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第24話 資料館、開館

「あと1時間で開館ね。ここまで長かったわ……」

 黒龍資料館の開館当日の朝。ルチア、ロレンツォ、ジーナ、そしてルチアの叔父の4人は、館内の最終チェックをしていた。


「ペネロペ……。お前にも見せてやりたかった」

 つぶやく叔父が抱えているのは、先週亡くなったばかりのペネロペの遺影だ。


 資料館に展示されているのは、ルチアとペネロペが作り上げた記憶追体験仮面だけではない。

 ロレンツォが手ずから集めてきた、黒龍の惨禍の記憶を生々しく宿す品々も一緒に展示されている。持ち主の遺影とエピソードも添えて。

「王国の民は、黒龍の惨禍について発表する事を禁ず」という帝国の法律は、ルチアの尽力によって廃止されていた。


 焼け焦げて穴の空いた青いブラウス。パーマをかけたおしゃれな女性の写真が添えられている。

 彼女の名前は、アドリアーナ・マルティーニ。体の前面に大火傷を負った彼女は耳と自慢の髪を失い、2ヶ月後に亡くなった。

「こんな顔になった私が家にいたら、弟に嫁が来なくなるのではないか」と最期まで心配していたそうだ。

 寄贈してくれたのは弟だ。彼は、治療の痛みに絶叫する姉のそばに怖くて行けなかったことをずっと悔やんでいるという。


 血の跡が生々しい小さな半ズボン。添えられた写真に映るのは、無邪気に笑う赤ん坊だ。

 赤ん坊の名前はサビーノ・バジリオ。母親に背負われていた彼は、背後から熱線に焼かれ大火傷を負った。

 救護所で「みずがほしい」と何度もねだった。しかし、怪我人に水を飲ませると死ぬと聞いていた母親は与えなかった。サビーノはその日のうちに亡くなった。

 寄贈してくれた母親は、その事をずっと後悔しているという。


 戦争中に占領地からサンタアクアの工場へ徴用された人々の遺品も展示されている。8年の闘病の末に亡くなったヨハン・ミュラーの名札もその1つだ。

 名札に書かれた名前は「ジョバンニ・ミュラー」となっている。占領地の人名を王国語風に改名させる悪法によって付けられた名前だ。

 寄贈してくれたヨハンの母親は、悔しそうな表情で語った。

「最初、黒龍の被害者への救済法は、我々占領地の人々を対象外にしていました。もっと早く法改正されていれば、息子は助かったかもしれないのに」


 静かな展示室内には、ルチアたちの足音が響くばかり。ひんやりとした空気が静寂を際立たせる。資料館の外が蒸し暑く、蝉の声が降り注いでいるのとは対照的だ。


「こうしていると、遺品の中から亡くなった方々の魂が語りかけてくるみたいだわ」

 ルチアのつぶやきに、ロレンツォは真摯に答えた。

「死者の記憶を引き継げる君を見て、俺も少しでも似たような事ができないかと思ったんだ」


 ルチアはうなずいた。

「ロレンツォ、本当に丁寧に遺族の方々から聞き取り調査をしていたものね。申し出があったらすぐに駆けつけて、半日、時には丸一日かけてご遺族のお話に耳を傾けていた」

「君の夫だから遺族の方々から信頼されたんだ。『帝国にもこんな誠実な人がいるなんて』ってよく言われたよ」


 一行はロレンツォが集めた資料の間を抜け、ルチアとペネロペが作った記憶追体験仮面の展示室にたどり着いた。

 長テーブルの上に等間隔で並べられた仮面には、ペネロペが考案した複雑な呪紋が刻まれている。来館者は椅子に座って仮面をかぶり、仮面にルチアがこめた死者たちの記憶を追体験するのだ。

 壁のパネルでは、帝国先住民をむしばんだ黒龍の呪いの実態と、仮面の由来、先住民の迫害の歴史が説明されている。


 叔父は仮面の1つを手にとった。

「ルチア、かぶっても構わないか」

 その顔には決意がにじんでいる。

「ずっと忘れたかった記憶なんだ。でも……もう逃げない事にしたんだ」


 ルチアは嬉しかった。

「もちろんです、叔父様。無理はしないでくださいね」

 厳かな顔で仮面をかぶる叔父を、一行は穏やかな眼差しで見ていた。


 全ての記憶を見終わり、仮面を外した時、叔父の顔には涙の跡があった。

「まさにこの通りだった。ルチアも、ペネロペも、よく頑張ったな」

 ペネロペの遺影を抱きしめる叔父。

「ペネロペ、お前は生き続けるんだな。この魔道具の中に。これを見るだろう来館者の中に。そして、僕の中に」


 その時、入り口の方が騒がしくなった。続いて守衛がやってくる。

「開館時間です。ご来館の方々を中にお入れてしてもよろしいでしょうか」

 うやうやしくひざまずき、ルチアたちにお伺いを立てる守衛。


「ずいぶん大人数ね」

 喜ぶルチアに対して、叔父は心配顔だった。

「近所の領民たちに通達を出したんだ。来館を強く推奨するって」

 ルチアは身を固くした。辺境伯である叔父の言葉で、仕方なく来た人もいるのだろうか。


「私を『呪われ聖女』呼ばわりした近所の人たちもやってくるのね……」

 ルチアは動揺したが、すぐに覚悟を決めた。

「いいわ。入れてちょうだい」


 この後起きる大波乱を、ルチアはまだ知るよしもなかった。

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