14 陛下との謁見in中庭〜ユーフェミア〜
再び王宮の中庭に転移してきました。先日のように円形に設られた傍聴席には前回を上回る貴族達の姿があります。その中にフェリス様とアンナ様のお姿も見えます。
本日は陛下と殿下が揃っての面会を希望されているとのことで、順当に進めば謝罪、解呪、降伏、退位、幽閉という流れになるかと思いますが、人智を超えた思考をされる方々なので正直何が起きるか分かりません。
恐怖はありませんが多少憂鬱な気持ちでお二人の登場を待ちます。どうせ陛下は処刑になるのだからひと思いに…という案も出たのですが、私と当家の名誉を回復するための戦争という大義のためには面倒な手順も踏まなければなりません。
お父様が宰相様と何かをお話ししているので私はフェリス様とアンナ様に目を向けます。以前フェリス様から教えてもらったスレッドを覗いてみたら、アンナ様と思しき方が平民のような言葉で私と仲良しになったことを自慢していました。あんなふうに私との友情を嬉しいと表明されるのはとても気恥ずかしいですが、おかげでアンナ様とは手紙のやり取りやお茶会などで交流させていただいております。
辺境伯令嬢というご身分にも関わらずスレッドでは生き生きと自由に振る舞っているアンナ様に憧れを感じてしまいます。私も魔力を登録してスレッドに書き込もうとしたのですが、なんと書いて良いのか分からず断念してしまいました。
ざわ、と会場が鳴ったので目を向けると、王宮から陛下と殿下が出てこられたところでした。近衛隊長様と騎士団長様以下数名を引き連れて堂々と歩む姿は大層な威厳です。これから許しを乞うのか殿下のように居丈高に喚いて陛下も短剣をつけられてしまうのか、思わず楽しみで口角が上がります。
「座ったままでいなさい」
お父様からの短い指示に小さく頷きます。私の名誉回復は済んでいるので、あとは当家と王家のお話し合いです。この場はお父様が全てを取り仕切られることでしょう。私が出る幕はありません。
陛下と殿下が席について私達に顔を向けます。
国王ジョージ・グレンデル。
お父様や宰相様と同年ながらかなり恰幅がよく老け込んだ印象の我が陛下。先日まで心からの敬愛を持って尽くしてきたはずのお方なのに、こうして対面すると矮小な俗物にしか見えないのだから立場というのは不思議です。
隣の殿下は憎しみに染まった目で私を睨みつけていますが、鼻先に短剣が突きつけられたままなのでとても滑稽です。
陛下は表情の読めない顔で私とお父様を見つめています。
「謝罪しよう」
席に着いて開口一番の陛下のお言葉に会場が沈黙に包まれました。およそ耳にするはずのないお言葉に、私でさえすぐにはその言葉の意味がわかりませんでした。謝罪せよと言っておきながら、いざ陛下が謝罪を口にされるとその重大さに内心で震えてしまいます。
「余は責任を取って退位し貴家と議会の裁定に従うこととする。息子は廃嫡し平民に落とすゆえ命だけは見逃してやってほしい」
そう言って陛下は立ち上がり、深々と頭を下げられました。
「この通りだ」
隣でお父様がハッと息を飲む気配がして、フウーと長く細く息を吐き出しました。
「わかった。謝罪を受け取ろう」
敵対している元臣下の立場として敬語を使わず短く答えます。お父様の心の内にどんな感情が渦巻いているのか想像するしかありませんが、初めて感情の揺らぎを表に出されたお父様の様子に娘として涙が出そうになります。見てはいけない気がしてお父様のお顔は見られませんでした。
お父様がパチリと手を鳴らすと陛下が驚いたように顔をあげられ手袋を取られます。おそらくは壊死が始まっていたのでしょう。指先に巻かれていた包帯を陛下が外していきます。そして健康な指先を確認して安堵の息を漏らします。
そして隣に座ったままの殿下の頭を拳骨で殴りつけ立ち上がらせます。殿下は私を睨みつけていましたが、力無く目線を下げそのまま頭を深く下ろしました。
陛下と違い謝罪の言葉はないですが、それもどうでもよかったのかお父様は指をパチリと鳴らして殿下の呪いも解除しました。私も無駄吠え禁止の魔法を解除したので短剣も消失します。殿下も手袋と包帯を取り外して指先を確認し安堵の息を吐きました。
「一応、王家にはこれまで育ててもらった恩もあるから、私から陛下の処刑を望んだ要求は撤回する」
お父様の言葉に陛下と殿下がハッとしてお父様を見ます。300年を超える王家との蜜月の間にお国から過分な領地をいただいて魔法を研究してきたのが当家です。陛下から謝罪を受けた時のお父様の反応からして、陛下個人に対するわだかまりは解けたのでしょう。
ここまでお国を乱して国家存亡の危機を招いた以上は処刑を回避するのは困難でしょうが、このお父様の言葉を議会が重視するなら、万が一の可能性として処刑を免れる道もあるのかもしれません。ないでしょうけれど。
小さな希望を与えられた陛下は処刑回避の可能性に思いを巡らせ、やがて諦めたようにフッと短く笑って「感謝する」と答えました。
陛下に温情が示されたと勘違いした殿下が期待を込めた瞳をお父様に向けます。
「これ以上話すことはない。あとは宰相と交渉するから、そちらの以後の処遇は貴国内で決めてくれ」
そう言ってお父様が立ち上がりました。殿下のお顔が捨て犬のような表情に変わったのを見て内心で嘲笑します。命があるだけマシだと考えるだけの思慮があればもう少しまともな人生を歩めたでしょうに。
私も続いて立ち上がるとお父様は私の手を取って別荘へと転移しました。リビングではお母様が大きなスクリーンで中庭の謁見会場の様子を見ていましたが、私達が転移してきたことに気がつくと立ち上がり駆け寄ってきました。
そしてお父様を抱きしめて何も言わずに後ろ頭を撫でています。お父様の心を一番理解しているお母様にお任せして、私は自室に戻って監視魔法の確認用スクリーンを起動しました。
中庭では陛下と殿下が宰相様と何かを相談しています。登場した時とは打って変わって力無く歩き去る陛下の様子に、先ほどのあの威厳のあるお姿は最後の矜持だったのだとわかりました。
物悲しい陛下のお姿に、当家を軽んじてきた報いを受けたことへの嘲笑と、王妃様を蔑ろにして政務の全てを押し付けてきた怒りが晴れる喜びと、そしてほんの少しの憐憫を感じます。
処刑されてしまうと思うと途端に憎しみが薄れる陛下とは裏腹に、相変わらず憮然とした様子の殿下には憐憫も何も感じません。むしろお前が死ねという怒りすら湧いてきますが、廃嫡され平民になるという罰をもって殿下のことは忘れることにしましょう。
こうして婚約破棄から始まった当家の復讐は幕を閉じたのでした。