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7-1 一花ちゃん、ウソついちゃってごめんね。

 その翌日も、お父さんとお母さんは帰ってこなかった。

 お兄ちゃんもいろいろ忙しくで当分は東京からこちらには帰ってこないだろう。

 つまり自宅には私一人、ううん。これからはこのお家で二人きりだった。

 私は身なりを整えて、自分の部屋から階下のリビングに向かった。

 リビングに行くと、テレビでアニメを見ている仁美がくつろいでいた。

 私に気付いてにこりとする。

「一花ちゃん、こんにちは♪」

「仁美、いらっしゃい♪」

 私ははれやかな気持ちで仁美に挨拶する。

「一花ちゃん、今日は何して遊ぶ? どうしようか?」

「じゃあ、また赤ちゃんプレイがしたいなぁ」

 私の言葉に、仁美は意外そうな顔でおどろいた。

「え? いいの?」

「うん、だってもうバレちゃったんだし、恥ずかしがっても意味ないもんね」

 みくりに全てを打ち明けてしまったからだろう。もう恥ずかしいという気持ちはどこにもなかった。

 それに――、

「どうせもうお父さんもお母さんもいないんでしょ? ていうか、汚い大人の世界なんかもううんざり」

 それは私の心からの言葉。偽りのない本心だ。

「私のお父さんもお母さんも、みんなみんな大嫌い。特にお父さんの事は一番嫌いになっちゃった。自分だって裏で汚いことしてたくせに、その汚い足で私の夢を粉々に踏みにじった。そんなお父さんのために優等生を演じるのも、勉強するのも、もうなにもかもこりごり。これからは仁美と二人きり、自由に好きなことをして遊ぶの」

「あは♪ 嬉しいなぁ♪ よーやく分かってくれたんだね、私がしたかったこと♪」

 仁美はとても嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

「そうだよ。余計なことなんか考えなければ、私も一花ちゃんも苦しい思いをしなくて済むの。そのことに一花ちゃんが気付いてくれて、本当に良かった♪」

 気付けばリビングは、キッズスペースのようにメルヘンチックな景色にすり替わっている。

「この世界はもう私たち二人きりだよ♪ だからもう、赤ちゃんプレイを恥ずかしがる必要なんかないからね」

「うん♪ 仁美、私の事、たくさんと甘やかしてくれると嬉しいなぁ♪」


「ママぁー♪ ママぁー♪」

「はーい、一花ちゃーん、ママでちゅよー♪」

 おしゃぶりとよだれかけと乳児のコスプレをして、私は仁美に甘える。

「ばぶー♪ うーうー♪ ママぁー♪ ママーだいしゅきー♪ うーうーうー♪」

 仁美に甘えれば甘えるほど、私の魂がどんどん開放されていくのを感じる。

 これが私の選んだ結末。

 私はようやく気付いた。

 妖魔になった仁美よりも、私のお父さんやお母さんの方がずっと醜いし最低だ。

 そんな両親の子供である私も、きっと最低な存在に違いない。

 でも、そんな最低な私の事を、仁美は愛してくれるんだ。

 例え妖魔だろうと何だろうと、純真無垢で私の事を愛してくれる仁美と、私はずっと一緒にいたいの。

 これでいい。これでいいんだ。

 仁美、私のことをたくさん甘やかしてね。

 私も仁美の望む通り、もうあなた以外の事なんか考えない。

 ずっと一緒にいようね、仁美――。

 わたしはひとみをあいしてる♪

 わたしたちは、ずっとずっといっしょだよ――♪


 そこで私は目を覚ました。

 気付けば私の飾り気のない部屋の中。当然、仁美もいない。

 私は着替えるのもおっくうで、制服姿のまま私はベッドで眠っていた。

 頭痛のする頭を抱えて、私はぼやく。

「夢、か」

 いや、それがただの夢でないことは私にもわかっている。

 今の夢は、仁美がきっと望んでいるであろう結末だ。

 私がもし真実に向き合う事から逃げて、仁美と一緒に過ごす未来を望めば、たぶんそれが私にとっても仁美にとっても一番幸せなことだ。

 みくりがぼそりと口にした「親の因果過去に報う」という言葉。

 過去のしがらみや確執、そんなものを全て投げ出して、ただ仁美といっしょに閉じた世界の中で生きられれば、きっとそれが私と仁美にとって一番幸せな事なんだろう。

 でも私は、どうしても私の心にしがみつく罪悪感から逃れることができない。

 私は昨夜、お母さんの部屋に入り、お母さんの日記帳を読んだ。

 私は父さんの自室でラジカセを見つけた。

 そしてそれを使って仁美のカセットテープを聞いた。

 夜通し仁美の声を聞いて、私はずっと泣いていた。

 朝になって、私は父と母に通話を試みる。

 しかしやはり繋がらない。

 少し前から、メッセージに既読すらつかなくなっていた。

 仁美は私の家には来なかった。連絡も入ってない。

「みくりさん、本当にごめんなさい」

 恐らく、仁美に命を奪われた枢木みくりが、まだ仁美の事を抑え込んでくれているのだろう。

 早く仁美のところに行かなくちゃ――。

「仁美、ごめんね」

 私が望む結末は決めているから。

 ごめんね、仁美。


 古くも立派な仁美のお屋敷。

 きっとここが仁美にとっての世界の中心だ。

 今考えると、妖魔となった仁美は決して自分の屋敷では遊ぼうとしなかった。

 たぶんここには、私に見られたら不都合なものがたくさん詰まっているのだろう。

 でも今、仁美はここで私を待っている。

 そんな気がした。

 私は意を決して、仁美の屋敷へと入った。

 中はどんよりと重苦しい鉛のような空気が立ち込めている。

 よどんだ空気に体調が悪くなりそうだった。

「仁美? ここにいるの?」

 声をかけてみるが、何も帰ってこない。

 彼女は今いったいどこにいるのだろうか?

 とりあえず私は屋敷の中を探索することにした。

 私がやがて見つけたのは、地下へと続く階段だった。

(こんなものがあるなんて……)

 その道は真っ暗で、降りるのをためらってしまう。

 私は驚きつつも、地下へと降りることにした。


 たどり着いたそこは、まるで儀式を行うような祭壇のような場所だった。

 私は正直驚きを隠せないでいた。

 こんなものが仁美の住んでたお屋敷の地下にあっただなんて。

 そして目の前の光景に私は驚く。

 そこにあったのは、

「あ、あ、ああ…………!」

 枢木みくりの身体が転がっていた。

「みくりさん、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 覚悟はしていたはずだった。

 だがそれでも叫ばずにはいられなかった。

「ああ! あ、あ、はぁ……はぁ……はぁ……う……かはっ……! あ、あぁ……」

 意味をなさない声ばかりが口から出続けた。

 すると――、

「蓼原家はね、魔女の家系だったんだって」

「――――ッ!」

 仁美の声が耳に入り、まるで脳に冷水でも浴びせられたように私は正気を取り戻す。

 仁美は部屋の隅の方で、私をあやしてくれたオモチャのガラガラを、ぼんやりと振って透明な音を鳴らしていた。

「みく姉ぇが言ってたの。蓼原家には魔女の血が流れてる。そして私の身体に流れる魔女の血はとても強いものだって。だからきっと、いつかその才能が花開く時が来るって。私はもう生きていないわけだけど、でも、そのおかげでこんなことができるようになれた」

 そう話す仁美の顔には、寂しさが浮かんでいる。

「一花ちゃんとやり直すの。もう変な夢を見たりなんかしないの。私には、一花ちゃんがいればいい。一花ちゃんが私に声を聞かせてくれるだけで、私は幸せ」

 そして訴えるような眼差しを私に向けてくる。

「一花ちゃん、私はまだこの世から離れない、終わりたくないよ」

「私も同じ気持ち」

 仁美の言葉に私は答える。

「あなたは間違いなく仁美、私の親友。一緒に過ごしてて、あなたは蓼原仁美だと思った。私に対してちょっとこだわりの強すぎる愛情を向けてくるところも含めて。だから生きてるか生きてないかなんてどうでもいい。私は、蓼原仁美と繋がって、心を通わせたいの」

「一花ちゃん?」

 私が何を言いたいのか分からなくなったのか、仁美が首をかしげる。

「仁美、あなたが恨んでるのは――」

 一拍置いて、告げる。

「やっぱり、私だよね?」

「一花ちゃん……」

 仁美はなんとも言えない、困ったような表情を浮かべた。

「たしかに、あなたは私のお父さんのこと恨んでいる。お母さんの日記を見て知ったの。……まさか、仁美のご両親も医療関係の人間で、しかも私の両親と仁美の両親に接点があったなんて、夢にも思わなかった」

「一花ちゃんが知らないのは無理もないよ、私だって知らなかったもん」

 みくりさんの調査してくれた資料と、後はお母さんの書いてた日記で、全部わかってしまったのだ。

「みくりさんから仁美のお父さんも医者だったって話は聞いてたけど。まさか、仁美の両親が医療関係のお仕事をしてて、私の親とも接点があっただなんて……」

「うん、そうだね」

「それで、私のお父さんと仁美のお母さんが、私たちがまだ小さい頃に知り合って……その、不貞に走ったって」

 二人で気まずい沈黙。

 具体的なことまではわからない。

 しかしみくりの資料とお母さんの日記を見る限りでは、私のお父さんは仁美のお母さんと過去に不貞行為に走り、それが原因で仁美の家庭が崩壊したことが記されていた。

 仁美の父が自殺したのも、おそらくそれが原因なのだろう。

 だとしたら、仁美が恨んでいるのは私のお父さん。

 でも――

「でも、私が仁美の事を傷つけたのだって真実。だから私、罪を償う」


 私は忍ばせていた包丁を取り出した。


「一花ちゃん――っ!」

 それを見て仁美は驚いた。

 そう、これが私の望んだ結末だった。

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