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第25話 衝撃の勅命

 真っ先に館内に足を踏み入れたのは、寄贈された遺品や記憶の持ち主の遺族たちだった。


「アドリアーナ姉さん……。ごめん」

 青いブラウスを前に黙祷する青年。


「サビーノ、サビーノ、ごめんねぇ」

 半ズボンを前に泣き崩れる中年女性。


「ヨハン、ヨハン、無念だったろうね」

 息子の名札を前にただただ頭を垂れる老婆。


「ヴェラ、代わってやれなくてすまんのう」

 仮面で娘の記憶を見ながら涙を流す老人。


 みなそれぞれのやり方で、愛する人に祈りを捧げている。


 彼らは祈りが済むと、ルチアやロレンツォのところにやってきた。

「姉さんの形見、預かって下さってありがとうございます」

「あの子の記憶を、あの子が生きた証を、どうか永遠に残してください」

 そのたびにルチアは身が引き締まる思いだった。隣のロレンツォも同じようだった。


 その後に来館したのが、叔父に勧められて渋々やってきた近所の人たちだ。

「辺境伯様、どうして今さら過去に囚われた施設を?」

「陰気すぎるわ。呪われ聖女らしい」

「いや、本当に呪われていたのは魔道具作りの聖女の方らしいぜ」

 気楽なぼやきが玄関から聞こえてくる。


「ロレンツォ……」

 不安なルチアの手を、ロレンツォはそっと握ってくれる。

「しっかりしろ。彼らも展示を見たら気が変わるさ」


 果たして、ロレンツォの予測は的中した。

 最初ぼやいていた人々が、順路を進むうちに言葉少なになっていく。仮面をかぶった者は、食い入るように眼前に再現される光景を見つめていた。


 ルチアの前に恥ずかしげにやってきた少女がいた。ルチアを「呪われ聖女」と呼んで遠巻きにしていた近所の子供の1人だ。

「ルチア様、今までごめんなさい」

 謝罪する彼女。

「黒龍の惨禍があったのは、私が生まれる前で。大人たちの反応から、早く忘れるべき記憶なんだって思ってました」


 でも、と彼女は言葉を継いだ。

「仮面で追体験した記憶の中に、大やけどを負いながら赤ちゃんを産んだ女の人の記憶があって。私は弟が生まれたばかりなので、すごく身近に感じたんです」


 彼女の言葉はたどたどしかったが、胸をうつものがあった。

「やっと気づいたんです。ルチア様の能力は、呪われてなんかいないって。理不尽に殺された人たちの生きた証を受け継ぐ、大事な聖女様だって」

 ルチアは嬉しくてたまらなかった。


 やがて正午になった。ジーナのアナウンスが館内に響く。

「正午になりました。黒龍死没者慰霊碑の除幕式が中庭で行われます。参列をご希望の方はお集まりください」

 中庭の慰霊碑は、ロレンツォがデザインしたものだ。ルチアたちは中庭に向かう。


 広いはずの中庭は、参列者でぎゅうぎゅうだった。

 中庭の中央には、夏の日差しに照らされ、白い幕をかけられた慰霊碑が建っている。

 たくさんのロウソクと花束が供えられていた。


「良かったわね、ロレンツォ」

「ああ。最初は帝国人の俺がデザインする事に反発もあったが……。ルチアの根気強い説得のおかげだ」

 ロレンツォの目が優しい。


 除幕式が始まり、ロレンツォがスピーチし、ルチアが幕を取り除く。

 中から現れたのは、御影石で出来た高さ3mほどのアーチ。

 アーチの下には石の箱があり、中には黒龍の犠牲者たちの名簿が納められている。


 石の箱に刻まれた文章を、ルチアが読み上げた。

「『安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから』。私が考案した文章です。この碑文の意味は……」


 その時、不吉な音が中庭全体に鳴り響き始めた。


 バッサバッサという翼の音。甲高いいななき。

 ほどなくして上空に現れたのは、豪奢な彫刻がほどこされた、帝国の天空馬車だった。


 あの日とそっくりなその姿に、中庭はパニック状態になった。

「黒龍の卵だ!」

「逃げろ!」

「また丸焼きにされるぞ!」

 出口に殺到する民衆。


「みなさん、落ち着いてください!」

 ルチアは叫んだ。

「将棋倒しになりますよ!」

 ルチアの言葉で一瞬場が静まるのと、帝国の天空馬車が中庭に着陸するのが同時だった。芝生が容赦なく車輪に踏みつけられる。


 天空馬車から降りてきたのは……。チェーザレ皇帝その人だった。

 後ろにポーカーフェイスのビアンカを従えて、余裕の笑みを浮かべている。


「父上、今さら何のご用です」

 ロレンツォは腰の剣に手をかけた。

「来館者を害したら、いくら父上といえども容赦はしません!」


 怒るロレンツォ。怯えて動けない来館者。

 彼らを無視して、チェーザレはルチアの前に立った。蛇のような狡猾な瞳が、ルチアを捕らえる。


「何のご用でしょう、陛下」

 ルチアは怖かったが、必死で自分を鼓舞して抗議した。

「神聖なる慰霊碑を汚すとは。恐れながら、陛下は皇帝の品格を欠いておられるのでは?」


 チェーザレは全く動じず、微笑んで宣言した。

「ルチア・ツィタ・カッシーニを、これより反逆者として帝国に連行する」


 たちまち民衆は怒りの声を上げた。

「そんな事させるものか!」

「皇帝とはいえ、相手は1人!」

「多勢に無勢だ! やっちまえ!」


 しかし、続けてチェーザレが取った行動で、その場は一瞬にして静まりかえった。

 チェーザレが手で合図し、ビアンカが天空馬車の荷台を開ける。

 ゴロン、と芝生の上に転げ出た積み荷は……。


 真っ黒い、呪わしい、巨大な球体。

 紛れもなく、黒龍の卵だ。


「ルチア・カッシーニを差し出さなければ……。この場所で、再び黒龍を召喚するぞ」

 夏だというのに、中庭の空気は凍りついた。

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