思い出その2 一花ちゃんと親友になれた(蓼原仁美 高校2年生)
高校一年生の時からずっと、私にとって一花ちゃんは憧れの存在。
そしていつしか心のよりどころになっていた。
でも一花ちゃんから見たら私はただのクラスメイトの一人。
せいぜい仲の良い友達の一人くらいに思われてただろう。
「おーす、一花ぁー。遊びにいこー」
「うん、またモールに行く?」
京子ちゃんが一花ちゃんを遊びに誘っている。
そんな二人のことをぼんやりと眺めていたら京子ちゃんが私にも話しかけてくれた。
「そーだね、仁美も来るっしょ?」
「あ、えっと」
「仁美ちゃんも行こうよ」
「う、うん!」
こんな感じでクラスのグループに混ぜてもらって、友達の一人として遊ぶことはあった。
だけど本当にそれだけだった。
私は一花ちゃんともっとお話がしたくて、何か共通点はないかなと彼女をずっと見ていた。
でもなかなかそんな共通点は見つからない。
一花ちゃんはお父さんが医科大学に勤める立派なお医者さんで、典型的なお嬢様。
一方で私は両親を小さい頃に失ってて、おばあちゃんと二人で暮らしている。
そんな私の境遇を一花ちゃんも薄々知ってはいただろうから、私の前ではあえて家族に関する話には触れようとしなかった。
本当はもっといろいろなことをお話して仲良くなりたかったけど、結局どんな話をしたらいいか分からなくて、仲を深めることができなかった。
そうしているうちに高校二年生に上がったらクラスが別々になっちゃって、一度交友関係は途切れてしまった。
私が廊下をとぼとぼと歩いていると、向かいから一花ちゃんと京子ちゃんが二人で並んでやってくる。
「あ、仁美じゃん、おはよー」
「仁美ちゃん、おはよう」
「あ、うん、おはよう」
挨拶だけしてそのまま私たちはすれ違う。
こんなふうに廊下ですれ違えば声くらいはかけてくれる。ただそれだけ。
一花ちゃんと京子ちゃんが楽しそうにおしゃべりしているその後ろ姿を、私は羨ましそうに見ていた。
一花ちゃんは普通に他の友達と仲良くしてた。
私は反対に、クラスで友達と言える相手を作ることができなかった。
二年に上がったら、いやがらせをされることもなくなったけど。
友達もいなくて大してお金を持ってない私の趣味と言えば、図書室の本を読むか、家の近くのレンタルショップで漫画やCDやDVDを借りたりしていた。
……あ、あとはたまに、親戚の伝手で舞台を見るくらいかな。
私は一人になりたくて学校の裏手の教会に忍び込み、そこで本を読んだりしてぼーっとすることが多かった。
その日、私は読書をしているうちにうたた寝をしていた。
ふと気づくとだいぶ日も暮れていた。
――と、
「ここが噂の旧校舎の教室か。何かが起こるってみんなが言ってた場所」
「でも私は怖くない。むしろワクワクしてる」
声?
教会の中で誰かの声が聞こえる。
私は起き上がってきょろきょろすると、そこには一人の女の子がいた。
その後ろ姿は、まぎれもなく一花ちゃんのもの。
「この静けさの中なら、自分の気持ちに正直になれる気がするから」
「私は、あの子が好き!もう隠すのはやめる。どんなに怖くても、自分の気持ちに嘘をつきたくない」
「…そうだ、ここには幽霊が出るって噂があったっけ」
「もし、幽霊さんがいるなら、聞いてくれる? 私は、あの子が好き」
「友達としてじゃなく、もっと特別な存在として。どうか、私に勇気をください」
私は目をぱちくりとさせる。
一花ちゃんがスマホの画面を見ながら、ひとりで芝居がかったセリフを一人で朗読しているのだ。
「もし、幽霊さんがいるなら、聞いてくれる?私は、あの子が好き」
「友達としてじゃなく、もっと特別な存ざ――」
とろとろと歩み寄った私と一花ちゃんが私と目が合って、一花ちゃんは硬直した。
そして、顔が真っ赤になる。
初めて見るうろたえた顔だった。
「え、い、いつから!?」
「えっと、少し前から?」
「――――――――っ!」
一花ちゃんは顔を真っ赤にして口をパクパクとさせている。
私は一花ちゃんにぐいっと近づいた。
「凄い! 一花ちゃんすごいよ!」
「え? え?」
「今のって声のお芝居だよね!? アニメとかの! 声優さん? すごく綺麗だったしカッコよかった! 一花ちゃんにこんな特技があるなんて全然知らなかったよ! 一花ちゃん、素敵だよ! とてもきれいな声だった!」
興奮して一方的にまくしたてる私に、一花ちゃんは口をぽかんと開けてあっけに取られていた。
そんな顔、一度も見たことが無かった。
「あ、あの、子供っぽいかなって思うかもだけど、中学生の時に学校の催し物で朗読劇をしたことがあってね、それで声のお芝居に興味が出たの。それで息抜きもかねて、一人で声優の真似事って言うか、お芝居をして遊んでいるっていうか……。でも、私のつたないお芝居を他の人に聞かれるのは恥ずかしくて……。お父さんやお母さんは忙しくて家を空けること多いけど、でも家にはお兄ちゃんもいるからできなくて、だからここでたまに、ね……」
それこそいたずらがバレて言い訳をする子供みたいに話す一花ちゃんの顔は、ずっと照れたように真っ赤っかだった。
でもそんな一花ちゃんの顔も含めて、私は心の底から一花ちゃんが愛おしくなった。
「ううん、凄く良かったよ。とても素敵な声だった。私もアニメとか好きだけど、本当にプロのお芝居みたいだなって思ったよ。私、一花ちゃんの声のお芝居、凄くいいと思う」
「ありがとう。なんか照れちゃうけど、すごく嬉しいかも」
「ねぇ、もしかして将来はプロの声優さんとか目指したりするの?」
「ムリよそんなの。レッスンだってしてないし、私ほとんど勉強ばっかりだもの」
一拍だけおいて、消え入りそうな声で言う。
「……まぁ、なれたらいいなーなんて、ちょっとだけ思うけどね」
「なれるよ! 一花ちゃんなら絶対に!」
「あはは、そこまで言われるとホントに恥ずかしいけど……嬉しい」
「……あ、そういえば、仁美ちゃんはここで何してたの?」
「え? 私? 私はその、読書してうたた寝してただけ 私、ほら、その、あんまり友達いないから、ここに忍び込んで読書とかしてるの」
「そうなんだ、お互い入っちゃいけないところに無断で入ったりして、私たち不良だね」
そう言って、私たちは二人で笑いあった。
「ねぇ、どんな本読んでたの?」
「あ、えっと……こういうの」
その日私が持ってたのは、少し昔のアニメのノベライズ。女の子同士の友情と恋愛を描いた内容だった。
一花ちゃんはそれをパラパラとめくる。
「へー、女の子同士の恋愛を描いた小説かぁ。仁美ちゃん、もしかしてこういうのが好きなの?」
一花ちゃんはからかうようにそう言ってくる。
「はうっ、恥ずかしい」
「ふーん、なるほどねぇー」
一花ちゃんはページをパラパラとめくり、あるページで手を止めた。
そしてジーっと眺めた後、空気を吸って……
「ごめんね! あなたの描いた絵、勝手に見ちゃって!」
「そんなに怒ると思わなかくて、でも見られたくなかったんだよね?」
「私、あなたの描く絵、すっごく素敵だと思う!」
「私、あなたのこと大好き! あなたの事も、あなたの描く絵もすごく好き!」
私は目を見開いた。
目の前の一花ちゃんの演技に圧倒された。
「……………………」
「……………………フフ♪」
「アハ、アハハハハハハハハ♪」
一花ちゃんはたまらず噴き出し、もう我慢できないと言わんばかりに楽しそうに笑いはじめた。
つられて私も笑顔になった。
ああ、楽しいなぁ。
私、なんで今こんなに幸せなんだろう。
「一花ちゃん」
「うん?」
「もっと一花ちゃんのお芝居が聞きたい。また聞かせてくれる?」
「うん、もちろん」
「ありがと、一花ちゃん。私、一花ちゃんの声、大好き」
この時から、私と一花ちゃんは親友になった。