6-1 一花ちゃんの秘密、バレちゃったんだ
ひんやりとした何かがぺちぺちと私の頬を叩く。
「もしもーし、一花ちゃーん、生きてるー? 生きてまちゅかー?」
「あ……あぁ……」
目の前にいたのは、枢木みくりだった。
「あ、あれ、私?」
気付くとそこは教会だった。
「私、私は……」
いつ私はこの教会にいたんだろう。まったく思い出せない。
「私は、いったい……」
「ふーむ、アンタは仁美の呪いに対する抵抗力がそこそこあると見立ててたけど。仁美のこだわりの中心にあるせいか、想像以上に精神を侵食されてるみたいね」
呆然自失な状態の私の目を、みくりはじーっとのぞき込んでいる。
「一花、アンタまだ正気は保ててる? 仁美がどうなってるか分かってる?」
「仁美……」
その名前を聞いた途端。死んだ仁美の顔が脳裏に浮かぶ。
いやそれだけじゃない。仁美に殺された睦月、ハルカ、そして七緒の死の瞬間も。
「あ、あぁ――!」
言葉にならない声が出てくる。
みんな、みんな死んじゃって……!
それで、私は仁美を――仁美を――仁美を――!
「仁美! 仁美! 仁美! ああぁ、ああぁぁぁぁぁぁ!」
再び錯乱しかけた私を、みくりが叱責して落ち着かせようとする。
「落ち着きなさい! 今あなたが接してる仁美は生きていないのよ! 蓼原ひとみは妖魔なの!」
「い、生きていない、仁美は、妖魔……」
……そうだった。
「私が今接してる仁美は、もう生きてはいなくて、私は、彼女が暴走しないように彼女と接してたのに」
「そう。でもあの子の狂気が強すぎて、精神を侵食されちゃったのよ。しかも私が調査を進めている間に、もう何人も犠牲者が出ちゃったみたいね。そしてアンタも精神的に追い込まれていた」
みくりは極めて冷静に、事実だけを淡々と述べる。
そんな彼女の声が突然、ひやりと冷たいものに変わった。
「でも、ぶっちゃけ自業自得よね?」
「え?」
気付けば、みくりの目つきはとても冷淡になっていた。
「アンタ、あれだけのことをよくも私に隠していたわね。おかげでこっちは、アンタと仁美の関係性を誤解して無駄に時間食っちゃったのよ? 仁美がいきなり声優になりたいとか言い出した時、確かにちょっと妙だなとは思ってたけど、まさかアンタの夢だったとはね」
みくりは声こそ落ち着いていたが、あきらかに私が隠し事をしていたことに憤っているようだ。
「もともとアンタが声のお芝居に興味を持ってて、そのことを知った仁美は、いつしかアンタと一緒に声優になりたいと夢見るようになった。あーあ、私もすっかりアンタの真面目なお嬢様の外面にだまされたわー」
一拍だけ間をおいて、それを言う。
「まさかアンタが、赤ちゃんプレイが大好きなヘンタイだったなんてね」
「あッ――!」
顔がカッと熱くなり、耳まで真っ赤になる。
面と向かって、私は一番他人に知られたくない秘密を口にされてしまった。
あの仁美のカセットテープを渡した以上、彼女にバレることは覚悟していた。
だが、それを他人に面と向かって口にされてしまうと、さすがに恥ずかしかしくていたたまれなくなる。
「東雲一花。医者家系の家で生まれたアンタは、立派な仕事をしている親に、愛されつつも厳しく育てられた。でもいつしかほのかに芽生えた声優へのあこがれを親に隠していた、医者として立派な生き方をする父親の前で恥ずかしいと思っていたから。アンタが声のお芝居を全面的に肯定してくれたのは、唯一それを知った仁美だけ。仁美にとって東雲一花は、頼れる親友であり、憧れの想い人であり、いつしか仁美にとっては人生の全てになっていった。……そんな仁美の純粋な気持ちを、一花は利用した」
じんわりと、私の手に汗が浮かんでくる。
「アンタは、親からのプレッシャー、勉強の疲労、クラスメイトからも真面目な優等生として求められ、そうした鬱積が溜まりに溜まって――。そのストレスのはけ口として、アンタは仁美に赤ちゃんプレイを要求したんでしょ? アンタは、後ろめたい欲求を仁美にぶつけることで、家や学校でのストレスを発散した。……おおかた、そんなところでしょ? 何か間違ってる?」
………………………………あ。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は顔を真っ赤にして、頭を抱えて喚き散らす。
これまで仁美を相手にしてきた行為の数々が急に脳裏によみがえって、私は頭を抱えてパニックを起こした。
命がかかっているから仕方がないとはいえ、いまさらながら本当に恥ずかしい気持ちでたまらなくなって、私は悲鳴を上げた。
だがみくりはそんな私の事を平然とした態度でスルーした。
涼しげな顔で、みくりは私にさらに酷な事実を突きつけてくる。
「でもそれは、優等生なお嬢様な東雲一花が隠す、じこちゅーな裏の顔の一つでしかない」
さっきとは打って変わって、ゾッとしたものが身体に駆け巡った。
「カセットテープには、そこまで……」
「いいえ。カセットテープの中の仁美の話は、最初から最後まで幸せなことしか語られてなかったわ。あの子は恐らく、あのカセットには一花との幸せな思い出だけ詰め込みたかったんでしょうね。アンタのキモい性癖すら肯定してしまうほど、仁美はアンタに心の底からのめりこんでたみたいだし」
みくりは呆れているようだった。
「だからこそ、それだけ幸せだったあの子が、どうして自らの意志で命を絶ってしまったのか。アンタが仁美のことで強い罪悪感を持っているのを見れば、アンタがあの子が命を絶つことを選択した何かの後押しをしたのは火を見るより明らか」
そして彼女はとうとう私にそれを訪ねてきた。
「一花、いいげんそろそろ白状してくれる。アンタ、死ぬ前の仁美に何をしたワケ? もう、自分から逃げるのやめたら?」
ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ。
アナタ、どうしてカセットを渡したりしてしまったの?
この女は仁美の事を一花から奪おうとしてるんだよ?
あなたに甘い幸福の味を教えたのは仁美でしょう?
これ以上汚しちゃダメだよ
私はみくりに背を向けて走り出す。
「ちょっと、一花! どこに行くつもりなの!」
「来ないでください! もう他の人にこれ以上知られたくない! こんな思いをするくらいなら仁美と一緒に――!」
私は教会を飛びだそうとし――、
「チッ!」
みくりに先回りされ、頬をひっぱたかれた。
「あっ……」
私はその場に倒れる。
「アンタねぇ、甘えるのもいいかげんにしなさいよ」
みくりはそれこそ、ワガママばかりの幼児を諭すのも尽々うんざりといいたげな口調で私をたしなめる。
「ずっと仁美と一緒にいる? そんなの絶対に無理ってまだわからないの? いい? このままだとアンタも命を落とすことになるのよ? あんただけじゃない。もう何人も犠牲になってるし、このままいけばこれからもさらに多くの犠牲者が出るの。医者として人の命を助ける家系の娘が、そんな事態を許すつもり?」
「……………………」
正直、もう頭の中はグチャグチャだ。
いや、もういっそ何もかも吐き出した方が楽になるんじゃないだろうか?
私はあきらめにも似た気持ちで、口を開いた。
「分かりました、話します」