ウェイルウェイルズウィルウェイルズウェイルウェル
A Whale WEIL's Will Wails Wale Well (鯨ウェイルの意志は酷く波状に咽び泣く)
1999年、赤道、日付変更線の近く。太平洋の中央とも言える海中にて海の王が産まれる。海の王は10万年に一度程の間隔で現れ、その姿はいつの世も鯨の姿で産まれてくる。その年においても例に漏れず鯨の姿であった。その顕出に呼応するかのように世界中の大型の魚類達は知能を獲得する。そして同時に、本能的に海の王の元へと吸い寄せられるかのように移動を始めたのだ。
海の王は母によりTHE鯨という名称WEIL (ウェイル)と名付けられた。そんなウェイルはお母さんに甘えたい盛り。片時もお母さんから離れる事は無く、母もウェイルを溺愛し幼少の2年間は甲斐甲斐しく世話をする。その間にも海の王の誕生を祝し大勢の大型魚類が集まってくる。海洋生物の全てから愛されたウェイルはやんちゃにすくすくと育った。
世界中から集まった魚類から聞く話によるとどのような海、川、湖であっても水中の生態系は陸上の人間によって乱され続けている。それは直接的なもの、間接的なもの無数に存在しており原因こそ様々ではあるが人を擁護できるレベルのものでは無かった。化学物質の含む排水によって川の魚が全て殺されてしまったり、開拓のため湖の水を全て抜かれてしまったり、人間の生み出したゴミや、使わなくなった道具を海洋に大量に破棄している。それらのゴミを誤飲し亡くなったり、穴が空き捨てられてしまった網に絡まり泳げなくなったり餌が取れなくなり亡くなるという話も毎日のようにウェイルの耳に入った。
そもそも海洋に生きる魚類の食物連鎖は陸上よりも過酷である。しかし、人間が漁で獲らなければ以後もこの自由な海を泳ぎ、つがいを作り卵を産むべくであった個体である。少し残酷ではあるが陸上の食料として柵の中で増やされ育てられている野生ではない動物のそれとは意味が大きく異なる。
ウェイルは優れた知能でもって世界中から集まる魚達の話を聞き、次第に人間の事を恐ろしい存在だと思うようになっていく反面、興味を持つようにもなる。各地からやってくる魚に、どのようなエピソードがあるのか。その中に人間がどのように関わっているのか。中には人間に助けられた話などを持っている魚もいたり、水族館のような施設で共生関係を結び、互いに信頼し合えるような状態になっていることもあると知れた。
太平洋に鯨やイルカを見に来るクルーズ船などの乗客はとても海洋生物に好意的である。どのような発言をしているかの言語は文法的に理解できている訳では無いのだが、声色や声の高さの波は感情を乗せ伝わってくる。リアクションなどからも、とても楽しそうにしていることが感じられる。ウェイルは人間と仲良く共存していく選択をとれないものか、、、
個々の小さな輪の中ではこれだけ仲良くできるのだから、この輪を広げていけないものかと考えていた。
10年経った2009年。ウェイルはすっかり青年となり、その体長は30mを超えるほどに。しかしその巨体に反して慎重な性格。悪く言えば優柔不断で小心者。幼少の頃ほどではないがお母さんについて回り、母は嬉しいながらも海の王としての威厳や成長に支障があるのでは…と心配になっていた。
好きになったのだという雌のキャサリンちゃんに告白したもののウェイルはフラれる。それによって3日間も穴蔵の中でメソメソと泣いているのだ。母は厳しく接する。
「あんた図体がでかいんだから泣いてるとうるさくてしょうがないね!あんなダサい告白で雌が魅かれる訳ないだろう!ギャラリーが一杯いたことも雌にNOと言わせる一要素だって何で気づかないもんかね?あんなでっかい魚達が遠巻きに見ていたらキャサリンちゃんからしたら怖いったらありゃしないよ。ウェイルにとっても告白は一大事だったろうけど、告白を受けるか断るかもキャサリンちゃんにとって一生を左右するとても大切なことなんだから不安要素は次の告白では取り除いておきなよ。
…ほら!分かったら2回目の告白に行ってきな!駄目なら3回目!4回目!だよ。きっとうまくいくよ!」
わずか30分後に上機嫌でキャサリンちゃんを母親に紹介するウェイル。母親離れが進むであろうことに喜びながらも少し切ない母なのであった。
ウェイルはそれを境にいくらか大人びたように見えた。これまでの幼かったやり取りは一転して建設的に会話が行なえるようになる。もともと知能は陸上生物まで含めても最も高いレベルであったのでそれは当然であったとも言えた。キャサリンちゃんが知能の高い雌であったこともウェイルに良い影響を与えたのだろう。
海の王として生まれた責務を果たす時期がやってくる。世界各地の魚たちは決して人間を許さない。実害を受けたその魚たちは人間の悪行をどうにかして欲しいとひっきりなしにウェイルに嘆願してくるのだ。海の王ウェイルにはその力があった。陸上から海中へ一方的に不都合を押し付ける人間であったがすでに人間は気付いてはいないが陸は安全圏にない。ウェイルには海中から陸上への…、世界中の至る所へ声を届けられる能力が備わっていた。多くの魚の嘆願を受け、ウェイルは妥協案を出す。現在を暮らす人間に直接的に害をなすのではなく、将来的に産まれてくる先進国の人間の数を減らす方法をとる。
ウェイルは海洋被害の大きい地域の人間(男性)の生殖能力を落とす低周波音を世界に向けて発生させる。音・波には指向性を持たせており、どの位置からどのように音を発生させ波を重ねれば良いかは本能的にウェイルは感じられていた。ウェイルは優しい子であり、幼い頃にクルーズ船で好意的に手を振ってくれた人に実害を与えたくなかったのだ。ひとまずの王の決定に人間に実害を受けていた魚達は不満こそ抱えつつも様子を見る事にした。
そして15年の月日が流れ2024年。世界的にも先進国の人間の出生率は軒並み落ち込む。
…しかし、海洋汚染は収まらず加速している。人間が滅ぶか、海洋が滅ぶかどちらが早いかは明白になっていた。
2024年8月、ウェイルの母とキャサリンちゃんが捕鯨船に捕まり生存は絶望的となった。人間の中でも捕鯨は許容派と反対派が存在するが、許容派は反対派に許可を取らない。全ての人間が悪い訳では無い。そうは頭では分かっているもののウェイルは荒れた。海洋生物であるので食物連鎖はある意味しょうがない部分もあるが、そうはいっても産まれて間もなくからの母との絆やキャサリンちゃんとの愛の思い出が心中に思い起こされた。しかしウェイルは泣かなかった。
ウェイルの取り巻きにいる大型の魚類は
「もう駄目だ。先進国の人間が減れば海洋汚染は減るべくであったはずが、汚染は加速している。我々の住み家は有害な毒に侵されゆるやかな死は我々にこそ起こってしまうだろう。生活圏も圧迫している。減り続けている我々の同志を人間は依然攫い続けている。王の母も后も攫われてしまった。このままでは後100年も経たない内に我々は完全に滅びてしまうだろう。」
ウェイルは決意した。怒りに任せての決断では無い。ひどく冷静に…。
2024年8月22日。
ウェイルは鳴く。これまでのメソメソとした泣きかたではない。
カンッ!!!
乾いたクリック音。そのエネルギー量は凄まじく海中800mから発したそのM14のエネルギー波は海中の音速を限界突破させ秒速3000mで海中をぐにゃりとうねらせながら移動。世界中の海洋の表面を太鼓に変える。海水面から発せられた波である音は250dBの轟音となり陸上に響き渡り人間を次々に殺処分していく。海中、陸上が物理的に大きく歪む現象は丸3日続いた。
およそ150dBの音圧で人間の鼓膜は破裂するそうであるが、その10万倍のエネルギーが丸3日鳴り響くのである。聴覚の無い人物であれば…という話ではない。この齎された死はウェイルの意志……、、覚悟なのである。
2024年末。ウェイルは歌いながら世界の海を泳ぐ。ウェイルを見かけた各地の魚は海の王を讃え感謝を告げる。
ウェイルは亡き母とキャサリンちゃん、そして人間という種を思い
泣きながら世界を回遊し続けている。