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第17話 叔父が土下座しました

「お父様? 一体どういうおつもり?」

 不審そうなペネロペ。

「ペネロペこそ、何を考えてるんだ! ルチアと何を話すのかと思えば、重病なのに魔道具の開発だなんて!」

 どうやら叔父は、ルチアたちの話を盗み聞きしていたらしい。


「その病状で魔力を大量に使うなんて自殺行為だぞ! 僕はペネロペに、一分一秒でも長生きして欲しいのに……」

 泣き崩れる叔父の髪の毛は、まだ30代半ばなのに真っ白だった。


 叔父はルチアの靴にすがりついた。

「頼む! ペネロペをルチアの計画に巻き込まないでくれ! 何でもする!」

 叔父の涙がルチアの靴を濡らす。ルチアは心が痛んだ。

(叔父様はペネロペを溺愛していた。叔父様の気持ちも分かるわ)


 しかし、叔父の次の言葉を聞いた瞬間、ルチアは唖然とした。

「愛のない政略結婚に送り出したのは謝る! うちに帰って来ていいから!」

 お願いだ、と繰り返す叔父を見下ろして、同情心が急速に冷めていく。


「うちに帰って来ていい、ですって?」

 ルチアは、腹の底から怒りがふつふつと湧いてくるのを感じた。10年間虐げられてきた記憶が、昨日の事のように蘇る。


 隣を見ると、ロレンツォが鬼の形相をしていた。片手の拳を青筋ができるほど握りしめ、もう片手でそっとルチアの手を握ってくれる。

(私のために、こんなにも怒ってくれている。こんなにも、私を愛してくれている)

 ロレンツォの手をそっと握りかえす。

(ロレンツォの気持ちは嬉しい。でも、私自身が叔父様に言わないといけない)


 ルチアは、つかまれていない方の靴のヒールで、叔父の手を靴先から引きはがした。

「叔父様、お言葉ですが」

 静かな、しかし毅然とした声で告げる。

「嫁ぎ先で私、生き延びた意味を見つけたんです」

 ロレンツォの、ジーナの、ララの、先住民たちの顔を思い浮かべる。

「愛されているんです。愛しているんです。この家にいた時より、ずっと」


 ハトが豆鉄砲を喰らったような顔で固まる叔父。ルチアは続けた。

「叔父様がいつも私におっしゃっていた事、忘れたとは言わせませんよ。『何でお前が生き延びたんだ』『姉上が死んだのはお前のせいだ』って」


 叔父はワッと泣き出した。

「お前が戻ってこなかったら、ペネロペがこのまま治らなかったら、僕はこの家に一人ぼっちになるんだぞ!」

 幼な子のようにしゃくり上げる。

「幼くして両親に、20代で姉に、そしてもしかしたら娘にも先立たれる叔父を、哀れんではくれないのか!」


 叔父の身も世もない号泣が、しばらく静まりかえった部屋に響いていた。

 冷ややかに見下ろすルチア。

 軽蔑の眼差しのロレンツォ。

 あまりの醜態に目をそらすジーナ。

 しかしペネロペは……。ベッドから這い下りて、彼のそばに寄り添った。


「お父様、ずっと寂しかったのね……」

 ペネロペの骨と皮ばかりの腕が、そっと彼の肩を抱いた。

「でも、大丈夫。わたくしはずっと生き続けますもの。お父様のおそばに」

 彼は泣き止み、期待の眼差しでペネロペを見た。

「それって、どういう……」


 ペネロペは静かな微笑みを浮かべた。

「ある人が死んでも、誰かがその人の想いを後世に繋げれば、その人は永遠に生き続ける」

 奇しくも、生前のララが言ったのとほぼ同じ言葉だ。


「お義姉様とわたくしは、黒龍に殺された人たちの記憶を後世に受け継ぐ魔道具を作ります。わたくしが死んで何十年、何百年経っても、みんなが彼らを忘れないように。同じ過ちが繰り返されないように」

 余命いくばくもないのに、ペネロペの瞳は生き生きと輝いていた。


 ペネロペはヨロヨロと立ち上がり、ベッドの横の窓を開けた。初夏の昼下がりの爽やかな風が吹きこみ、部屋に満ちた消毒液の匂いをかき消す。


 窓のすぐ外では、桜の枝が無数の若葉に彩られていた。ペネロペが生まれた時に植えられた桜だ。

 新緑の下には、小川に沿ってしゃれた石畳みの小道がしつらえられている。

 遥か彼方には、サンタアクアとの間を隔てる山が、青空の下で鮮やかな緑に染まっていた。


「わたくしの息吹を感じて下さい。死体ではなく桜の花びらを浮かべる川面に。黒い雨ではなく恵みの雨に打たれる若葉に。炎ではなく紅葉で真っ赤に染まった山々に。ガレキではなく新雪に埋もれた小道に」


 そして、ペネロペは頭を下げた。

「わたくしを本当の意味で長生きさせたければ、わたくしの遺志を尊重して下さいな」


 再び沈黙。叔父はすっかり毒気を抜かれた様子で黙りこんでいたが、しばらくして立ち上がった。

「……分かった。手伝える事があったら、何でも言ってくれ」

 叔父の頬には涙の跡が残ってはいたが、もう泣いてはいなかった。


 翌日から、叔父の出資の下、ルチアたちはプロジェクトをスタートさせた。

 黒龍の死者の記憶を追体験できる魔道具。それを納める資料館。

 叔父は辺境伯としての人脈を生かして、多くの遺族たちから取材の許可を取りつけてくれた。

 平和を目指すルチアたちの計画は、順調に滑り出したかに見えた。


 一方その頃、皇帝チェーザレはほくそ笑んでいた。

「フッフッフッフッフ……。ようやく朕の宿願が叶ったぞ!」

 戦争の強さを追い求めるチェーザレの計画が、今や恐るべき果実を結ぼうとしていた。

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