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6-3 私のせいで苦しめちゃってごめんね。

「ウソ……」

 それを知ったのは、京子から送られてきたネットニュースだった。

 たまたまアニメのニュースを見たら、蓼原仁美の名前があったと。


 京子を通じてその話はクラスに広まり、それまで冴えない生徒の一人でしかなかった仁美は、クラスのみんなから注目の的になった。

「仁美ちゃん凄いよ!」

「仁美ちゃんにそんな特技があったなんて全然知らなかったよ!」

「ねぇ、今ちょっとやってみてくれない、どんな感じなのか聞いてみたい!」

 アニメが好きなクラスの女の子達から囲まれ、もてはやされる仁美。

 仁美は嬉しそうにはにかんだ、照れくさそうな笑顔を浮かべていた。

 私はそんな仁美を目の当たりにして、心が押しつぶされそうになって、彼女に背を向けて教室から出ていった。

 すると――、

「一花ちゃん、待って」

 仁美は私の手を取って呼び止めた。

「あのね、私、頑張ったよ! あれからずっとね、私、ものすごく頑張ったの! それで私、声優のお仕事貰えたの! 私みたいに取り柄の無い子にだってできるんだから、だから一花ちゃんも――」

「なんで?」

「え?」

 その時の私の心を支配したのは、仁美に対する妬みの感情だった。

「なんで? なんでなんでなんで! なんでアンタなんかが! なんで!? 私は夢を諦めなきゃいけなかったのに! どうしてアンタだけが! 私は夢を諦めなきゃいけなかったのに、仁美だけズルいよ! ズルい! ズルいズルいズルいズルいズルい! 私だって、私だって本当は――!」

「ち、ちがうよ! 私は一花ちゃんと……」

 突然憎悪をぶつけられた仁美は、明らかに困惑していた。

「私は――、私は一花ちゃんと一緒に――」

「聞きたくない! もう私に話しかけないで!」

 そういって仁美に背中を向けた。

 これまで意識したことなかったけど、私は仁美の事を、心のどこかで見下していたのかもしれない。

 第一学年の頃からどこかどんくさくて、成績もパッとせず、空気が抜けたような女の子。

「私が一緒にいてあげないと」とか、そんな風に思ったりもしていた。

 でも仁美は自分の努力で、私が欲しかった"甘い幸せ"を手に入れてしまった。

 仁美に声のお芝居を褒めてもらった時、私はまるで生まれて初めてケーキを口にしたような、とても甘くて幸せな気持ちで満たされた。

 あの時の甘い幸福感が、私の心を支配したのだ。

 仁美と出会う前まではそうじゃなかった。

 仁美と出会う前から、確かに声優に対して淡い夢というか、漠然としたあこがれはあったけど。

 でも、私が心の底から声優になりたいと思ったのは、仁美があの甘い幸福感を私に味わわせてくれたから。

 なのに私はその幸福を味わう機会を、お父さんに永遠に奪われた。

 でも仁美は、これからずっとこの幸福を味わい続けることができる。

 私を魅了して掴んで離さなくなった、あの甘い幸福感――。

 夢を手にした仁美は、これからもそれをたくさん味わうことができるんだ。

 それが羨ましくて妬ましくて悔しくて、憎くて憎くて、憎かった――。

 あまりにも憎くて、私は、仁美を視界に入れることすらイヤになってしまった。

 仁美と二人で声のお芝居をしていたあの時間は、とても暖かく甘く幸せな時間だったはずなのに。

 今やその思い出は「二度とあの気持ちは味わえない」という絶望しか私に感じさせなかった。


 ある時――、

「一花ちゃん、お願いなの。私と仲直りして」

 通学路の公園で、仁美は私に縋りついてきた。

「ごめんね、私、うっとうしいことばかりしちゃったよね? 一花ちゃんには一花ちゃんの事情があることくらい知ってたのに。もう夢とかそんなこと言わないから。私、一花ちゃんに無視されて、声をかけてもらえなくて、おかしくなりそうだよ! 一花ちゃんの言う事、なんでもきくから! だからせめて、また私と一緒にいて欲しいの……」

 その日以来、私と仁美はほとんど疎遠になり、言葉を交わすことすらなかった。

 不幸中の幸いで、私と仁美が深い関係なのは周りの誰にも内緒にしてたし、

 "医学を目指す真面目な優等生"だった私が、声優になったという仁美に関心を持たなくても、なにかを疑われることはない。

 だけど仁美は、いつまで経っても私から離れようとせず、二人きりのチャンスをうかがっては私に縋りついてくる。

 そんな風にすがってくる仁美の事が、正直煩わしいとしか思えなかった。

 私は仁美と目を合わせず、彼女に無理難題をふっかけた。

「……じゃあ、写真」

「え? 写真?」

 パスケースに入っているそれは、仁美がたった一枚持っていた家族の写真だ。

 仁美の父は自らの意志で命を絶ったとき、家族の写真を全て焼いてしまったのだという。

 残ったその一枚は、仁美の祖母が持っていた写真。

 最後の家族の一枚だったのだ。

 私と仁美が最初に知り合った時、誤って落としてしまい、私が探して見つけて上げたものでもある。

「それ、いま私の目の前で破いて捨てて」

「……どうして?」

「私を取るの? それとも家族の写真の方が大事?」

 自分でも支離滅裂なことを言っていることは自覚していた。

 彼女に対しての妬みもあったが、もううんざりもしていたのだ。

 仁美にこうやって、毎日のように縋りつかれるのが。

 だから私はむちゃくちゃなことを言って、諦めさせたかった。

「破いて捨てれば友達に戻ってくれるんだよね?」

「え?」

 仁美は全くためらわなかった。

 写真を取り出すと、私の前であっさり破って捨てた。

「一花ちゃん、これで私たち――」

「バカじゃないの! 私の言葉なんか真に受けて本当に家族の写真を破くとか! アンタ、自分の家族が大事じゃないの!?」

「――――ッ!?」

 仁美は目を見開いて驚いていた。

 私はそんな彼女を置いて立ち去る。

 仁美はずっと放心していた。


 彼女は翌日、体調不良を理由に学校を休んだ。

 そしてその放課後、彼女から電話が入った。

 どうせまた仲直りしてほしいと言われるんじゃないかと言われるだけだろうと。

 私からあれだけ酷いことされたのに、まだ性懲りもなく……。

 どんだけおめでたいの、あの子は。

 私は呆れつつ、電話に応じた。

『一花ちゃん、私、もうダメになっちゃった――』

『一花ちゃん、私が夢を押し付けちゃったせいで、たくさん傷つけちゃって、ごめんね』

『最後に一度だけ、一花ちゃんの声、聴きたかったな』

 そう言われて電話は切れた。

 嫌な予感がした。

 強い胸騒ぎに背中を押される形で、私は仁美の家へと向かった。

 仁美にたどり着き、チャイムを鳴らしても仁美は出てこない。

 家のドアが施錠されていなかったので、私は部屋の中に入った。

 そして仁美の自室。女の子向けのキッズスペースのようなファンシーな装飾でDIYされた部屋へと入る。

 仁美はもう生きてはいなかった。

 そこにあったのは、首を吊ってゆらゆらと揺れている仁美の亡骸。

 私は力が抜けてその場に倒れ、そして呆然と仁美のむくろを見上げていた。


「ひとみいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「仁美! 仁美! 仁美! 仁美! 仁美いぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「いやだ! いやだいやだいやだ!」

「こんなのいやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私は錯乱して悲鳴を上げる。

 なんでだろう。

 見えるはずがないのに、仁美の姿が見える。

 聞こえるはずがないのに、仁美の声が聞こえてくる。


『一花ちゃん。やっぱり一花ちゃんの声、素敵だね』

『一花ちゃん、大好きだった』

『もし一花ちゃんとやり直せるなら――』

『今度は普通に恋がしたいな』


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

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