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16 それから〜宰相マクスウェル〜

 エルンスト伯爵家といえば百年ぶりに今代の聖女ユーフェミアを輩出したとして話題になったものの、それ以外には特に目立つ功績もない高位貴族であると多数には認知されていた。それが覆ったのは前王と前王太子の侮りに怒りをもって反抗し、爵位を返上のうえ宣戦布告し親子たった二人で革命を成し遂げたことによる。

 並いる貴族達を前に誰もが想像すら出来ぬほどの不思議な力で近衛を殲滅して見せ、さらには暗殺に来た王家の影を娘一人で返り討ちにした武力は、騎士団長をして「次元の違う力」と言わしめるほど圧倒的なものだった。

 その力を以て国家を簒奪することも可能だったにも関わらず、エルンストは王妃様に忠誠を誓い女王擁立の旗頭となることを決めた。議会はエルンスト伯爵親子を『前王ひとりを除いて無血革命を成し遂げた英雄』とすることで対立を避け、エルンスト伯爵や私が推し進める女王即位のための法改正を粛々と可決した。

 前王ジョージ・グレンデルは処刑を回避する動きを見せなかった。議会で行われた貴族裁判においても弁明せずにただ『良きにはからえ』とだけ答えた。

 仮に前王がエルンストの処刑要求撤回を持ち出して助命を乞うたとしても議会は許さなかっただろう。それほど彼は周囲に嫌われていたし、彼自身もこれまでの自らの行いから助命の可能性はないと悟っていたのだろう。


 前王の処刑を見守る群衆は静かだった。群衆にとって彼は可もなく不可もない平凡な王だったことだろう。そんな彼が処刑されるとなっても所詮は他人事で、ただ『権威の頂点に君臨していた男が処刑される』というイベントに日頃の鬱憤を晴らしたに過ぎない。

 前王の処刑も息子の王家からの追放も気丈に見守っていた前王妃様は、今は女王に即位するための潔斎の期間を神殿で過ごしている。

 10日間粗食に耐えながら神殿で祈りつつ過ごすことで聖女を騙ってきた旧王家の罪を神に謝罪し、同時にもはや聖女はいらぬと神に宣誓することで新たな女王の力強い決意を国民に知らしめる。

 これからは聖女ではなく人の努力によって国民の生活が向上していく。その鍵を持つエルンストが新女王に忠誠を誓っている以上、女王の治世に異議を唱える者はいない。

 エルンストによって我が国の魔法は300年分の進化を一気に体験し、国家のあり方はおろか国力そのものが大幅に向上していくだろう。日に日に良くなっていく生活は女王の治世に正当性を与え、代替わりする頃には前王朝のことなど記憶の彼方に吹き飛んでいるはずだ。

 300年の停滞はある意味で旧王朝の罪とも言える。神に見放された事実を国民に隠すためについた嘘がエルンストという化け物に300年分の進化をため続け、我が国どころか世界の魔法を停滞させてきたのだ。

 「…………」

 改めてエルンストの忠誠を失わず我が国に留め置いてくれた前王妃様の功績に思いを馳せる。仮にエルンストが大国ベラスケスなどに移住しようものなら、それらの変革は国外から我が国を脅かすことになっていただろう。


 「父上」

 自宅の書斎で物思いに耽っていたところに声をかけられ顔を向ける。入り口に立つ旅装の元息子に多少の憐憫を感じため息をつく。

 「縁を切ったのだからもう他人だ。私のことはマクスウェル侯爵と呼ぶように」

 「はい。申し訳ありません…………マクスウェル侯爵」

 殿下が廃嫡され平民に落とされた以上、側近であった元息子達も処分なしというわけにはいかずほとんどが家を放逐された。我が家も例外ではなく一人息子であったオーウェンも先日貴族籍を抜いたばかりだ。

 「行くのか」

 「はい」

 ただのオーウェンとなった元息子は当面の生活費として渡した金で元男爵令嬢のミーナを奴隷として買い取った。第一級の国家犯罪を犯したにも関わらず本人にはその自覚もないただの阿呆だったミーナは、当時未成年の学生であったという点だけで処刑を免除され犯罪奴隷として売りに出された。

 弄ばれていたと判明したにも関わらず目の前の愚か者は生活費をほぼ全てつぎ込んでミーナを買った。その目にほの暗い光を灯したこの男がミーナをどうするつもりなのかは知りたくもないが、どのみちろくなことにはならないのだろう。

 渡した金をそんなことに使われた以上、私から追加で融資することはあり得ないし、恋愛にかまけて人生を棒に振る母親譲りの業の深さにため息しか出ない。

 「二度と会うことはない。達者で暮らしなさい」

 そう言ってシッシッと手を振ると元息子はしばらく立ちすくんでいたが、やがて無言で頭を下げて扉を閉めた。


 元男爵令嬢ミーナ。

 フロイス男爵家は責任を取る形で取り潰しとなったが、ミーナの生家があるというラインハルト領のポンデ村に調査員を派遣したところミーナの両親は実の親ではなかった。その両親に産み育てられたというミーナの来歴は嘘だったことになる。

 ミーナ自身の供述によれば彼女は異世界とやらからこの世界にやってきた存在だという。ある日突然気がついたらポンデ村付近の森に転移してきたのだと。そこで人の良い夫婦の家に住まわせてもらい、物語の流れに沿って村に訪れた男爵がミーナを見初めて娘として引き取ったと。

 まるで荒唐無稽な話だが、エルンスト伯爵によれば『そういうこともある』らしいので、私としてはミーナの素性について詳しく知る気は失せた。

 なぜミーナの手の甲に今代の聖女代行の印が刻まれていたのかは不明だし、エルンスト伯爵もそこはわからないと言っていた。

 伯爵自身がミーナを散々取り調べた結果は『異世界の神らしき存在が手違いで死んだ女の魂をぞんざいに転移させた結果、偽物の聖女の証と気づかずに手の甲に刻印を刻んだのだろう』という結論だった。

 そのように扱われたミーナの人生を思うと不憫ではあるが、この世界を物語の中と思い込んで好き勝手に振る舞い国家存亡の危機を招かれた側としてはたまったものではない。ましてや息子の人生も台無しにされたのだから同情する気もない。

 頭のおかしい女が頭のおかしい行動をして我が国を引っ掻き回したというだけの話だ。伯爵からも『忘れた方が良い』と言われているので、ミーナについてこれ以上考えを巡らすのはやめようと決めた。


 それからしばらくして新女王スカーレットの即位の日を迎えた。

 王城の前には群衆が詰めかけ新たなる王朝の始まりに歓声を上げている。戴冠式を終えて手を振る女王陛下の隣に立っているのは私だ。二歩ほど下がった位置に騎士団長とエルンスト伯爵が立っている。

 「…………」

 なぜこんなことになったのか。

 昨夜スカーレット様から呼び出された私は王配となることを打診された。前王の代わりに政務を担ってきたスカーレット様と私は、先日誰かが言ったように長年連れ添った夫婦のようだと評されるほどにお互いを熟知している。

 どの議案でどのようにすれば相手が最も効率的に動けるかを予測し、実際その通りになるのだから私と元王妃様の二人で陛下の穴を埋めて十分に政務は機能していた。外交で元王妃様が不在の際は代わりに決裁を任されてもいた。

 『王配はあなたにしようと思うの』

 その実績を評価されての王配の打診だろうことは納得しているのだが、それにしても急な打診で逡巡する間もなく首を縦に振るしかなかった。

 『王配を頼めるのはあなたしかいないの。やってくれるでしょう?』

 そう言って微笑むスカーレット様の瞳の奥に微かな熱と不安を感じた時、年甲斐もなく私の心は燃えた。かつて焦がれた想いが瞬時に蘇って再び胸を焼き、この申し出を断ったならば別の男がこの方の隣に立つのだと思うとまだ存在してもいない相手に激しい嫉妬を覚えた。

 すぐさま目の前に跪くとスカーレット様は右手を差し出した。その御手を両手で包んで瞳を見上げる。

 『ご下命承りました。生涯の忠誠と愛情を捧げどんな時もお支えすることを誓いましょう。願わくは貴女様のお心にも寄り添う栄誉をお与えください』

 私の言葉にスカーレット様は涙を滲ませた目を細めて笑顔を作られた。

 『もちろんです。私はこれまで愛のない人生を送ってきましたので、あなたとは愛し愛される関係になれると嬉しいわ』

 その言葉に立ち上がり夫婦の距離感で手を取り向かい合う。学生時代にはこの方にグイグイ迫れるほど容姿に自信はあったが、幾分か腹まわりの締まりがなくなった今は少し自分が恥ずかしい。

 それに引き換え目の前の女性はあの時以上の美貌で私を見ている。この愛しい人が顔をうっすらと赤らめてくれたので、男として最大の見栄を張ってその潤んだ瞳を見つめる。

 『すでに愛しております。学生時代に何度となくお伝えした愛はたった今蘇りました。あの頃と変わらぬ想いをどうか今度こそ受け取ってください』

 『……ありがとう』

 かつてエルンストに負けそうになりながらも、決着がつく前に先々王の王命により掠め取られたこの方の愛を私は今度こそ逃しはしない。戴冠式を前に口づけしたいのを鋼の意志で押し留め、私はそっとスカーレット様の体をこの腕に抱いた。

 腕の中で鼻を鳴らす愛しい女性がどんな涙を流しているのかはわからない。ただその涙を笑顔に変えてみせると誓いながら、私達はしばらく抱き合っていた。

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