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6-2 一花ちゃんも辛かったんだよね。

 さかのぼることもう7カ月以上も前、第二学年の10月頃。

 いま考えたら、あの時こそ全ての崩壊の"転機"だった。


「一花、なんだこれは? 卒業したら声優の養成所に入りたいだと?」

 お父さんは進路希望調査票をトントンと叩き、明らかに苛立っているようだった。

「一花、父さんはね、一花にそんな仕事をさせるために育ててるわけじゃないんだよ」

「お父さん、何もそんな言い方しなくても……」

 母さんは私の事をかばおうとしたが、お父さんは聞く耳を持たなかった。

「一花、入るべき大学についてはもう決めていたはずだ。なのに最近の一花は、友達と遊ぶことを優先してだいぶ勉強がおろそかになってるだろう。この前の試験もあまりいい成績じゃなかったし、偏差値も落ちている。まさか最近になって急に声優とか言い始めたのも友達の影響か?友達付き合いをやめろとまではいわないけど、少なくとも父さんとの約束は守ってもらわないと困るよ」

 卒業後の進路についての話が持ち上がった時、都内の医科大学で部長の私の父さんは、私の新しい夢を反対した。

 お父さんが良い顔をしないだろうことは予想してたし、厳しいことを言われるのは覚悟してた。

 でも、ここまで強い言葉を投げつけられたのは生まれて初めてだった。


『私の将来の夢は、お父さんのような立派なお医者さんになることです』

『お父さんはとても大変そうですけど、病気で困っている人を救おうと一生懸命がんばってます』

『そんなお父さんを見習って、将来、私は困っている人たちを助けるお仕事がしたいです』


 子供の頃に学校で書いた「将来の夢」でもこんな風に話すくらい、私はお父さんを尊敬してた。

 そしてこの学校に入ってからも、私は医者を目指すつもりでいた。

 でもある時から私は声のお芝居に興味を持った。

 きっかけは中学生の時、学校の催し物の朗読劇。

 それをきっかけに声のお芝居や声優という仕事があることを知った私は、勉強の息抜きとして声のお芝居をこっそりするようになった。

 それを"夢"と言っていいのかは分からなかったけど、でも漠然としたあこがれがあったのは間違いない。

 でも私がお芝居をしていた姿を偶然仁美に見られて、仁美は私の声を「素敵だ」と褒めてくれた。

 下手の横好きでしかない私のお芝居が、あんな風に喜ばれるだなんて――、

 仁美が私の声を褒めてくれて、私の心はこれまで感じたことのない、甘い幸福感で満たされた。

 それ以来、二人で声のお芝居をするようになり、

 こっそりネットに投稿した作品もいろんな人たちから喜んでもらえて――。

 そして仁美と「いつか二人で舞台演劇がやりたい」という夢を語りあった。

 こんなに心が暖かい気持ちで満たされたのは本当に初めての経験で、

 それまでの生き方が色あせて感じられるほど、仁美と声のお芝居をして過ごすのは、何にも代えがたい幸せな時間だった。

 私は医学の道じゃなくて声優の道に進みたいと、心の底から強く願ってしまった。


 でも私の新しい夢は、お父さんから完全に否定された。

 反対じゃない、否定という言い方がぴったりだ。

 医者家系に生まれ、わき目も降らずにその道を進み続けた父さんからしてみたら、

 一人娘の私がある日突然、声優の道に進もうと考えること自体が不可解で、それ以上にたまらなく不快だったのだろう。

 父さんはさんざん私の夢を踏みにじった挙句――、

「声優を目指すなら、高い学費を払う意味もないから、今通っている学校も転校させる」

 ――と、そんな風に脅しをかけた。


「一花ちゃん、どういうこと?」

「だから、もうやめたいの。二人で声のお芝居をするの」

 私はある時、声優を諦めることを仁美に伝えた。

 仁美は凄く悲しそうな眼差しを私に向けていた。

「どうして? だって約束したじゃない。私たち二人で声優になる夢をかなえて、二人でいつか舞台を作ろうねって」

「だから、私には無理なの!」

「……お父さんが反対してるから?」

 気まずい沈黙が流れる。仁美の悲しみに満ちた視線が痛くて、私は強引に話を打ち切る。

「とにかく、もう私は声優は諦めるから」

 そう私は言った。

「ううん、もともと本当に声優になれるとは思ってなかった。毎日ほとんど勉強ばっかりで、レッスンなんか他の人に比べて全然してないし」

「そんなことない! 一花ちゃんの声、とても素敵だもん!」

 仁美がすがるように私にそう言ってくる。

「一花ちゃんが諦めたりしなければ、きっと絶対なれるから! お願い一花ちゃん、そんな悲しいこと言わないで! 私は一花ちゃんの声が好き。一花ちゃんの事はもっと好き! 私は一花ちゃんの声がたくさん聞きたくて、だから私もお芝居してきたんだよ! 私、ずっと一花ちゃんと一緒にいたい。私、一花ちゃんと二人で一緒の夢を追いかけたいの!」

「……………………ごめんなさい」

「一花ちゃん……」

 仁美は涙をぽろぽろとながして、それでも必死に訴えてくる。

「私、諦められない。私、頑張るから! 絶対にあきらめないから!」

 胸が押しつぶされそうになった。仁美の言葉の真剣さが私には痛いほどわかったから。

 それ以来私は、仁美と一緒にいるのが辛くなり、少し意識して距離を取るようになってしまった。

 放課後やお休みの日に遊びに誘われても「勉強しなければいけないから」とか、そんな感じで言い訳して。

(私、ぜんぜん真剣じゃなかったんだな)

 父親に反対された程度で諦めるのだから、しょせん、私の声優に対する気持ちなんかそんなものだったのだ。

 でも仁美はそうじゃない。「いつか二人で舞台演劇がやりたい」という夢に真剣に向き合ってた。

 仁美の境遇はよく知っていたから、彼女にとってその夢が心の支えだったのも分かっていた。

(私は心のどこかで期待してた。私と一緒に仁美も夢を諦めてくれることを……)

 そんなことを期待する自分が恥ずかしくて、さらに自己嫌悪に陥った。


 だから、それから半年がたった春。

 私たちが第三学年に上がってすぐの事、仁美がある女の子向けのテレビアニメのキャストとして声優デビューしたその話をみて、私は呆然とした。

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