09 公開の場で〜ユーフェミア〜
宰相の息子であるマクスウェル侯爵令息と聖女ミーナ様から面会の申し出があり、お父様がそれを受けたことで私とお父様は指定の日時に王宮の中庭へと転移しました。
他にもいくつかの座標が王宮の中には仕掛けてあり、例えば正門の外に転移して正規の手続きを経てから入城することも考えましたが、先日の王妃様服毒騒動の際にお父様が使用した中庭の座標を使用することにしたのです。
想定されるパターンのひとつとして転移魔法を封じる対策を王国側が取った場合に備えて、当家が仕掛けた座標の位置も数も秘匿しておきたいという判断からでした。
中庭には簡易な議場ともいうべき円状の席が設けられ、その中心に私とお父様が座るためのソファと、マクスウェル侯爵令息と聖女ミーナ様が座るソファが対面で置かれています。
議場にはお互いの声を増幅するための魔法がかかっており、大声を張り上げずともお互いや円状の傍聴席に座る方々に聞こえるようになっています。
公開の場で話し合うというのは当家からの申し入れで、本来なら陛下と殿下を衆人環視のもとで処断するための環境でしたが、侯爵令息からの話し合いの申し入れにより、テストにはちょうど良いとこの場にお越しいただきました。
中庭に転移した私達を出迎えたのは侯爵令息の父親であるマクスウェル宰相と騎士団長様でした。騎士団を使ってこちらを捕らえるつもりかと一瞬警戒しましたが、騎士団長様は手出ししないとの旨をお父様に告げて傍聴席へと座られました。
宰相から先日の王妃様服毒の際の助力に対する感謝を伝えられたお父様は笑って宰相の肩を叩き、私を宰相マクスウェル侯爵に紹介してくださいました。
「お久しぶりですなユーフェミア嬢。この度は息子が大変なご迷惑をおかけしたことをお詫びします」
そう言ってやや深い黙礼をなさる宰相に私も鷹揚に頷きます。私も宰相の手を取ってお詫びをしたい気持ちはありますが、衆人環視の状況で当家と宰相が繋がっていると示すのはよろしくないので、あくまで王家のお二人に対して怒りを燃やす令嬢の姿を示します。
宰相が当家と繋がっていることを理由に陛下に罷免権を行使されてしまっては要らぬ被害が出ることにもなるでしょう。当家としてはこのまま話の通じる宰相と最低限の被害で王家をすげ替えるつもりでいるのです。
王妃様のご体調を心配する言葉と、騒動の際の宰相の行動を讃える言葉を告げて、私とお父様は二つ並べて置かれたソファに座ります。程なくして王宮の方から侯爵令息と聖女ミーナ様が中庭に出てこられました。
ものすごい目で私達を睨みつける侯爵令息の様子に内心で嘲笑を送りますが表情には出しません。泣き出す一歩手前というお顔でウルウルと見つめてくるミーナ様との対比が面白くもありますが、どちらにしろ質の悪い茶番の中で生きておられる方達なのですぐに興味もなくしてしまいました。
「それで?」
お父様が短く問いかけます。いつまでも睨みつけるのみで声を発しようとしない侯爵令息にきっかけを与えたのだとわかりますが、言われた方はギクリと体をこわばらせました。
「君達が話があるとのことだったからこうして場を整えたわけだけど、さてどんな話があるというのかな?」
その言葉にようやく侯爵令息は睨みつける視線を緩めました。
「ミーナは本物の聖女です。エルンスト伯爵家には代々の役目を引き続き全うしてミーナの力を引き出していただきたい」
「お断りする」
「なっ…!」
「…………」
「…………」
挨拶もなくいきなり本題を告げた侯爵令息もどうかと思いますが、一言で切り捨てて何の補足もしないお父様の意地の悪さも大概かと思いましたので、私からフォローをさせていただくことにします。
「マクスウェル侯爵令息、まずは本物の聖女という部分を説明していただけますかしら?」
格上の貴族に対して無礼な物言いではありますが、すでに当家は王国を出た上に敵対すると宣言した身。さらにはこれからこき下ろしますよという意思表示も兼ねて対等以上の話し方で問いかけます。
身分にうるさい殿下なら喚き立てるところでしょうが、侯爵令息は下手に出るつもりはあるようです。
「公には伏せていたことですが、ここにいるミーナには聖女の印が現れています。数百年ぶりに現れた印こそ本物の聖女である証です」
ミーナ様を手で指し示しながら言い切る侯爵令息の目には確信が満ちています。それとともに怯えの影も見えるので当家の役割や王家の状況は把握していると考えて良いでしょう。
「仮に、ですわよ?仮にその証が本物であるとして、それはいつ、どのようにしてミーナ様の体に現れたのですか?」
「説明できるかい?」と優しく語りかける侯爵令息にミーナ様はコクコクと可愛らしく頷きを返します。怖いのを必死で我慢している涙目で細かく頷く仕草は小動物のような愛らしさです。そして決意のこもった瞳を私に向けます。
「わた…私が8歳の時に受けた加護判定の儀式で印が浮かび上がったんです」
そう言って右手の甲をこちらに示します。そこには私の右手の甲に刻んだ刻印と寸分違わぬ印が刻まれていました。
ユリの紋章にも似た今代聖女の証。当然ながらこれは当家と王家と教会の共謀により決められた代々の聖女の証のひとつです。初代陛下と古エルンスト伯と当時の大司教様が12の証を石板に刻み、ひとつひとつが世代を象徴しています。
代々の聖女の証は公に流布しておらず、今代の聖女の印を知る者は関係者の中でも原初の情報に触れることができるごく一部のみ。それを出自も明らかでない男爵令嬢が知っているなど不可解以外の言葉がありません。
「ミーナ様、あなたはそれが聖女の証であると誰から聞きましたの?」
「あ…あのあのあの、し…司祭様から教えてもらいました」
末端、という言い方はしたくありませんが、各地の現場にいる司祭が聖女の証を知っているなど、どう考えてもおかしいはずなのに、ミーナ様はご自分のストーリーを疑っていない様子。もしくは司祭から聞いたというのがそもそも嘘なのでしょうか。
「それではミーナ様…」
そこまで言いかけた時にその声は大きく響きました。
「無礼な詮索はやめろ!ミーナが聖女であることは疑いようのない事実だ!」
あらまあうふふ。
今日はこの場に来る予定のない殿下が大股で近寄ってくるのが見えます。侯爵令息は驚いていらっしゃいますが聖女(笑)さんは目をキラキラさせています。おそらく彼女が殿下をこの場に呼んだのでしょう。
隣に座るお父様の気配は身じろぎもしません。私としても殿下が増えようが減ろうが全く構わないので特に驚く必要もありません。
「この僕が王家の名においてミーナが聖女だと認めているではないか!それに疑問を呈す時点で不敬だとなぜわからない!いくら聖女代行だからといって王家に逆らうならば爵位返上ではなく国家反逆罪を適用するまでだ!」
逆上し大声でまくしたてながら足早に大股で歩み寄ってくるという器用なことをする殿下に吹き出しそうになりますが、気力を振り絞って冷徹な顔で相対します。
キィィィン!と高い音がして殿下が透明な膜に阻まれて押し戻されるように後退りました。お父様が張った結界の範囲に接触したようです。鼻を打ったのか痛そうにする殿下に嘲笑とも取れる笑みを投げかけます。
「あら殿下。殿下からお話を聞くのは明日以降だと思ってましたが違いましたのね」
嘲笑してから扇子を広げて口元を隠します。馬鹿にする態度をあえて見せたことで殿下のお顔はますます真っ赤になっていきます。
「ユーフェミア!貴様なんだその態度は!」
そう言って再び向かってこようとして結界に阻まれます。見えない壁があることがわかったようで透明な結界を手でペタペタと触って確かめています。
「なんだこれは!」
何か仕掛けてあるとわかった殿下がお父様を怒鳴りつけます。
「何って結界ですわ。狼藉者が私達を害する可能性があるので張ってましたが正解でしたわね」
「私を狼藉者呼ばわりか。貴様本当に命が惜しくないようだな。衛兵!この者を捕らえよ!」
騎士団長に目をやるとぞんざいに手を振って部下の方に行けと命じています。命じられた部下の方が数名、結界を叩いたり剣を通そうとしますが結界は破れません。
「申し訳ありません!不可能です!」
そう言って騎士団の方は殿下に頭を下げて逃げるように中庭から出ていってしまいました。
殿下の命令から撤退まで2分とかからない速やかな判断と行動に敬意を表して騎士団長様に目礼を送ると騎士団長様も目礼を返してくれます。
騎士団として殿下の命令に従いつつこちらの結界の強度を示して見せ速やかに撤退して殿下の八つ当たりも回避したあの方々は当家の騎士団にも引けを取らない優秀な騎士達のようです。
殿方の良い仕事ぶりを見て気分が良いのは私だけではないようで、お父様からクスリと笑う声が聞こえました。
「魔獣避けの結界ですからね。人の腕力で破るのは不可能でしょう。殿下が我々の死角に潜ませている近衛に攻撃魔法を放つよう命令してください。近衛の一斉射撃でも破れぬということを先に証明してからお話しましょう」
まあ、近衛部隊でしたのね。気配を感じない方々があちこちに忍んでいるのは監視魔法で目視しておりましたが、どちらの部隊の方なのかまでは知識のない私には不明でした。
目の前に浮かんだ小さなスクリーンのいくつかに、狼狽する近衛の方々の様子が映されています。一際目つきの鋭い男性が周りを見回して右手をグーパーグーパーと動かすと他の方々も頷きます。
「打てぇ!」
声と同時に周囲からさまざまな魔法が私達に向かって放たれました。火や水の玉、石つぶてや電流を纏った槍など殺傷力の高い魔法の見本市のような光景に近衛の戦闘力の高さが窺えますが、お父様の結界に守られた私としては欠伸が出そうです。
キィィィン!とまた甲高い音がして迫っていた魔法が悉く消滅しました。当然ながら結界の内側にはそよ風すら起きません。
「なっ!」
私達の後方から声が聞こえます。潜んでいるというのに驚きを声に出してしまってはいけません。まあ近衛とは隠密部隊ではないでしょうから仕方ないのでしょうけれど。
「打てぇ!」
再び号令がかかり第二射が放たれます。今度は先ほどよりも多くの魔法が飛んできており、どうやら潜んでいた者達とは別に、殿下の護衛についていた近衛も魔法を放ってきたようです。
三度甲高い音がしてそれらの魔法も全て消失します。次の攻撃が来ても同じことなので、私はお父様に目を向けて許可を頂いてから魔法を起動します。三つの光の玉が殿下の護衛をしている近衛に向かいます。それらひとつひとつが正確に対象に命中して、当たった者を電流によって昏倒させます。
私が同時に放てる魔法は三つまでなのでこれを繰り返します。1分と経たないうちに10人ほどいた殿下の護衛は全て昏倒しました。
隠れている者を狙い撃つ技術は私にはないのでお父様に軽く頭を下げてお願いします。お父様は笑って頷いてくれ、パチリと指を鳴らします。
お父様があらかじめマーキングしていた『近衛部隊の人間』という目標に対して『この場にいる者』かつ『武器を携帯している者』という条件をつけてお父様の呪術が行使されます。
聖女代行の仕事には当然ながら解呪があり、神の御業によらない当家が解呪するにはそれらの呪術を熟知している必要があります。ですので当家のご先祖様は世界中のありとあらゆる呪術を研究し習熟してきました。それこそ大森林に住む未開の部族の呪術まで収集している当家の書庫は呪術においても世界随一の蔵書量を誇っています。
「ぐわぁ!」「なんだこれは!」「ぎえええ!」
様々な呻き声と共に隠れていた近衛の方々が屋根の上から落ちてきます。受け身を取れずに骨を折ってしまった方もいるかもしれませんが、それが仕事なので諦めてもらうほかありません。なるべく被害は少なくしようと家族会議で決めましたが、被害ゼロあるいは不殺を気取るほど当家は善ではありませんので、王家の牙ならば折られるのも仕方ないことでしょう。
「…………」
それにしてもお父様が実戦で使う魔法や呪術にはいつも惚れ惚れさせられてしまいます。お父様やお母様は私の才能を高く評価してくれますが、それでもいつお父様に追いつけるのか私にはまるでわかりません。
目視していない複数の相手を条件づけによって特定し制圧するのは私にはできません。広範囲を焼き払う魔法なんてこの場では使えませんし、隠れている近衛の方々を制圧するのはお父様にしかできない高等テクニックです。
子供のようにお父様に抱きついてすごいすごいとはしゃぎたいところですが、この場では不気味なエルンストの仮面をかぶっていなければならないので我慢です。さも「私にもできますよ」という顔をしてなるべく圧を感じていただけるよう努めます。
案の定、殿下は目の前の光景が信じられないのか口をあんぐりと開けて呆けていらっしゃいます。侯爵令息と聖女(笑)さんも同じような顔をしていますが殿下ほど間抜けな顔でないのがせめてもの救いでしょうか。
「これでまともにお話し合いができそうですね」
お父様がにっこり笑って言いました。この笑顔をこちら側で見られることに私も当家に連なる方々も感謝すべきですわね。執事のイグナシオに「間違いなくエルンストの最高傑作」と言わしめたお父様。こんなのを見せられては婚約者がジャガイモにしか見えなくなりそうです。




