xx 魔女の追想
かつて私は二人の男に恋をした。
エルンストとマクスウェル。
ライバル関係の二人から求婚されて、当時私の心はエルンストに傾いていた。
先王様の懇願とも取れる王命によって私は当時の王太子ジョージ・グレンデルと婚姻をした。
結婚という言葉は使いたくない。
婚姻ならばどこか事務的な政略的な印象のままでいられる気がする。
愛のない行為でも早期に身籠ったのは良かったと思う。
夫は私のことなど戦利品としか思っていないのがわかっていたから。
息子には期待した。
父親のようにはならないでほしいと。
だが3歳の時に再会した息子はすでに侍女をわがままで振り回し、時には物を投げつけて笑うような性格に育っていた。
このままではあの父親と同じになる。
こんなのがあと50年は続くのか。
日陰の存在として国政を差配して名誉や実績は全て夫のものとするなんて、私の人生はなんだったのか。
それならば私が王でいいではないか。
腹を痛めて産んだ子とはいえ、生まれた瞬間から引き離されて親子の情なんて感じる暇もなかった。
もしかしたら側妃が産んだ子を我が子と偽られても私には気付けない。
実際にあの男は私に見せつけるようにして側妃達を溺愛していた。
涙はとうに枯れ尽くしていた。
私はこの2人を排して王になる。
もはやそれしか私の人生を太陽の下に戻す道は残されていない。
そうして私は悪女、いや魔女になることを決意した。
私は魔女スカーレット。
夫を愚王とし、臣下を魅了して国家存亡の危機を演出し、比類なき魔法使いの一族に心からの忠誠を誓わせる傾国の魔女。
本物の魔女と違う点は私に魔法の力など無いということ。
そして私は心に愛を持っているということ。
男女の愛を得る機会は王命によって奪われた。
親子の愛を得る機会は王宮の慣例によって奪われた。
それならば私は夫と息子ではなく国を愛そう。
国に恋して邪魔者を取り除き今度こそ真実の愛に至る。
私は魔女スカーレット。
この手に堕ちた国などドロドロに溶けるまで愛してみせよう。
そう思っていた。
夫と息子を愚かなままでいさせて愚行を重ねさせ、ついに彼らを排する直前まで進むことができた。
自分で毒を飲んだ時は神の手に自分を委ねるつもりだった。
神がこの魔女を許さないならばそれも運命として受け入れようと。
目を覚ました時には目の前で泣く侍女や宰相に心からお詫びをした。
かつて恋した男二人が私の運命を繋いでくれたことを聞かされた時、私は自分の人生に勝利したことを知った。
夫の処刑を見てもなんとも思わなかった。
息子の追放を見てもなんとも思わなかった。
臣下も議会も私を王にすると決めた。
戴冠式を目前にして私はどうしようもない孤独を感じていた。
神殿で過ごした10日間の祈りの生活の中で、私は神に心の内を吐き出した。
それは自分の心を見つめる時間でもあった。
王になることに成功した。
あとは国母として国民を愛して愛して愛し抜いて幸せにしよう。
そうすれば私は自分の人生に誇りを感じることができるだろう。
だがそれは孤独な誇りだとわかってもいた。
エルンスト伯とオフィーリアのような愛情を育みたかった。
彼らとユーフェミアのような親子の絆を持ちたかった。
両親が私を愛してくれたように私も息子や娘を愛したかった。
祈りの中で私は自分の心を見つめていた。
これまでの私の人生で私を愛してくれた人は誰だったか。
両親と兄弟達、それ以外に私と心を通わせてくれた人はいただろうか。
これから私が歩む道で近くを歩んでくれる人はいるだろうか。
自分に最も近い人物を思い描くといつも宰相の顔が浮かんだ。
神に祈る言葉は次第に宰相に問いかける言葉へと変わっていった。
あなたは私と共に歩んでくれるだろうか。
そうして神殿から王宮へと戻り、戴冠式を目前に何気なく宰相に問いかけてみた。
「王配はあなたにしようと思うの」
冗談のように、仕事のように、適材適所の人事を装ってお願いをしたら彼は反射的に頷いた。
「王配を頼めるのはあなたしかいないの。やってくれるでしょう?」
今ひとつ飲み込めていない彼に再度問いかける。
不安を悟らせないように微笑む。
孤独を恐れる女王などこの国にあってはならないのだから。
「ご下命承りました。生涯の忠誠と愛情を捧げどんな時もお支えすることを誓いましょう。願わくは貴女様のお心にも寄り添う栄誉をお与えください」
跪いた宰相に女王らしく手を差し出すと彼は私の手を両手で包み込んでそう言った。
私の聞きたかった言葉を言ってくれた。
私を愛すると。
涙が込み上げてきたので笑って誤魔化した。
「もちろんです。私はこれまで愛のない人生を送ってきましたので、あなたとは愛し愛される関係になれると嬉しいわ」
私もあなたを愛したいと伝えてみる。
「すでに愛しております。学生時代に何度となくお伝えした愛はたった今蘇りました。あの頃と変わらぬ想いをどうか今度こそ受け取ってください」
立ち上がった彼の顔が思いがけず近くて心臓が跳ねるのを感じた。
「……ありがとう」
一瞬言葉に詰まったがどうにかお礼を伝えると彼はそっと私を抱きしめた。
こんなふうに抱きしめられたのは両親以来だ。
嬉しくて愛しくて涙が溢れてくる。
私は魔女スカーレット。
かつての夫と息子を廃し、比類なき魔法使いの一族に心からの忠誠を誓わせた傾国の魔女。
新たな夫という愛を得た今なら国の一つや二つ幸せにするなど造作もないこと。
国を愛して愛してドロドロに溶けた様を見て高笑いするこの国の女王だ。
~終わり~
これにて本作は終了です。
お見合いパーティーとか書くと蛇足になるのでご想像にお任せします。