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第26話 どちらも手に入れます

「なぜ私が反逆者なのです? 一度でも陛下に害をなそうとしたことがありましたか?」

 ルチアは努めて落ち着いて問いかけた。

「このような資料館を作る事自体が、帝国の庇護に対する反逆だ」

 チェーザレは資料館と慰霊碑を一瞥した。


「『過ちは繰返しませぬから』? ハッ、笑わせるわ。強い朕は、弱い貴様らを犠牲に平和を築いた。それのどこが過ちなのだ?」

 嘲笑うチェーザレ。


「違います。その文の主語は……」

 ルチアの反論をチェーザレはさえぎった。

「黙れ! 降霊術を騙り悪魔と交信し、民衆の心の弱さにつけ込む『呪われ聖女』めが」


 見かねたロレンツォが口をはさむ。

「ルチアは、俺の愛する妻です。絶対に殺させたりしません」

 ロレンツォの目には憤りが燃えていた。

「それに……貴重な聖女を反逆者として処刑するなど、父上の利益にもならないのでは?」


 チェーザレは鼻を鳴らした。

「朕は強いから死者や過去を振り返らない。朕には必要ない能力だ」

 そして、邪悪な計画を発表した。

「ただ処刑するのではない。より強力に改良された黒龍の卵のために、生贄にするのだ」


 民衆がざわめいた。

「じゃあルチア様を差し出しても、結局この街に黒龍の卵が落ちるんじゃ……?」

「取引になってないぞ!」

 ヤジが飛ぶ。


 チェーザレは首を横に振った。

「いいや。ルチア・カッシーニを大人しく差し出せば、強化された黒龍の卵の投下先は……連邦にする。この街は無事だ」

 しかし、とチェーザレは言葉を続ける。

「もし拒めば、強化されていない黒龍の卵がこの街に投下される」

 にんまりと笑うチェーザレ。


「さあ、どちらを選ぶ? 大人しく聖女様を差し出すか? それとも、愚かにも逆らって惨劇を繰り返すか!」


 民衆はざわめいた。

「あんな地獄、あたしゃもう体験したくないよ……」

「でも聖女様を差し出すなんて……」

「いやいや、民衆のために犠牲になるなら聖女様も本望だろう」

「でも連邦の街が代わりに惨劇の舞台になるんだぞ?」

 意見が真っ二つに割れているようだ。


 ルチアは迷っていた。

(私さえ我慢すれば、この街の平和は守られる)

 そんな考えがチラリと頭をよぎる。


 その時、ルチアの指先に温かい感触が触れた。ロレンツォの手だ。

 優しくルチアの手を包みこみ、ロレンツォは耳元でささやく。

「ルチア、君の命の使い方だ。最後は君が決める事だ」

 でも、と、祈るような目で付け加える。

「俺は君に、幸せになって欲しい」


 ロレンツォに初めて出会った日の事を、ルチアは思い出した。

(『覚えていてくれるか。君は幸せになるべきだって事を』。そうロレンツォは言ったわ)

 ルチアは胸に勇気の灯が燃え上がるのを感じた。


 その勇気は、ロレンツォが続けて耳打ちしてくれた「ある情報」を聞いた時、確かな自信となった。


 ジーナもルチアのところに近寄ってきた。

「ルチア様は私の恩人です。ご自分でご自分を好きになれる方を選んで下さい」

 励ますジーナ。

「ありがとう、ジーナ。お願いがあるのだけれど……」

 ルチアはあるものを持ってくるよう、ジーナに耳打ちした。

「承知しました」

 ジーナは一礼すると、気配を消して資料館の中に消えていった。


 民衆が固唾を飲んで見守る中、ルチアはチェーザレに向き直った。

「断ります。私は生贄なんかにはなりません」


 チェーザレは大袈裟にため息をついた。

「街が黒龍に破壊される混乱に乗じて逃げ出そうと? 遅かれ早かれ生け捕りにされるのに」

 完全なる邪推である。

「我が身可愛さに、故郷を再び黒龍の惨禍に巻き込むか。愚かな女め」


 ルチアは首を横に振った。

「いいえ。私は自分の幸せと周りの平和、どちらも手に入れます」

 ルチアの瞳は、慰霊碑に捧げられたロウソクの炎を映して輝いている。

「世界中のあらゆる場所で、黒龍の惨禍を二度と繰り返させません!」


 ルチアが宣言するのと、チェーザレがビアンカから起爆スイッチを受け取るのが同時だった。

「さらばだ、サンタアクアの街よ」


 チェーザレはビアンカに合図し、自分たちとルチアの周りに防護魔法を展開させた。

 民衆は頭を抱えて縮こまる。


 ポチリと起爆スイッチが押され……。



「……? 爆発しねえぞ」

「俺たち、生きてる……」

 恐る恐る頭を上げる民衆。


「馬鹿なっ! 確かに準備は万全だったはず……」

 チェーザレは必死に起爆スイッチをカチカチしている。


 やがてチェーザレは、相変わらず無表情のビアンカを鬼の形相で振り返った。

「フェリッリ公爵令嬢! まさかスイッチに細工を……」

 しかし、その言葉は最後まで発される事はなかった。


「ぐえっ」

 後ろから忍び寄ったジーナが、チェーザレの股間を思い切り蹴り上げたのだ。うずくまるチェーザレ。


「ルチア様、仮面持ってきました!」

「ありがとう!」

 ルチアは、ジーナから受け取った仮面をチェーザレにかぶせた。同時にジーナがチェーザレを後ろ手に縛り上げる。仮面を外させないためだ。


 後ろではロレンツォとビアンカが話している。

「ありがとう、フェリッリ公爵令嬢。まさか本当に、俺の誘いに応じて父を裏切ってくれるとは」

「兄の最期を知って思ったのですわ。黒龍の卵は再使用されてはならないと」

 ビアンカはどこか吹っ切れたような笑顔を見せていた。


「嫌だ、嫌だ! 朕がこんな屈辱を……。うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 叫ぶチェーザレ。地獄の記憶の追体験が始まったようだ。


「ちゃんと知って下さい。黒龍の惨禍が、サンタアクアの街から奪い去ったものを」

 ルチアは、チェーザレの仮面に最大出力で死者の記憶を注ぎこんだ。

 読んでいただきありがとうございます! 楽しんでいただけたなら嬉しいです。


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