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第22話 共に歩む覚悟

本日は2話同日に更新です!

 ルチアの大声にロレンツォは目を見開いた。すぐに顔をしかめて言い返す。

「馬鹿とは何だ、馬鹿とは。俺がせっかく孤独に理解されない道を歩む覚悟を……」


「それが馬鹿だって言ってるのよ!」

 ルチアはビシッとロレンツォに指を突きつけた。


「ロレンツォに必要なのは、孤独に歩む覚悟じゃないわ。民衆との溝を埋め、共に歩む覚悟よ!」


 再び黙りこむロレンツォ。ルチアは優しくたたみかける。

「自分と関わると黒龍の被害者は不幸になる、ってロレンツォは思ってるのよね。帝国人の自分は許される資格はないって」

 ロレンツォはうなずいた。黒い瞳が心細そうに揺れている。長いまつげに乗った水のしずく。2人が出会った雪の日をルチアは思い出した。


「でもロレンツォは、私にたくさんの幸せをくれた。黒龍の惨禍で生きる意味を失った私に手を伸ばしてくれた。感謝してもしきれないわ」

 ロレンツォの右手をとり、自分の頬に押し当てる。


「私も最初は、ロレンツォの事を冷血皇子だと思ってた。だけど、ロレンツォの優しさに触れて誤解が解けたの」

 ロレンツォが初夜にいれてくれたカモミールティーの香りが、ルチアの鼻腔によみがえる。


 ルチアはロレンツォの瞳をしっかりと見つめた。

「ロレンツォの優しさを、他の黒龍の被害者たちにも知ってほしいのよ」


 ロレンツォは動揺して、濡れた黒髪を乱暴にかき上げた。透明なしずくが飛び散る。

「……無茶言うな」

 黒曜石色の瞳が揺れる。


「俺と黒龍の被害者たちは、何から何まで違う。国籍も、育ちも、身分も。理解しあえるはずがない」

 ロレンツォは左手でこめかみを押さえた。

 つやつやに整えられた爪。ささくれ1つない指先。すらりと長い指。ムダ毛の1本もない白い手の甲。薬指にはめられたプラチナの指輪には、大ぶりのダイヤモンドが輝いている。


 さっきまで肥溜めにはまっていたとは到底思えない美しさ。

 手の造形一つとっても、皇子のロレンツォとバラック街の黒龍の被害者たちの違いは歴然としていた。


「……理解しあえない事も多いと思うわ。でも、それでも……」

 ルチアは声を絞り出した。

「溝を埋める努力は続けてほしいの」

 訴えるルチア。


「1人で裏方を務めるなんて、悲しい事言わないで。理解も感謝も求めないなんて、私が許さない」

 そして、ロレンツォを安心させるように微笑む。

「民衆と共に歩む未来を、最初から諦めないで」


 沈黙。川のせせらぎだけが聞こえる。

 しばらくして、ロレンツォは口を開いた。

「……俺は」

 ロレンツォは涙声だ。

「ずっと許せなかったんだ。帝国人の自分を。黒龍の惨禍を起こした国で、のうのうと何不自由なく暮らしている自分を」

 震えるむき出しの肩。ルチアはそっと彼を抱き寄せた。


「私、ロレンツォのおかげで自分を許せるようになったの」

 耳元でささやく。

「今度は、ロレンツォが自分を許す番よ」

 ロレンツォの震えがおさまるまで、ルチアは彼を抱きしめていた。


 しばらくして服が乾いたので、ロレンツォとルチアはジーナの馬車に戻った。

「全く、いい歳して肥溜めに落ちるなんて!」

 ジーナはぷりぷりしながら手綱をとっている。


「誰にも理解されなくていい、なんて思春期じみた事をお考えだったなんて。あたしに言ってくだされば、いくらでも黒龍の被害者たちとの仲介はしますよ」

「……ごめん。ありがとう、ジーナ」

 ロレンツォはバツが悪そうにつぶやいた。


「ところで、ロレンツォは何でBDCCに行っていたの?」

 ルチアは訊いた。

「もっと黒龍被害者に寄り添った活動をするよう説得していた」

 答えるロレンツォ。


「今のBDCCは山の上に鎮座して検査するだけだ。患者の治療もしていないし、研究成果も軍事機密として非公開にしている」

 ロレンツォは言った。


「そのせいで『黒龍の呪いは伝染する』なんていう根も葉もない噂が出回り続け、被害者を苦しめているんだ」

「その通りだわ」

 ルチアはカーラを思い出し、深くうなずいた。


「俺はBDCCに、患者の治療に直接関わる事と、研究成果を王国の民衆に公開する事を要請している」

「名案じゃない! 向こうは承知してくれそう?」

 喜ぶルチア。


「BDCCの最高責任者は帝国本国にいる。ビアンカ・フェリッリ公爵令嬢だ」

 ロレンツォの言葉に、ルチアの顔は曇った。

「私と舞踏会で揉めたご令嬢ね……。望み薄かしら」


「いや、それが……」

 ロレンツォの顔がほころぶ。

「フェリッリ公爵令嬢は、案外話が分かる人のようだ。来週にはBDCCの改革声明が新聞に載るだろう」


「すごいじゃない!」

 ルチアは目を輝かせた。

「その新聞記事に、ロレンツォが影で動いた事を書いてもらいましょう」

「そうですよ。ロレンツォ様の成果を、正しく民衆に理解してもらわなくては」

 ジーナも口を挟む。


 ロレンツォはしばらくためらったが、やがて照れたような笑顔でうなずいた。


 翌週の新聞の1面を、こんな見出しが飾った。

「BDCC、研究成果の機密情報を公開 黒龍の呪いの伝染を否定」

「BDCC、黒龍被害者への治療を開始 やけど跡を消したい市民殺到」


 朝食の席で新聞を広げて、ルチアは満足そうに笑った。

「ロレンツォのインタビューも載ってるわ。これで誤解が解ければいいんだけど」

 ロレンツォも嬉しそうだ。

「何だか照れくさいな。ルチアが励ましてくれたおかげだよ」


 その時玄関のチャイムが鳴った。

「はい、ただいま」

 ジーナが出ていく。やがて走って戻ってきた。

「カーラ様とお祖父様がお見えです」

 ルチアたちは慌てて立ち上がった。

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