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04 暴走翌日〜宰相マクスウェル〜

 王立学園の卒業式で行われた婚約破棄は、それが起きてしまった時点でもう撤回も隠しだても不可能というとてつもない暴挙だった。そして取り返しのつかない最悪の愚行でもあった。もはやエルンスト伯爵家は我が国との盟約に縛られず、各国の提示する条件をワインでも選ぶように軽々と品評し、もっとも条件の良い国と契約するのだろう。

 あるいはエルンストならばその気になれば小国くらい簡単にその手に収めるだろう。武力によってでも、聖女代行ユーフェミアの婚姻によってでも、それができるだけの実力と美貌や才能を持っている。

 「…………」

 聖女代行の消えた城下を眺めてため息をつく。これまでこの国を守護してきたのは聖女などではない。エルンストだ。

 王家と歴代の宰相や高位貴族以外には知るものの無い秘密。だがそれ故に秘密を知った者は何をおいても我が国とエルンストとの盟約を守り、聖女が健在であることを国内外に示し続けねばならない。それにもかかわらず陛下や殿下がここまで履き違えているとは。

 「…………」

 親子揃って愚かだとは思っていたがこれほどとは。後悔ばかりが沸き起こり事態を収拾させる案が思いつかない。エルンスト伯爵家どころか親戚筋まで軒並み国内から出て行こうとしている。

 他家に嫁ぐなどしてエルンストの秘伝を知る者が仮に国内に残っていたとしても、そこから得られる知識だけで次の聖女代行を満足に運用できるとは思えなかった。

 エルンスト伯爵家の総力をもってして聖女代行の奇跡は演出されてきた。光降り注ぐ浄化の魔法も、不具となった者が立ち上がる奇跡も、全てはエルンストのお膳立てによって演出された茶番に他ならない。かつては王家が担っていた演出の部分においてさえ、近代ではエルンストの傍系が勤めて王家はそれを追認する立場をとってきた。

 要するにエルンストがその気になれば王家などなくても聖女システムを維持し続けることは可能なのだ。そして新たなシステムを構築することも。

 「父上」

 バカ王子の側近として侍らせていた長男が入室してきたことで思考が現実に復帰する。

 「国賊を討伐しないで見逃すとはどういうおつもりですか」

 穏やかな口調ながらかなり過激なことを言っている。

 「国賊とは随分な物言いだな。一体誰のことを言っておるのだ」

 「エルンストです」

 「…………」

 やはりかという思いで言葉が出ない。

 「国賊とは国に反逆した者達のことを言うのだ。エルンスト伯爵家が国賊であるわけがなかろう。それとも」

 息子の顔を見る。義憤に駆られまっすぐな目で私を糾弾するその顔はかつての妻に似て美しいが、間違った正義など害悪にしかならぬということを突きつけてくる。

 「リチャード殿下の不興を買ったことが国賊たる根拠だとでも言うつもりか?」

 「そうではありません。奴らは真の聖女であるミーナを差し置いて聖女代行などと嘯いていました。我らを騙していたなど国賊であると言わずになんと言いましょうか!」

 確かに息子の立場からすると騙されていたと憤慨するのもわかる。私も陛下も同罪だろう。しかしそれならば王太子も同様の筈だ。

 「お前やお前の仕える馬鹿者にはそう見えているかもしれんが、現実はもう少し複雑なのだ息子よ」

 「なっ……」

 「そもそもミーナ嬢とやらが本物の聖女であるならばなぜ教会がそれを知らない?その娘が聖女だとわかった段階で教会に申し出なかったのはお前達こそ事実を隠したからではないのか?」

 馬鹿どもが聖女とやらを中心に青春ごっこをしていたのは承知している。それも卒業を機に終わるものだと思っていた。だが馬鹿どもが選択したのは学園の恋愛ごっこを卒業後も継続しようとする浅はかな願いだった。

 百歩譲ってその幼稚さはまだ理解できなくもないが、愚かな願いを叶えようとして選んだ手段が道理の通らぬ一方的な強権の行使であり、その結果としてエルンスト伯爵家と我が国の盟約を王家から破棄するという取り返しのつかない一手だったのだから目も当てられぬというものだ。

 「確かにミーナが聖女であることを伏せたことは謝ります。ですがそうしないとミーナはエルンストに殺されていた可能性もあったのです」

 「ユーフェミア嬢がその気になっていたらとっくに聖女とやらの命はない。だからお前の勘違いだ」

 「なっ……」

 「よく考えてみろ馬鹿者が。お前達だけにこっそりと聖女の証を見せたということだが、ミーナ嬢がどうして今代の聖女の証の形を知っている?それは王家と教会上層部とエルンストだけが知る情報だ。そんな国家機密を知っているだけでも異常なのに、自ら聖女と名乗り出るでもなくお前達だけに見せる理由は何だ?」

 エルンスト伯も一言あってもいいだろうに、と思ってしまう。学園時代からの盟友であり王妃様の夫となる座を競った良きライバルでもあったと自負している。結果は先王の願いもあって王妃様は愚か者の代わりに国を支える道を選ばれたが、その時に涙とともに酌み交わした酒の味は王妃様への想いを超えて今でも私の胸に刻み込まれている。その私や王妃様へも相談なく国を捨てる決断をするとは。

 「そ、それはミーナが殿下のことを信頼して…」

 「それで衆目の前で婚約破棄を叫んだのか?仮にミーナ嬢が本当に聖女だったとしても、ユーフェミア嬢を引きずり落とす必要がどこにあった?殿下のコンプレックスを解消するために令嬢の人生を台無しにするなど王にふさわしいとお前は胸を張って言えるのか?」

 「…………」

 言葉の出なくなった息子を前にため息をつく。

 あの日あの場で家門とユーフェミア嬢の名誉を守るためには毅然とした態度を取らねばならなかったのは理解している。私がその立場であっても同じような態度を取っただろうとも思う。だが今に至るまで状況の説明も国を出る挨拶もないというのはいささか冷たくはないだろうかという気にはなってしまう。要は私の預かり知らぬところで事態が動いてしまったのを拗ねているだけなのだろう。

 王妃様には挨拶でもあっただろうか。

 いやおそらくはないだろう。エルンスト伯にとっても殿下のあそこまで考えなしの愚行は想定外だったに違いない。想定外のバカさ加減に呆れて、バカの勢いに乗る形で長年の計画を実行に移したというところか。

 それほどにエルンストは我が国から解き放たれるのを切望していたのだ。

 愚かな陛下の侮りと殿下の思い上がりにほとほと嫌気がさしていたのは私も同じだが、エルンスト伯は娘を嫁がせよとの王命まで下されてなお従っていた。それをあのような形で裏切られたのだから古き盟約を捨て去ろうとも責められはしない。

 バツが悪そうにしながらも私を糾弾する目を向け続けている息子に苛立ちを覚える。


 「そんな目で見ても何も変わらんぞ。いみじくもお前が言ったとおりミーナ嬢の命は長くないだろう。殿下や陛下も。下手したらお前も私もだ。残り少ない時をせめて反省の態度を示して過ごせ」

 息子の目の色が変わる。

 「何を言っているのです。偽聖女とその家族ごとき何ができるでしょうか。たかが伯爵家など私と殿下に軍をお預け頂ければすぐにでも追いかけ滅ぼしてみせます」

 勇ましいことだ。だが若さというものはやはり危うさなのだとわかる。

 「偽者だと言うがユーフェミア嬢が聖女として数々の奇跡を行ってきたのをお前も見ているではないか」

 「ミーナこそが本物の聖女です。偽者など本物の前では吹き飛んでいくことでしょう」

 ああ言えばこう言う。条件反射で返すなど口喧嘩でもしているつもりだろうか。

 「ユーフェミア嬢、いやエルンストの奇跡をお前も見てきただろうと言っているのだ。その意味を考えろ」

 「だから偽物の…」

 「病いや怪我をたちどころに治す。乾季に雨を降らせる。魔獣を国外へ締め出す。そんなことを偽物として行ってきたのだ。神の御業でなく純然たる魔法の技術によってな」

 バカ息子の条件反射に付き合うつもりはないので口を挟ませず言いきることにする。

 「それは…」

 「確かにユーフェミア嬢は聖女代行だが、彼女を聖女たらしめているのは紛れもなくエルンストの才能と培ってきた魔法によるものだ。歴代の聖女達もみんな代行だったが彼女達を聖女たらしめていたのもエルンストだ」

 「…………」

 「そんな相手が国を見限って出て行ったのだぞ?明日からは病いは奇跡によっては癒えず、雨季まで雨を待たねばならず、魔獣の被害を起こさぬために騎士団を大幅に増員する。そこまでしてもエルンストに任せているより被害は出るだろう。それをミーナ嬢ひとりで何とかできるのか?」

 「…………」

 ようやく自分達のしでかしたことに気づき始めたようで言い返してこなくなった。

 「もっと言えばそんなエルンストに我が国は何をした?彼らの誇りと挺身を踏み躙った我らをエルンストが許すと思うか?お前ならどうだ?」

 「…………」

 「間違いなくエルンストは報復に出るだろう。彼ら自身の武力によってか、他国を絡めてくるのかはわからぬが必ず何かをするはずだ。お前なら命を投げ打ってでも家門を守るだろう?エルンストだってそうだ。その報復の相手は間違いなく陛下や殿下やお前達だ」

 「…………」

 「少しはわかってきたか?ミーナ嬢が本物の聖女だったとしてお前達を守り切れると思うか?私にはとてもお前達が来年も生きて無事でいられるとは思えんよ」

 「………どう……すれば…」

 「考えろよ馬鹿者。お得意の小細工でも何でも使って生き延びて見せろ。私にしてやれることがあればもちろん手を貸すつもりだ。たとえ愚かでもお前は私の息子なのだから」


 フラフラと出ていく息子の背中を見送って書きかけの手紙に目を落とす。王妃様への内々のご相談の伺いだ。可能な限り速やかに対応を話し合わねばならない。

 何度目かもわからないため息をついて私は手紙の残りを書くのだった。

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