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2-2 どうして私を拒絶するの?

「一花ちゃんも死んじゃえばいいんだ!」


 私は悲鳴を上げて飛び起きる。

 目を覚ませば外は眩しい日が差し込んできて、スズメが可愛らしい鳴き声を上げるさわやかな朝だった。

「は――っ! は――っ! は――っ! は――っ!」

 心臓がバクバクとし、全身にびっしょりと冷や汗。

 また悪夢。

 最初は、仁美のおかげで味わう事のできた、甘い幸福感に満たされた幸せな夢だった。

 それが突然悪夢になり、私の幸福感は粉々に砕け散った。

 でもそれは仕方がない、全ては私のせいだから。

 私が仁美にあんなことを言って、追い詰めて。

 だから、そんな私が今更、幸福を味わう資格なんかないのだ。

 そう思う一方で――

(でも、ようやく悪夢から解放されたと思ったのに)

 家のチャイムが鳴る。

「…………? あれ?」

 階下でお母さんが応対する気配は感じられない。

 というか私以外の人の気配がしない。

 私はスマホを見る。

 見ると母さんからメッセージ。

 昨日の深夜に届いたようで「今日は徹夜で家に帰れない」とある。

 時間を見るともう登校時間ギリギリ。今から用意しても遅刻確定だ。

 再びチャイムが鳴らされる。

「はあ、いったい何……」

 三度呼び鈴を鳴らされる。

 私が玄関前にまでたどり着いたときに、四度目のチャイム。

 私は違和感に気付き、身体がすくむのを感じた。

 これだけ鳴らして出ないのだから、もしも宅配とかなら諦めるはずだ。

 そもそもこの家には宅配ボックスだって設置されてる。両親が不在で受け取れないことが多いから。

 いや、それ以前にまだ8時だ。何かが宅配される時間としてはさすがに早すぎる。

 ついクセでドアを開けるために降りてきたが――、

 ぼーっとしていた頭が、冷水でも注入されたように急に覚醒する。嫌な予感が全身を駆け抜けた。

 すると、コンコン、とノックされ、彼女の声が聞こえてくる。

「いーちーかーちゃーん♪」

 のんびりほわほわとした仁美の声に、私の身体に緊張が走った。

「そこにいるよね? どうして返事してくれないのー?」

「う…………」

「一花ちゃん、早くしないと遅刻するよ?」

「仁美、なの?」

「ねぇ早くドアを開けて、せっかくここまで来たんだから二人で登校したいなー」


 私の頭の中に、私の声が響いてくる。

『ねぇ一花、仁美のことを愛しましょう?』

『最低な一花になついてる仁美を邪険にしたら可哀想だよ』

『仁美は一花よりも格下で、どんくさくて要領が悪い、一花がいないと何もできない一花のペット』

『なんの取り柄もなくて一花によりかからないと生きていけない、そんな弱い仁美の事が大好きなんでしょ?』

『仁美は一花が望むならそんな女の子を演じてくれるよ?』

『一花はそんな仁美が大好き』

『一花は仁美が大好き』

『一花は仁美が大好き』

『一花は仁美が大好き』

『さあ、こんな扉を開けて、早く仁美と学校に行きましょう』

『今日もきっと楽しい一日になるよ?』

『さぁ、ドアを開けて、仁美の事を愛しましょう……』


 そんな声が、私の頭の中で響いてくる。

 でも、それでも私は心に響いてくる声にあらがった。

「わ、私、今日は学校に行かない!」

「…………………………………」

 仁美が沈黙する。私は何かに憑りつかれたように必死に叫んだ。

「具合が悪いの、また熱が出ちゃって! だから今日は休むから」

「それなら一花ちゃん、私が看病してあげようか?」

 そんなことを仁美が言い出す。

「ほら、昨日みたいに、また私が甘やかしてあげるからー♪」

「いいって! 風邪移したら悪いし! だから早く学校行って!」

 私は必死に仁美を遠ざけようとする。

 しかし仁美はそんな私の気持ちを見透かすかのように質問を重ねてくる。

「一花ちゃん、本当に風邪ひいてるの?」

「な、なによ、私のこと信じないの?」

「だって、一花ちゃんの声、風邪ひいたときの声じゃないんだもん」

「こ、声?」

「私、一花ちゃんの声大好きだもん。だから声で分かっちゃうんだよ? 一花ちゃんが元気なのか風邪をひいてるのかくらいのこと」

「う、うぅ……」

 言い訳の言葉が思い浮かばない。

「ねえ行こうよー? 私、一花ちゃんと一緒じゃないと学校つまらないよー」

「い、嫌! とにかく私は行かないから! もう行って! 行ってよ!!!」

「……………………」

 私がなかばヤケになって怒鳴り散らすと、仁美は沈黙する。

 そしてきびすを返し、トコトコと軽い足音が遠ざかっていくのを感じる。

 諦めたようだ……。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 彼女の気配が感じられなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。

 得体のしれない恐怖に煽られ、大声で仁美を追い返して、いまさらになって後悔を感じた。

 仁美はただ私を気遣ってお迎えに来てくれただけなのに。

 冷静に考えれば、昨日だって仁美は私に何か危害を加えるような事をしたわけではない。

 得体のしれない不可思議な現象に襲われて、私が勝手に怯えているだけなのだ。

 そもそも現に仁美が生きている以上、仁美が死んだなんていうのは、所詮は私一人の妄想でしかない。

「どうしちゃったのよ、私」

 やっぱり学校に行こうかな。

 それで仁美に「さっきはごめん」って言わないと……。

 今から準備をすませて学校に向かっても、登校中の仁美に追いつくのは難しいだろう。

 学校に着いたら、二人きりになれるタイミングで謝ろうかな。

 そう思いながらリビングに入った途端。

 景色が突然、変わった。


 ガラガラガラガラガラガラガラガラ……。

「ひっ――!」

 あのオモチャのガラガラの音が反響した瞬間、リビングの様子が一変した。

 小さな子供たちを楽しませるためのキッズスペースのような景観になったのだ。

 家具としてなんの機能性も持たない、小さな女の子たちを視覚的に楽しませるためだけのオモチャのオブジェが設置されている。

 そして床には赤ちゃんのおもちゃ箱の中身でもぶちまけたように、動物のぬいぐるみや抱き人形たちが散乱していた。

 しかもそのぬいぐるみや抱き人形は自発的に動き、たどたどしい足取りで動き回って遊んでいるのだ。

 ガチガチガチガチ……。

 その音は私の歯がガチガチとなっている音だった。

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