第7話 召使の少女を助けました
(ジーナのやけど痕を隠せそうな化粧品、今日も見つからなかったわ……)
宮殿の図書館からの帰り道。本の山を抱えてルチアはため息をついた。
あれから毎日、ルチアは宮殿の図書館に通い詰めて、カバーメイクに関する文献を集めていた。すでに死んでいる、有名な化粧品開発者の記憶ものぞいた。
しかし、いくら豊かな帝国とはいえ、やけど痕を完璧に隠せるベースメイクはまだ発明されていないようだった。
(一応役立ちそうな本を何冊かは借りてきたけれど、前途多難ね……)
赤じゅうたんが引かれた廊下をトボトボと歩いていると、どこからかクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「ねえ見て、先住民ごときが生意気に」
「お皿を割ったのがあんたじゃないなんて、誰も信じないわ」
どうやら、左手前方の使用人室で、複数の少女たちが話しているようだ。
「きゃあっ!」
か細い悲鳴。それに続いて、ドサリと何かが倒れる音。
「どうしたの!」
使用人室に駆けこむルチア。
そこには、床に倒れた黒髪の少女が1人と、それを取り囲む数名の少女たちがいた。
黒髪の少女のそばには、割れた皿が1枚落ちている。彼女は必死で頭をかばっていた。
「大丈夫?」
ルチアは倒れている少女を助け起こした。歳は10歳ほどだろうか。
(黒い髪に黄色い肌……。帝国の先住民ね)
服装からして、王宮に使える給仕のようだ。
「こ、皇太子妃殿下!」
取り囲んでいた少女たちが悲鳴を上げた。数名はやましそうに顔を伏せる。どうやら、皿を割った濡れ衣を先住民の少女に着せていじめていたらしい。
しかし、少女たちの中で図太そうな数名は、顔色一つ変えずにルチアに嘘をついた。
「この子が、ララが、またお皿を割ったのです」
ララと呼ばれた黒髪の少女を指さして、涼しい顔だ。
「証拠はあるの?」
ルチアは言い返した。
「先住民はずるくて嘘つきなのです」
どうやら、ルチアが思っていた以上に帝国の先住民差別は深刻らしい。
「生まれで人を決めつけるのは感心しないわね。ララ、私の部屋にいらっしゃい」
皿の破片で切ったのだろう、ララの指先からは血が流れている。ルチアはララを連れて使用人室を出た。
ルチアは自室で救急箱を取り出すと、ララの指先を消毒して布を巻いてやった。ララの血はなかなか止まらなかったが、ルチアは根気よく止血した。
「ありがとうございます、皇太子妃殿下……」
「気にしないで。血がようやく止まって良かった」
ララは頭を押さえ、ぺこりとお辞儀をした。そして、ルチアが運んできた本の山に目をとめた。
「妃殿下は、傷跡を隠す方法に興味があるのですか?」
ララの目が輝く。
「そうよ。メイドにプレゼントしたくて。何か役に立つ方法を知っているの?」
先住民ならではの技術をララが知っているかも知れない。ルチアは身を乗り出した。
「あれは、私の曽祖母の時代の話です」
ララは語り出した。
「我が部族は入植者たちに焼き討ちにされ、先祖代々の土地からヒノキの森の中へと逃げ延びました。顔にやけどを負った女たちは、毎日泣き暮らしていました。曽祖母もその1人です」
ララの語る、帝国の歴史の暗部。ルチアは真剣に聞き入った。
「ある日曽祖母は、あたり一面に生えているヒノキを見て思いつきました。この良い匂いの木から美しい仮面を作り、やけど痕をおしゃれに覆おうと」
ララはポケットから1枚の仮面を取り出した。繊細な彫刻がほどこされ、優美な曲線が顔を優しく包みこむようだ。
「想いが込められた仮面は、魔道具としての性質も帯びています。彫る技術は、代々我が部族に受けつがれてきました。曽祖母から祖母へ、祖母から母へ、母から娘へと。しかし、部族の人口は年々減り、伝統は消滅の危機。そこで……」
ララは頭を下げた。
「私を助けてくださった皇太子妃殿下に、この技術をお伝えしたいのです」
ルチアは喜びに顔を輝かせた。
「まあ! 想いの詰まった技術の継承者に選ばれるなんて、光栄だわ。ジーナもきっと喜んでくれる」
胸が熱くなるのを感じる。
「ララが娘を産んだら、その子にも教えてあげてね」
「ええ……。まあ……」
ララは歯切れの悪い返事をして頭を押さえた。頭を押さえるのはララのクセらしい。ルチアは何か不吉な予感がした。
翌日から中庭で始まった仮面作りは、ルチアにとってかなり骨が折れるものだった。
「ナタは一発でパッカーンといって下さい!」
春めいてきた中庭に、ララの凛とした声が響きわたる。
ララの指導はかなりの熱血だった。皇太子妃だからといって容赦はしてくれないらしい。
「ダメです! 力任せになってます!」
「ノミの持ち方が違います! 指切りますよ!」
ルチアの手の平には連日水ぶくれが出来た。肩は毎日筋肉痛だ。
しかし、ルチアの心はかえって燃え上がった。ララが仮面を彫る技術の伝承にかける情熱が伝わってきたからだ。まるで命を燃やし尽くすような情熱だった。
ララは皇太子妃殿下のお気に入りだと噂が広まり、いつの間にかいじめられなくなった。
「ねえ、ララ」
ある日、作業の休憩時間にルチアは感嘆を漏らした。
「あなたの仮面作りにかける情熱、本当にすごいわね」
ララは遠い目をした。
「私にとって、祖先の記憶の伝承は、死を克服する事ですから」
「死の……克服?」
「はい」
ララはうなずき、古びたノミを握りしめた。母の形見らしい。
「ある人が死んでも、誰かがその人の想いを後世に語りつげば、その人は永遠に生き続ける」
ララの言葉は、死者の記憶をのぞけるルチアの特殊能力にも通じる気がした。
「どんなに理不尽な暴力も、私たちを真の意味では殺せない」
ララの瞳には、静かな炎が燃えていた。かつて入植者たちが彼女の先祖代々の土地を焼き払った炎より、ずっと強い灯だ。
「曽祖母は、祖母は、母は、確かに泣いて笑って生きていた。苦しみ、希望を求め、想いを仮面に彫り入れた」
ララは仮面を握りしめた。
「全部無かった事になんか、決してさせません」
ララの反骨精神に、ルチアは心が熱くなるのを感じた。




