表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/33

1-1 私は死んだけど、一花ちゃんと一緒にいたいから蘇ったの。

 天井に釣り上げられた蓼原仁美たではらひとみの死体が、私の目の前でゆらゆらと揺れている。

 仁美は子供っぽい趣味があって、彼女の部屋の壁や床や天井は、女の子向けのキッズスペースのようにファンシーな装飾でDIYされている。

 そして部屋には絵本やクマのぬいぐるみや赤ちゃんの抱き人形なんかが飾られていた。

 そんなメルヘンチックともいえる部屋の中で、

 首を吊った仁美の死体だけが、異質で非現実的に感じられた。


『一花ちゃん、私、もうダメになっちゃった――』

『一花ちゃん、私が夢を押し付けちゃったせいで、たくさん傷つけちゃって、ごめんね』

『最後に一度だけ、一花ちゃんの声、聴きたかったな』

『ごめんね、一花ちゃん――』


 それが仁美からの最期の電話。

 私が仁美の家にたどり着いたときには、もう手遅れだった。


「ひとみいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 仁美! 仁美! 仁美! 仁美! 仁美いぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 私の口から後悔に満ち溢れた絶望の嘆きがほとばしる。

「いやだ! いやだいやだいやだ! こんなのイヤだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


『もし一花ちゃんとやり直せるなら――』

『今度は普通に恋がしたいな』


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 私は悲鳴を上げて飛び起きる。

「は――、は――、は――!」

 あえぐように荒く呼吸して、少しずつ私は落ち着きを取り戻す。

 気付けばびっしょりと汗をかいている。

「この夢、いつまで見続けることになるんだろ……」

 一番の親友である仁美を失ってから、もう1週間が経った。

 私は彼女の最期を毎日のように夢で見ては、絶望感を味わいながら悲鳴を上げて飛び起きていた。

 勉強机の方を見る。

 デスクの上に、「HITOMI's MEMORY」と書かれたカセットテープが置いてある。

 それは仁美が命を落とした後、彼女から私宛に送られてきたカセットテープだった。

「……………………」

 私はその中身を聞くべきかずっと躊躇っていた。

 でも家にはラジカセなんかないし、私は結局決心がつかずにそのままにしていたのだ。

 きっと、仁美を通じて、私の汚い心の内側を垣間見る羽目になるだろう。

 ……私が仁美を追い詰めてしまった事実。

 それだけでなく、私が他の人に一番知られたくないことまで全て……。

 私は仁美のカセットテープを、デスクの棚の一番奥にしまった。


「おはよう、お父さん、お母さん」

 リビングに降りると、父さんと母さんがお出かけの準備をしていた。

「おはよう。今日はずいぶん早いわね」

「うん、早く目が覚めちゃって」

 お母さんと他愛のないやりとりをしていると、お父さんが口を挟んできた。

「一花、そろそろ学校には行けそうかな?」

「……はい、今日からまた行きます」

「そうか。蓼原仁美くんだっけ? 友達のことは残念だけど、一花がそんな風だときっと天国で悲しむだろうからね」

「……………………」

 余計なことを言うお父さんに、私は分からないようにため息をついた。

「…………?」

 ふと母の顔を見ると、なぜか父のことをとても冷ややかな眼差して見ていた。

 お父さんは直接仁美と面識がなかったけど、お母さんと仁美は一度だけ会ったことがあり、私の一番の親友というのも知っている。

 仁美があんなことになって、私がどんな思いでいるか分かっているから、お母さんは塞ぎ込む私に対して何も言わなかった。

 だからこそお母さんは、父の物言いが私にとってどれだけ無神経か察してくれたのだろう。

 私がお母さんの事を見ていることに気付き、お母さんは私を見た。

「一花、自分の事を責めないでね。あなたは何も悪くないの。だから――」

 母さんなりの気遣いというのは分かっていたが、私はそれ以上この話題を続けたくなかったので、話を逸らした。

「お父さんとお母さんはもうお出かけ? 早いね」

 私の気持ちを察してか、母は私に合わせて話題を切り替える。

「……ええ、そうなの。お父さんの新しい仕事がちょっと忙しくなりそうでね。だから母さんもしばらくそれに付き添わないといけないの。もしかしたら何日か家を空けることになるかも」

「そう、分かった」

 お父さんは都内の医科大学の部長で、お母さんはお父さんの秘書だ。

 だからお父さんが忙しくなると、一緒に母さんも忙しくなってしまう。二人して数日不在なのもしょっちゅうだった。

 それから去年までは実家に住んでいたお兄ちゃんも、もう独り立ちして家を離れ、都内で生活をしている。

「一花、お父さんたちがいない間も勉強は怠らないように。じゃあ、もう行くから」

 お父さんはそう言ってリビングを出た。そしてお母さんと二人きりになる。

「一花、ご飯だけど、自由にデリバリーとか使っていいからね」

「うん、分かった」

「あと一花、それと、それとね、一花……その……」

「? なに?」

「う、ううん。いいの、帰ったらまた話すから……行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

 そう言って私は両親の外出を見届けた。

 両親がいなくなったことで、私は一人きりになる。

 しんと静まり返ったリビングに寂しさを覚えたので私はテレビをつけた。

 そしてお母さんがお出かけ前に用意してくれた食事を口にする。

「お母さんのごはん、おいしいな」

 ふと涙がこぼれそうになる。

 こんな風にのどかに食事をしているだけでも、私は罪悪感を覚えずにはいられない。

 ――私はこの一週間、ずっと仁美の後を追おうと考え続けていた。

 でもそのたびに頭の中で「人の命を助ける家系の人間が、命を粗末にするなんて許されない」という言葉が響いた。

 その言葉はずっと前に、お兄ちゃんが学校で嫌な目に遭って、早まったことをしようとしたときにお父さんが言った言葉。

 だから私に向けられた言葉じゃないけれど、私が仁美の後を追おうと考えるたびに、お父さんのその言葉が蘇る。

 ……つまり私はその言葉を言い訳に、我が身かわいさから仁美の後を追えなかったのだ。

 早まった行為は思いとどまったとはいえ、だからって罪悪感が消えるわけもない。

 それでもこんな風にのどかな朝を過ごしていると、私に生きる資格があるのかと、そんな風に思い悩んでしまう。

(私、これからどうすればいいんだろう……)

 焼き魚の身をほぐして口に運んでいると――

『蓼原仁美さんが亡くなってから、ちょうど一週間が経過しました』

 ニュースが始まり、耳にしたくない話が入ってきた。

『蓼原仁美さんはれいく市に住む私立埼玉白百合学校の高校3年生。新人声優としてテレビアニメへの出演が決まったばかりでしたが、一週間前、自宅で亡くなっているのが発見されました。争った形跡などもないことから、警察は事件性はないものと判断しています』

「まだやってる……」

 うんざりして、私はテレビを消した。

 テレビを消すと急にしんと静まり返る。

 一週間も引きこもっていたせいで人恋しくなってしまった。

 私は支度を整えて、すぐに外に出ることにした。


 私はいつもの習慣で通学路を歩いていたが、さすがに出るのが早すぎた。

 このままもう学校に行ってもいいのだが、少しだけ迷った。

「仁美……」

 私は自分の気持ちに従い、私は仁美の家へと向かう事に決めた。

 私は道の途中でお花を買い、仁美の家の前までやってきた。

 仁美は両親を亡くしていて、祖母と大きな館で二人で暮らしていた。

 玄関口までやってきてふと足元を見ると、お供え物や献花が手向けられていた。

 多分、私が引きこもっている間に、学校の友達がそなえたのだろう。

 私は買ってきた花を手向けると、目をつむって手を合わせた。

「仁美……」


 ――一花ちゃんの声、カワイイなぁ♪


「――――ッ!」

 耳元に声が響いて、私は反射的に目を見開いて振り返った。

 けど、そこには誰もいない。

「だ、誰!? 誰かいるの!? あ――――――――」

 激しいめまいに晒され、私の視界がぐらりと揺れた。

 一瞬だけ意識が遠のき、私は思わずその場に座り込んでしまう。

(……誰?)

 一瞬だけ、靴のようなものが見えた気がした。

 だがめまいが酷くて頭を動かすことができない。

「――――ッ!」

 突然視界が真っ暗になる。

 だがそれはめまいのせいではない。

 何か手のようなもので視界が覆われているのだ。

 ――かわいいなぁ♪

「いやっ――ッ!」

 めまいを振り払い、私は恐怖に駆られて飛び跳ねた。

 だが、そこには何もないし誰もいない。

 辺りを見回すが、人影はどこにもなかった。

「うそ、でしょ? 今のは何?」

 ざああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……と、冷たい風が吹き抜ける。

 そして、ふと私の手に"ソレ"が握られていることに愕然とした。

「なんでこれが……」

 それはオモチャのガラガラ。

 赤ちゃんをあやす時に使う音の鳴るオモチャだ。

 女の子向けのピンク基調のデザインで、ウサギのキャラがプリントされている。

 それを私は――、

(いやっ!)

 そういってオモチャのガラガラを投げ捨てようとしたけど――、

 でも、なぜかそれができない。

(私は、なに?)

 意識がもうろうとしてくる。そして、聞きなれたその声が私の耳に入ってくる。

『そろそろ学校に行かなくちゃ』

 それは私の声だ。

『私の仁美が、まってルよ………………』

 うん、そうだね。

 仁美が待ってるんだから、学校に行かなくちゃ。

 ――私はぼんやりとしたまま、仁美と会うために学校へと向かった。


 私が学校につく頃には、もうそれなりに生徒たちが登校していた。

 そして教室にたどり着くと、親友のほうから声をかけてくれた。

「あ、一花じゃーん、おはよー♪」

 神楽京子かぐら きょうこの快活な声に私はほっとして、ようやく緊張が抜けて顔がほころんだ。

「あ、うん。京子、おはよう」

 教室は、活気のある女の子たちのにぎやかな声で満たされていた。

 久しぶりに感じる快活な女の子たちの声のおかげで、先ほどまで自分の心を支配していた。

 得体のしれない薄気味悪さはどこかに消えてしまった。

(あ、そっか)

 鬱積してたものが心の中から一気に洗い落とされた気分だ。

(もしかしたら、一週間も引きこもってたせいで、私がおかしくなっていただけかも)

「フフッ♪」

「どうしたの一花? 急に笑ったりして」

 私がなんの脈絡もなく笑ったので、京子はきょとんとした。

「あ、うん。なんかすごく久しぶりだからさ、学校来るの」

「いやホントに久しぶりじゃん、もういいの?」

「うん、もう大丈夫」

「一週間も病気が長引くなんて大変だったよねー。季節外れのインフル?」

 え?

 そんな質問をされて、今度は私がきょとんとしてしまった。

「え? あの、その……え?」

 京子の言ってることに私は困惑する。

「……ねぇ、知らないわけないよね?」

「え? だから一花、体調崩して休んでたんじゃん」

「そうじゃなくて、だから、その、仁美のこと……」

 陰鬱に話を切り出す私とは対照的に、京子の調子はとても軽いものだった。

「あ、そうそう。仁美ねー、あの子も大変だよねぇー」

「そんな、大変なんてもんじゃ――」

「仁美もなんか風邪ひいたじゃん。一花と同時だったから二人でズル休みして遊びに行ってるのかと思った」

 え――?

 私は目を丸くする。

 風邪? ズル休み? 旅行?

 さっきから何かがズレているとは感じていたが、まったく話がかみ合っていない。

 仁美はクラスメイトだ。

 仁美が命を落としたことはみんな知ってるはず。

 テレビでさんざんニュースになって、ネットでも騒ぎになっていた。

 ふとクラスを見渡す。

 最初はクラスの活気が居心地よくて、何も思わなかったが……、

 でも、あまりにもいつも通り過ぎる気がした。

 まだ仁美が命を落としてから一週間程度しか経っていないはずなのに……。

「ね、ねえ、さっきから何を言ってるの?」

「一花こそ何言ってんのさー?」


 君に彼女の愛を拒む権利なんかないんだよ。


 ……え?


 今のは何?

 京子は今「もしかしてまだ風邪治ってない?」と口にした。

 でも私の脳に入ってきたのは、「君に彼女の愛を拒む権利なんかないんだよ」という全然別の言葉だった。

 もしかして私、おかしくなっちゃってるの?

「ちょ、ちょっと待って……」

 私はあわててスマホを起動させる。

「蓼原仁美」で検索すればネット記事くらいすぐに出てくる。

 それを見ればどっちの言っていることがおかしいかはすぐに分かるのだ。

 私はブラウザを開いて「蓼原仁美」と入れようとすると、京子が教室の出入り口の方を向いて声を上げた。

「あ、仁美じゃーん。久しぶりー」

「――――ッ!」

 私の手からスマホが落ちる。

 呆然とする。

 白くて長い綺麗な髪の毛。

 まるで宝石のように紅い眼。

 ちょっと空気が抜けたようなふわふわとた笑顔。

「…………仁美?」

 そこにいたのは、確かに私が知っている蓼原仁美だった。


「おはよー」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ