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02 婚約破棄〜ユーフェミア〜

 リチャード殿下からの突然の呼び出しに私は大夜会の会場中央に進み出ました。

 卒業パーティーだというのにエスコートどころか断りの連絡すらなくお父様のエスコートにより大夜会へと来てみたら、殿下はすでに会場でピンク頭の男爵令嬢を片腕にぶらさげて側近の方達と談笑なさっておいででした。

 卒業前から何度となく見せられた光景にため息も出なくなりましたが、さすがに卒業パーティーの場で婚約の破棄を宣言なさるとまでは思っていませんでした。

 「どうしますのあれ?」

 傍らに立つ学友のフェリス様が扇で口元を隠しつつ呆れた声を出します。その冷ややかな目は殿下とその側近の一人であるフェリス様の婚約者へと向けられています。

 「バカだバカだと思ってはいたがここまでとはな」

 私の手を引くお父様もため息と共に本音をこぼされます。

 「お父様、お口から敬意が逃げてしまっておりましてよ」

 「かまわんさ。この段階でもう敬意を持つ必要はない」

 前々から決めていたいくつかのパターンのうち今の状況から導かれる展開にお父様が口元を笑みの形に歪めます。

 「少々失礼いたしますわ」

 言いつつ私はお父様から手を放して殿下達の元へと進んでいきます。私の意思を尊重してフェリス様もお父様もその場で見送って下さいます。

 「お呼びのようでしたが、いかがされたのでしょう?殿下」

 もはやカーテシーの必要も感じず、私は足を止めてそのまま殿下へ問いかけます。王族に対して取る態度ではないため周りの生徒や親達からわずかなざわめきが聞こえ、自分でも敬意のかけらもない態度だとは自覚すると同時に自分が冷静であると安心します。

 「なんだその態度は!…ふん…まあいい。聞こえなかったのか?貴様との婚約を破棄すると言ったんだ!」

 「そのお申し出、謹んで了承いたします」

 その言葉と共に腰を折ってわずかに頭を下げます。『謹んで』の部分を態度で示したつもりでしたが、あまりに角度が浅い為に慇懃無礼と受け取られてしまうかもしれませんわね。かまいませんけど。

 「ところでそのお話は陛下もご存じのことでしょうか?」

 重ねて殿下に問います。

 「当たり前だろう!父上もお前のような偽聖女など認めないと言っていた!この期に及んでみっともなく縋っても無駄と知れ!」

 あらあらおバカさん。国家機密をポロリしておりましてよ。当家の聖女代行については王太子教育の終盤で習うはずのことですので、もう殿下が後継者と認められたということかしら。どうでもいいのだけれど。

 「あらまあうふふ」

 思わず声を出して笑ってしまいます。淑女として褒められたものではありませんが、陛下までご承知の上となればお父様の決断もより苛烈なものとなるでしょう。そのことが楽しみなのと同時に、目の前で吠える殿下が滑稽で仕方ありません。

 「宰相や議会には計りましたの?」

 これが最後の分かれ道ですわ。王家のすげ替えか国自体を奪うことになるのか。

 殿下は私の態度が気に入らないのか先ほどからどんどんお顔が赤くなってまるでトマトのようですわ。

 「貴族達には関係のないことだ!王家の問題に口出しするなど不敬というもの。僕の伴侶は僕自身が決める。貴様のように口うるさい女など決して選ぶものか!」

 良かった。国を支える貴族達はこの愚行を知らなかったということですわね。

 「とは言え初代国王様の勅命でしてよ?我らエルンストと王家を婚姻で結びつけるのはそれだけ国益に資するからこそではありませんの?」

 私としても殿下と婚姻なんて死ぬほど嫌ですけれど、初代陛下と古エルンスト伯の友情と盟約はエルンスト伯爵家の者なら何をおいても優先すべき宝のようなもの。私ひとりのワガママで否など申せません。ですからこの茶番は私としても大歓迎でしてよ。

 「その屁理屈にはもうウンザリだ!」

 殿下がフンと鼻で笑いながら喚きます。

 「聖女など貴様らがいなくとも我ら王家が育てれば良いのだ!」

 どやあ、と手を振りポーズを決める殿下の様子におや?と思います。もしかしてエルンストの役割をご存知でない?

 「それはまあ、そうですけれど、育てられますの?当家にはそれこそ数百年のノウハウが蓄積してあるのですよ?」

 とりあえず聞いてみます。まさか当家のノウハウを寄越せなどと言いだすこともないでしょうと思いながら。

 「ふん!そんなものは貴様らが自らを恥じて差し出すのが道理だろう。この国の貴族ならば王家に尽くすことこそ喜びであるはずだ」

 あちゃー、という声が会場の皆様から聞こえた気がします。名家を名家たらしめている秘伝を献上せよなどと、王家が言い出したらそれはもう暴君に他ならず、歴史上どこの国家もそうして王朝が途絶えているというのに。

 「…………」

 果たしてこの茶番は私との婚約破棄を通して当家の失墜を企図したものなのか、はたまた馬鹿な王家を当家にぶつけて国家を揺るがすことを企図したものなのか、あるいは本当に何も考えていない殿下のひたすらに愚かな暴走なのか。

 『ユーフェミア。おそらくだが事態はもっともバカバカしい理由によるものだ。君も深く考えず思った通りに振る舞いなさい』

 ふいに耳元でお父様の声が聞こえました。振り返らずともそれなりの距離があるのはわかります。エルンストの念話の魔法は本当に便利ですわね。

 「エルンストの秘伝を差し出せと、そうおっしゃっているということでよろしいでしょうか」

 オウム返しになるけれど、どうしても言質を取っておきたいことを問いかけます。並いる貴族達を前に暴君となることを宣言するのかしないのか、それによって当家の正当性も大きく変わってきますから。

 「耳まで遠くなったのかユーフェミア!この僕に同じことを二度言わせるとはどこまで不遜な女なのだ貴様は」

 言いつつ殿下が一歩前に出て舞台俳優のように仰々しく私を指差します。

 「もう一度この僕の名において命ずる!聖女教育顧問の任を解きエルンストは王城への出仕を禁ずる!速やかに引き継ぎを行い王都から去るがいい!」

 ザワ、と会場の空気が揺れました。決定的な言葉を殿下が吐いたのを多くの貴族が目撃したのです。もはやこれ以上の問答は不要となりました。


 「爵位を返上致します。陛下には殿下からその旨お伝えください」

 いつの間にか隣に立っていたお父様が私の肩に優しく触れてから私より一歩前に出ました。これより先はお父様にお任せすることに致しましょう。

 「これより我らエルンストは流浪の身として悠々自適に過ごさせていただきます。陛下の治世が安寧であることを遠い地より祈っております」

 お父様が胸に手を当て貴族として最後の礼をするのに合わせて私もスカートを摘み頭を下げます。会場にいる一部の学友やその両親も同じように礼の姿勢を取っています。どうやら当家に連なる家々も当家と命運を共にしてくださるようです。

 「うふ」

 沈みゆく泥舟から真っ先に逃げ出す賢さと、当家に連帯してくださる愛おしさに思わず息が漏れます。頭を上げ振り向いたお父様と目を合わせて頷き合い、周りの貴族の方々にもう一度頭を下げてエントランスへと向かいます。

 「ふん!出し惜しみなく速やかに引き継ぎをするように!」

 殿下がまだ何か喚いていますがもう振り返る気にもなりません。私の頭の中には自由に世界を羽ばたくための翼が与えられた喜びが満ちています。

 「ユーフェミア様」

 歩き出した私達に速やかに合流したフェリス様が歩きながら声をかけてきます。

 「ごめんなさいフェリス様、私は自由に生きることに致しますわ」

 「私もエルンストに従います。どこへでもお供致しますわ」

 「あら、派閥が違うのに大丈夫なんですの?」

 「お父様もお母様も陛下と心中するまで考えは変わりませんわ。それならば私だけでもユーフェミア様と共に国を出ます。なにより」

 フェリス様が楽しそうな声で続けます。

 「その方が絶対に楽しいですもの」

 親友の言葉に一層勇気をもらって私も声を出して笑います。うふふあははと楽しそうに語らいながら会場を出ていく私達に、会場の冷えた空気が対照的でこれからの行く末を暗示しているようでした。

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