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3-1 私は声優になったことを後悔した。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 異常な空間に突然放り込まれたことへのストレスのせいか、私の身体はまるで鉛のように重かった。

 それでも私は教会を目指した。

 キッズ向けアトラクションのような、生活感のない異常な空間の中にあって、学校の裏手にあるさびれた教会だけが浮いて感じた。

 しかしようやく私が知っている正常な景観が目に入り、私は身体を引きずるように懸命に向かう。

 やっとの思いで教会までたどり着き、扉を開け、そのまま入った。

 教会の中は静まり返っている。

 毒々しいまでの原色で彩られた景色はいっさいなく、赤ちゃん向けのおもちゃやぬいぐるみなんかも存在しない。

 白檀の上品な香りが立ち込め、ひたすら静かで穏やかな空間。

 静謐な空間の中に入ったおかげだろう。身体が感じていた生理的嫌悪感がスッと消えた。

「これは……」

「私が作った即席の結界よ」

「だ、誰?」

 コンコン、と軽い足音を立てながら、小柄な人影が姿を現した。

 闇の中から現れたのは、背の低い女の子。

 私よりも一回り小柄で、"派手"という言葉では表現しきれないくらいに派手な格好をしている。

「一応確認だけど、東雲一花よね? 仁美の友達の――」

「そ、そうですけど、あの、あなたは……」

「私は枢木みくり(くるるぎ みくり)。仁美の親戚で叔母」

「まぁあの子からは"みく姉ぇ"って呼ばれてるから、あの子のお姉さんだと思ってもらって構わないわ」

「え?」

 その自己紹介に私はあっけにとられた。

「なによその顔」

 みくりはちょっと不機嫌そうな表情を浮かべた。

「あの、枢木ちゃんっていくつなの?」

「見て分かんないの? とっくに成人済みよ? あ、でも年齢は秘密だけどね」

「えっと、歳下じゃないんですか?」

「ふん、一花、覚えておきなさい」

 みくりは腕組みしてつまらなさそうに鼻を鳴らす。

「魔女はね、歳を取ればとるほど若返るのよ♪」

「は、はあ。失礼しました……」

 冗談なのか本当なのかよく分からないことを言われて、私はとりあえず謝った。

 するとみくりは真剣なまなざしで私の方を見てきた。

「本題に入るわよ。まず一花、アンタ、仁美が自ら命を絶ったこと、覚えてる?」

「え? みくりさんは覚えてるんですか!?」

「よかった、やっぱりアンタは覚えてたのね」

 ようやくこの不可解な状況について共有し合える相手が現れて、私は安堵を覚えるとともに慌てて質問してしまう。

「どうしてこんなことになってるんですか? 仁美はいったいどうしちゃったの?」

「落ち着きなさいって。イチから説明してあげるから」

 私の混乱を見て取って、みくりは私を落ち着かせようとする。

「ほら、深呼吸、肩の力を抜く」

 みくりさんに言われるがままに、私は、「スー、ハー」と深く息を吸い込んで吐きだした。

 ぐちゃぐちゃだった気持ちを落ち着かせる。

「いい子ね」

 みくりはニコっと愛くるしい笑みを見せる。

 その笑顔は、確かに仁美とどことなく似ていた。

「じゃあ説明するわよ。まず、蓼原仁美は妖魔化してる。今あなたが体験している超常現象は、全て妖魔となった仁美が起こしているものよ」

「よ、ようま? 妖魔ってなんですか?」

 いきなり突拍子もない言葉を聞かせられて、私は聞き返した。

「まぁそこから説明が必要よね」

 そう言って、みくりは説明を始めた。

 みくり曰く、"妖魔"とは平たく言うと「実体化した怨霊」だという。

 他の表現を使うのであれば怪異やデーモンなど、

 いずれにしてもそれは「強い無念の気持ちを残したことで怨霊になって、現世に実体としてとどまっている存在」だという。

「妖魔」は恨みを残して死を遂げたことから、強烈な負の想念に満たされている。

 その負の想念によって、現実世界に災厄を振りまく存在になると言うのだ。

「ということなんだけど、ここまでは理解できた?」

「えっと、何となく……」

 まるでアニメにあるような非現実的な話だが、実際仁美によって怪奇現象が起きているので、そこまで理解しがたい話とも感じられなかった。

 みくりは「呑み込みが早くて助かるわ」とうなづく。

「そして仁美の家系はもともと私と一緒で魔女の家系なのよ。その仁美が命を落としたことで妖魔化し、魔の力を呼び覚ましたのね」

 ほとんど一方的に話し続けるみくりは、さらに話を続ける。

「今話した通り、妖魔は負の想念に満たされているから、その負の想念を周囲に振りまいて不幸や祟りを引き起こす。まぁ今のところは人の命を奪うほどの災厄は起きてないけれど……アンタも、何か恐ろしい現象に見舞われたとしても、命を奪われるような危険なことにはなってないでしょ?」

「え、えっと……」

 もう何度も恐ろしい目に遭っている私としては、素直に首を縦に振れない。

 だがみくりは勝手に話を続ける。

「でもね、このまま放置していれば間違いなく彼女の負の想念は暴走を始めるわ。しかも仁美の負の想念はケタ外れの力を持っているみたいだし」

「ケタ外れ?」

 ちょっと意味が分からず、私は問い返した。

「あの景色を見たらわかるでしょ? あの子の持つ魔力は、世界そのものを書き換えるほどの力を持っている。それにこの怪奇現象だけじゃない。理由がよく分からないんだけど、仁美が自殺し事だけじゃなくて、仁美が声優としてプロデビューしたことまで"なかったこと"にされてるの」

「えっ? ……………………あっ」

 私は思わず声を上げた。

「あら、気づいてなかった?」

「は、はい。死んだはずの仁美が生き返ったことにばかり気を取られてて。でも言われてみればそうですね」

 今年の四月、高校三年生が始まったとき、仁美が声優としてプロデビューしたことは学校で評判になった。

 クラスはその話題で持ちきりになり、仁美はちょっとした人気者になっていた。

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