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第19話 肥溜めに落ちた皇子様

「おはよう、ペネロペ」

 ある朝の事。ルチアがあいさつに行くと、ペネロペはすでにベッドの上に起き上がって、仮面に呪紋を掘りこんでいた。


「おはようお義姉様。今日も取材ですの?」

「そうよ。今日はサンタアクアのバラック街のお爺さんから記憶を受け取りに行くの」

 ルチアは黒く品のある旅行用のマントをまとい、大きなトランクを抱えている。

「お義姉様頑張って! ロレンツォ様と一緒?」

 ロレンツォはルチアたちと共にカッシーニ辺境伯家に寝泊まりしているのだ。


 ルチアは首を横に振った。

「それが最近、私が起きる前にどこかに出かけて、遅くまで帰ってこないのよ。ゆっくり話す暇もなくて……」

 ルチアは顔を曇らせた。

「ロレンツォ様の性格なら、お義姉様と一緒に黒龍の被害者の方々と話したがるはずですのにね」

 ペネロペも不思議そうだった。


 ペネロペに見送られて家を出たルチアは、馬車を乗り継いでサンタアクアの街についた。

 戦後10年が経ち、街はだいぶ復興してきていた。乗り合い馬車も多いし、公営住宅もある。

 しかし、ルチアが今回取材するのは、街の中央部に未だ残るバラックの群れだ。

 トタンぶきの屋根に、廃材で出来た壁。裏の小さな畑で野菜を育てて節約している。1K8畳の家に家族全員がぎゅう詰めになって暮らしているようだ。


 ルチアがその内1軒のドアを叩くと、年老いた男が顔を出した。

「聖女様、ようこそお越しくださいましたわい。ささ中へ」

 節くれだった手でルチアの手を握る。

「今日は娘のヴェラについての取材ですな。あの子の記憶を資料館に展示してくださるとはありがたいですわい」

 老人は黒龍の惨禍で亡くなった娘の話を始めた。


「……というわけで、娘は苦しんで、苦しんで死んでいったんじゃ」

 語り終わる頃には、老人の目には涙が浮かんでいた。

「家族で生き延びたのは、わしと孫娘のカーラだけじゃ。そのカーラも最近グレてしまってのう」


 その時、バーンと音を立ててドアが開いた。

「誰がグレたって? じいちゃん」


 驚いたルチアが振り返ると、そこには不機嫌そうな少女が立っていた。15歳前後だろうか。

 つぎはぎのジャケットの袖口から、やけどの痕がある手の甲がのぞいている。


「あなたがカーラさんね。お会いできて嬉しいわ」

 笑顔であいさつするルチア。

 しかし、カーラはツカツカとルチアに近寄ると、敵意に満ちた目で睨みつけた。


「あんたが帝国に嫁いだ裏切り聖女ね」

 ルチアの笑顔が凍りつく。老人は後ろでオロオロするばかりだ。

「うちらの上に黒龍の卵を落とした帝国に身売りして、自分だけ毎日のうのうと贅沢してるんでしょう」


 想定外の反応にルチアは黙りこんでしまった。

(私、浅はかだったわ……。自分が他の被害者からどう見られているかなんて、想像もしなかった)


 見かねた老人が口をはさむ。

「しょうがないんじゃよ、カーラ。ルチア様は帝国に人質として差し出されたんじゃ。わしらは敗戦国じゃから、しょうがないんじゃ」


「しょうがないって何よ!」

 ブチ切れるカーラ。

「うちは『しょうがない』って言葉が一番嫌いよ」

 カーラは怒りがおさまらないようだ。


「母ちゃんが黒龍の惨禍で全身ズル剥けになって死んだのもしょうがないの?」

 老人はうつむいて何も言えない。

「うちが黒龍の惨禍のやけど痕のせいで『呪いがうつる』っていじめられるのもしょうがないの?」

 カーラは手の甲のやけど痕を押さえた。


「戦争を引き起こした女王陛下がのうのうと王都で生きているのもしょうがないの? 黒龍の被害についての発表を王国民に禁じる法律もしょうがないの? 理不尽すぎるっつーの!」

 カーラは部屋を飛び出していった。


 老人と2人で残されたルチア。

「孫が失礼いたしました。帝国の冷血皇子に嫁いだルチア様もお辛いでしょうに」

 恐縮する老人。

「いえ、ロレンツォはいい人ですし……。黒龍の被害についての発表を王国民に禁じる法律の撤廃に関しては、現在女王陛下と交渉中ですし……」

 しどろもどろのルチア。


(ロレンツォ、未だに王国では冷血だと思われているのね。誤解を解かないと……)

 ルチアが口を開いたその時。


 ドッボォォォン!

 裏の畑から、何か大きな物音が響いた。続いて男性のうめき声と、女性の笑い声。


 老人は弾かれたように立ち上がった。

「カーラ! また何かしでかしたな!」

 裏の畑に向かう老人。ルチアも慌てて後を追う。


 裏の畑には、衝撃の光景が広がっていた。

 ロレンツォが、肥溜めに肩まで沈んでもがいていたのだ。


 横でカーラが手を叩いて笑っている。

「このクソ皇太子、うちが草刈り鎌を肥溜めに落としたって言うのに騙されて、まんまと近寄ってきたのよ。ちょっと後ろから押したらドボン! ああ面白い」


 老人は青い顔になった。

「カーラ、こんな事して、どんな恐ろしい仕返しされるか知れんぞ!」

「じいちゃんは関係ない。罰を受けるのはうちだけよ」

 カーラはヤケクソの笑みを浮かべた。

「うちは黒龍の呪いがうつるって言われて、どの道一生日陰者だもの」


 ルチアは夢中でロレンツォに手を伸ばした。マントが汚れるのもお構いなしだ。

「ロレンツォ、引っ張り上げるわ! つかまって!」


 しかし。

 ロレンツォは差し伸べられたルチアの手を、ピシャリと振り払った。

「俺に近づくな!」

 ロレンツォの冷たい表情に、ルチアは固まった。

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