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第28話 40年前の真実

 チェーザレは正直気が進まなかった。母に愛されていた日々を追体験するのは幸せだ。だが……。

(母上の最期を、追体験とはいえ目の当たりにしたくない……)


 だが、ルチアの発言が引っかかる。

(『お母上の、本当の最期の言葉』。ルチアはそう言った)

 ある可能性が頭をよぎる。

(朕は、母上の最期を祖父から聞いただけだ。祖父は、朕を皇位継承争いに駆り立てるべく嘘をついたのでは?)


 果たして、その日の記憶が目の前で再生され始めた。


「チェーザレ、ハンバーグ残すの? 好物でしょう」

「今日はお腹いっぱい……。母上代わりに食べて」

「おやつにケーキを3つも食べるからでしょ。全くもう……」

 母はぶつくさ言いながら、チェーザレの分のハンバーグにフォークを伸ばす。

「ありがと母上! 部屋で宿題やってくるね」


 チェーザレが階段を上がって行くのと入れ替わりに、祖父が帰宅した。

「お父様、おかえりなさい。遅かったのね」

「ああ。次の皇帝をチェーザレにするべく、賄賂を配ってきたんだ」

 祖父は権力欲に目をギラつかせていた。


 母は顔をしかめた。

「お父様、私はそんな事望んでいないわ」

 ハンバーグを口に運びながら、母はため息をついた。

「私がチェーザレに望むのは、ただ1つ……」


 しかし、ハンバーグを飲みこんだ瞬間、母は固まった。

「おい、どうした?」

 祖父の問いかけにも答えず、泡を吹いて床に崩れ落ちる。


「きゃあぁぁぁ! 奥様、しっかり!」

 悲鳴をあげるメイド。

「毒殺だ! 解毒剤を持ってこい!」

 怒号を上げる祖父。


 祖父の袖にすがり、母が最期に言い遺したのは……。

「チェーザレには、元気で生き延びて欲しい……。他には何も望まないわ」

 記憶の追体験はそこで止まった。


「母上……」

 チェーザレの手から力が抜けた。カラン、と音を立てて拳銃が地面に落ちる。


「強い皇帝になれ、なんて言ってなかった。元気で生き延びて欲しい、それだけで良いって」

 鼻の奥がツンと熱くなる。


「強くなくても、生きている価値があったんだ……。朕も、朕が今まで不幸にしてきた人々も」

 気がつけば、チェーザレの頬を涙が滴り落ちていた。


「私も最近、やっと自分の生きる価値を見つけられたんです。陛下の気持ち、少し分かるかもしれません」

 ルチアは優しくチェーザレの手を握った。

「陛下に知って欲しいんです。生きる価値がない人間なんていないって」


 チェーザレは黙ってうなずいた。砂まみれになった袖で涙をぬぐう。

 やがて顔を上げた時、チェーザレは覚悟を決めていた。


「サンタアクアの皆さん……。黒龍を召喚して、本当にすまなかった」

 深々と頭を下げる。はずみで帝冠が地面に転げ落ちた。

「謝っても一生許されないと思う。それでも詫びさせて欲しい」


 民衆の反応は総じて微妙だった。

「今さら謝られてもなぁ……」

「うちの子は帰ってこないし」

「ごめんで済めば警察は要らんっつーの」

 みんな渋い顔だ。


「みなさん、良い案があります」

 助け舟を出したのはルチアだった。

「私たちの最終目標は、黒龍の惨禍を二度と繰り返さない世界を作る事でしょう?」


 民衆は喝采を送った。

「そうだそうだ!」

「碑文にも書いてある!」

 碑文に刻まれた文字は、「過ちは繰返しませぬから」。


 ルチアは民衆に問いかけた。

「この主語はなんだと思いますか?」

 民衆はキョトンとした。

「え? 帝国じゃないのか?」

 チェーザレも同意見だったので、驚いて顔を上げた。


 ルチアは首を振った。

「黒龍の卵を保有しているのは、帝国だけではありません。帝国と敵対する連邦も保有し、孵化実験を繰り返しています。それに……」


 ルチアは言葉を続けた。

「戦時中の我が国が、捕虜を虐待したり占領地から労働者を強制連行したりする外道国家だった事は否めません」

 ヨハンの母とビアンカが、感心したようにルチアを見ている。


「過ちを繰返さないのは……私たち一人一人、全人類の責任です」

 ルチアの言葉に、民衆がどよめく。チェーザレは自分の視野の狭さを恥じた。


 ルチアはチェーザレに向き直った。

「黒龍の惨禍を二度と繰り返さないために、皇位をロレンツォに譲ってください」


 ルチアの真剣な眼差しが突き刺さる。

「新しい皇帝を戴いて、世界に黒龍の卵の廃絶を呼びかけたいのです。チェーザレ陛下が玉座に座ったままでは説得力がありません」


「……分かった」

 チェーザレは足元に転がる帝冠を指さした。

「持っていけ。息子にかぶせてやれ」


 ルチアは帝冠を拾い上げ、砂ぼこりを払ってロレンツォにかぶせた。

 民衆から拍手喝采が降り注ぐ中、ロレンツォはチェーザレに近づいてくる。


「……気づかない内に、背が伸びたな」

 いつまでも反抗期だと思っていた息子は、いつの間にか大人になっていた。チェーザレの方が見上げる格好になる。


 チェーザレを見つめるロレンツォの瞳には、敵意は感じられなかった。

「ルチアが言ったんです。『人間が憎しみ合うのは、お互いの事をよく知らないからじゃないか』って」

 ロレンツォの瞳が悲しみに揺らぐ。

「もっと早く、父上を知ろうとしていればよかった」


「……大きくなったな」

 チェーザレは微かに笑う。

「お前の方が、朕より皇位に相応しい」

 なぜなら、とチェーザレは付け加えた。

「互いに殺意を抱いていた相手すら、お前は許す事ができるのだから」

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