
二十代半ばくらいだろうか、私に似た女は淡々と告げる。
『これが最後の転機です。後悔のない生き方を選んでください』
死神の類なのだろうか。死期が近いことをわざわざ伝えに来たとでもいうのか。
『キャロル。わたくしはあなたの幸福を何よりも願っています』
ふと、幼い頃に同じ言葉を囁いてくれた母の面影を思い出す。
「……お母、様?」
私が呟けば、その人ならざる者は私を見つめ、切なげに微笑んだ。
そうだった。母は私を見つめ、儚げに微笑む人だったのだ。
母の面影を思いだそうとすればするほど、その姿は薄れて消えていく。
『どうか、精霊のご加護があらんことを……』
「お母様なのですか? ……待って、待ってください!」
精霊に祈るその姿を見て、若くして亡くなった母だと確信し、とっさに伸ばした手は虚しく宙を掻くだけで、母の姿は跡形もなく消えて無くなってしまった。
暖炉で薪がパチパチと燃える小さな音だけが聞こえる。
何事もなかったような、いつも通りの部屋だ。
茫然と立ち尽くしていると、扉をノックする音が響く。
コンコンコンコン。
「お母様っ……!?」
慌てて扉を開くと、そこにあったのは母の姿ではなく、別の訪問者の姿だった。




