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3-3 私たち、ずっと仲の良いお友達だよね?

「いーちーかーちゃーん♪」

「ひっ――――!」

 遠くから仁美の声が聞こえてびくりとする。

「あら、どうやら長々と喋りすぎたみたいね。アンタは先に行きなさい」

「分かりました」

 みくりに促される形で、私は教会から出ようとする。

「あっ、一花……」

 しかしみくりに呼び止められる。

 振り返ると、みくりは少し怖い眼差しで私のことを見ていた。

「一応クギを刺しておくけど、もしなにか隠し事があるなら包み隠さず言った方が身のためだからね? あの子が一緒にいたがるってことは、あなたが恨みの対象ってわけではないだろうから問いただすのはやめてあげるけど、アンタと話してて、アンタがなにかを隠したがってることはうすうす勘付いたわ」

 やはりかなり直感に優れたタイプらしい。この短い間に、私が隠し事をしていることに気付いたようだ。

「なにを隠したいのかは知らないけど、それは自分の命よりも大事な隠し事なわけ? 仁美の事を想うなら、ちゃんと考えることね」

「………………………………」

 私はみくりの言葉になにも言い返せず、会釈を残して私はそのまま教会から出た。


 教会の外に出ると、世界は正常な景色に戻っていた。

 すると私に気付いて、仁美が駆け寄ってきた。

「あっ、一花ちゃん、良かった。さがしてたんだよ、いきなり飛び出すから心配しちゃった」

「ご、ごめん」

 私は仁美を刺激しないように、彼女の顔色を窺う。

(この仁美が、怨霊で妖魔?)

 にわかには信じられない話だ。

 でも私は既に何度も現実離れした怪奇現象に見舞われてしまっている。

 こうしていると、何もかもが悪い夢だと思いたくなるし、実際に私は何度もそう思った。

 でも、やっぱりそうなんだ。

 目の前にいる仁美は、やっぱり生きていないんだ。

 仁美は私の頭に手をポンと乗せてきた。

「もう放課後になっちゃったから、かえろ? 先生には掃除は終わりましたって伝えたからさ」


 私は家に帰るなり、自室のラップトップを起動させ、真っ先にあのことを調べた。

 今日は仁美は放課後にどこかに寄ろうとも、家で遊ぼうとも言ってこなかった。

 たぶん放課後に二人きりでお掃除ができて、それで満足したのかもしれない。

 だから家に帰るなり、私はすぐに仁美のことを調べることができた。

 仁美が亡くなったことだけじゃなくて、仁美が声優としてプロデビューしたことが"なかったこと"にされている。

 その真偽を調べたかったのだ。

「蓼原仁美」で検索して、すぐに気付いた。

「……ホントに全部消えてるんだ」

 ニュースでもヒットしないし、出演予定だったアニメのキャスト情報にも、蓼原仁美の名前は一切掲載されていなかった。

「じゃあ、あっちはどうなってるの?」

 私はアプリを立ち上げて動画サイトを見る。

 そして私と仁美の二人で、少し前までやってたチャンネルを探した。

「……ウソでしょ? こっちまで消えてるの?」

 指を噛んで、得体のしれない恐怖を抑え込もうとする。

 私と仁美の二人で作ったはずのボイスドラマ。

 それがアカウントごと無くなっていたのだ。

 もしかしたらこちらは、仁美が私に何も言わずにひっそりとアカウントごと消した可能性も捨てきれない。

 だが、だとしても動画をアップするたびにSNSで拡散はしてたし、他の人たちも私たちの動画について話したりしている投稿を見かけたことがある。

 しかし、SNSを知らべてもそうした投稿は一つも存在しない。

 つまりこちらも仁美の声優デビューの件と同じく"無かったことになってる"のだ。


 ――もう半年くらい前にね、仁美がいきなり"声優になりたい"とか言い出して驚いたわ。

 ――"みく姉ぇ"としては、夢を叶えて幸せになってほしいと思うのは当然でしょ?

 ――だからこそ、どうしてその夢まで消し去っているのか、それがとにかく気になるのよね。


 みくりの話を聞く限り、みくりは私も声優を夢見ていたことは知らないようだった。

 一花が先に声優に憧れてて、そんな私に仁美が付き合う形で一緒に夢を見てくれてた。

 これを知ってたら「仁美がいきなり"声優になりたい"とか言い出して驚いた」なんて言わないはずだし、もっと強く問いただされていたことだろう。

(もしも、仁美が声優デビューしたことや、私と一緒に活動してたことまで全てをなかったことにしたのなら――)

 やっぱり、仁美が恨んでいるのは私だろう。

 昨日、私はそのことを謝ろうとした。

 でも謝ろうとした瞬間に怪奇現象が起きて、私の意識は失われた。

 つまり仁美は、私から謝罪されるのを拒んでいるのかもしれない。


 ――もし一花ちゃんとやり直せるなら。

 ――今度は普通に恋がしたいな。


 それが望みで妖魔になっているから、恨みの気持ちを取り除かれたくない?


 ――もしなにか隠し事があるなら包み隠さず言った方が身のためだからね?

 ――なにを隠したいのかは知らないけど、それは自分の命よりも大事な隠し事なわけ?


 やっぱり、全てをみくりに伝えるべきなのだろうか?

 仁美の願いをかなえて、仁美と一緒にいて上げた方がいいのだろうか?

 ふと、仁美のカセットテープを押し込んだ引き出しに触れる。

 たぶん仁美のカセットテープには、私にとって不都合な内容が語られているはずだ。

 カセットなんかに録音するからには、他の人には知られたくない、自分一人だけの思い出として大事にしたいという仁美の気持ちの表れだ。

 そんな仁美の気持ちが詰まったカセットテープを聞いて、彼女の本心を知るのが、私はいまだに怖かった。

 本当なら、このカセットテープをみくりに渡すべきなのだろうが……、


『ダメだよ』

『これは一花と仁美だけの、甘い幸福に満たされた思い出のカセット』

『誰にも渡したりしちゃダメ、他の人に渡したりしたら、また失っちゃうよ?』

『せっかく仁美が、愚かな一花のために、あなたの望む甘い幸福が詰め込まれたカセットを送ってくれたんだよ?』

『それに、仁美がこの世界からお芝居の思い出を全て抹消した以上――』

『このカセットは、私と仁美の本当の思い出が詰め込まれた宝石箱』

『そんな仁美との思い出が詰まった幸福の宝石箱を、他の人に渡しちゃってもいいの?』

 ……やっぱり、まだ私は醜い自分に向き合う勇気が持てなかった。

 と――、

 ブー……ブー……ブー……。

 背後でバイブ音。

 それは自室に入った時、ベッドの上に放り出したスマホだった。

 ベッドに移動してスマホを見ると、それは仁美からの通話だった。

 応答を拒否しようかとも思った、だが。

 みくりの話を聞く限り、仁美の意に反するようなことをして刺激をしない方がいい。

 恐怖で手が震えるのをぐっとこらえて、私はベッドに座って応答した。

「もしもし、仁美」

『こんばんは、一花ちゃん。ごめんね、夜に急に電話しちゃって。なんか一花ちゃんの声が聴きたくなっちゃったの。……もしかして寝てた?』

「あ、うん。なんかもう疲れが酷くて……」

『あ、ごめん、起こしちゃったかな?』

「大丈夫、ちょっとウトウトしてただけ。仁美は何してたの?」

『私はさっきまでお風呂入ってたよ。でもなんか夜に静かだとすごく寂しくなっちゃって、それで一花ちゃんの声が聞きたいなーって』

「そうなんだ」

『私、一花ちゃんの声が大好きだから。ねぇ、一花ちゃん。もっと一花ちゃんの声、たくさん聴かせてほしいな』

(……………………)

 ならなんで、私たちのお芝居の思い出まで消しちゃったの?

 そう聞きたい気持ちをぐっとこらえる。

 恐らくそれは、仁美が妖魔となった"負の想念"と関係している。

 私はきっと、そのことにもう気付いている。

 私のせいだ。

 仁美はこんなことになってしまったのは、私のせいなんだ。

 ――でも、その事実に向き合う勇気は私にはない。

 ふと、昨日仁美から手渡されたあのガラガラのオモチャが目に入る。

 それでも、もしもこれが仁美が望んでいることなのであれば、

 私にとって彼女の願いに付き合い続けることが罪滅ぼしになるのかもしれない。

 でも――、


 ――このまま放置していれば間違いなく彼女の負の想念は暴走を始める。

 ――周囲に災厄を振りまき、多くの人たちの命を奪う怪物になる。


 みくりの話が本当なら、きっと彼女と一緒にいられる時間はそんなに長くないはずだ。

 どういう結末であれ、遠くない未来、いずれお別れなのだ。


『フフ♪ 安心して♪』

『心配しなくても、お別れなんかにならないよ』

『一花は仁美とずっと一緒にいられるからね♪』

『私たちは、ずっとずっと一緒だよ♪』


 それは仁美の気持ちなのか、それとも私の気持ちなのか?

 でもそんな声が聞こえた気がした。


『一花ちゃん?』

「ごめんね、仁美」

『なにが?』

「あ、その、ぼーっとしちゃってさ。……ねぇ、仁美」

『うん?』

「こうやって二人で話してるの、私、なんかすごく懐かしく感じるね」

『えへへ♪ 一花ちゃん、変なのー♪』

 仁美もなんだかくすぐったそうに笑っている。

『私たち、ずっと仲の良いお友達でしょ? これまでも、これからも』

(お友達、か……)

「そうね、私たち、友達だもんね」

 そんな感じで世間話をしていた私たち。

 でも私は次第に強烈な眠気に襲われて、ベッドの上で私はうとうとして眠り込んでしまった。

「すぅー……すぅー……すぅー……」

『一花ちゃん?』

『もしかして寝落ちしちゃった?』

 ………………………………。

『おやすみなさい♪ 一花ちゃん♪』

 暗闇につつまれた私の意識に、仁美の声がやさしく沁み込んできた。



「パパぁ、ママぁ」

「パパ、ママ、助けてよ。助けに来てよぉ」

「このままだと私、蓼原に……」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

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