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第14話 降霊術+仮面=癒し

 1ヶ月後。ルチアとロレンツォは先住民地区を訪ねた。ジーナも一緒だ。

 馬車から降りて村の赤土を踏むと、みすぼらしい身なりの子供達が駆け寄ってくる。


「ルチア様だ! 父ちゃんと母ちゃんが言ってた!」

「すごい人なんですよね! ララの『めいよ』を守った人!」

「横のメイドさん、俺らの家にあるのと同じ仮面してる!」


 歓迎されてルチアは嬉しかった。

 しかし、その後訪れた村人たちの家で目にした現実は、ルチアの心を沈ませるには十分だった。


「ララは、俺のせいで死んだんです」

 あばら屋のせんべい布団に横たわり、虚ろな目で雨漏りがする天井を見上げる、骸骨のように痩せた男性。それがララの父だった。


「黒龍の卵の採掘作業以来、ちょっとでも激しく働くと、体の節々が刺すように痛みやがる。俺が働けねえから、女房は代わりに働きすぎて死んじまったです」

 一人ぼっちになった家の中で、ララの父はまるで生ける屍。

「そして今ララまで……。あの子はさぞ俺を恨んでるだろうな。もう生きていても仕方ねえです」


 ララの父を、ロレンツォは何とか慰めようとした。

「君たちに降りかかった黒龍の呪いの被害を証明する調査を、俺に味方してくれる魔導師たちが進めてくれている。もうじき補償が出て暮らしが楽になるだろう。それまでの辛抱だ」

 ララの父は首を横に振った。

「今さら何があっても、ララは戻ってこねえです」


 深い嘆きに沈むララの父に、ルチアは思わず声をかけた。

「ララの記憶を見ましたが、お父様を恨んでなんかいませんでしたよ」


 すると、ララの父はルチアに縋りついてきた。

「ルチア様、ずっとそうやって、ララの言葉を俺に伝えてくだせえ……。俺、ララの幻影だけ追って残りの人生を終えてえです」

 途方に暮れるルチア。その場しのぎの慰めで何とか逃れたが、ララの父は最後まで納得しなかった。


 他の村民たちもそれぞれ、呪いのもたらした喪失に苦しめられていた。

 亡き夫に発掘調査の現場で働くよう勧めた事を深く悔やんでいる女性。

 妻を亡くし、知的障害を抱えた息子を男手一つで育てて疲れ果てている男性。

 笑顔はもちろん言葉すら出なくなっている、両親を亡くした子供。


 宿代わりの村役場の一室に戻ると、ルチアたちは3人で相談した。

「どうしたら、村人の方々の辛い心に寄り添えるかしら」

 悩むルチア。

「ルチアが降霊術を使って死者の記憶を伝えるだけだと、みんなそこに依存してしまいそうだな」

 ロレンツォもどうしたらいいか分からないようだ。


 ジーナがぽつりと口を挟んだ。

「あたし、うちの子が遺した布人形を、今も大事に持っているんです」

 ジーナはそっとメイド服の内ポケットを押さえた。

「このお人形さんを毎朝懐に忍ばせるたび、あの子が励ましてくれる気がするんです。『ママ、今日もぼちぼちやっていこうね』って」


 ルチアは膝を打った。

「それだわ! 亡くした人を身近に感じられるものをプレゼントしましょう」

 ロレンツォも賛同する。

「そうだな。何にする? 人形? ペンダント?」


 ルチアはジーナの顔を見て閃いた。

「仮面をプレゼントしましょう! 村の人たちにとって、死者の想いを引き継ぐ象徴だもの」


 それから、ルチアたちは仮面の製作に取りかかった。

 亡くなった村民一人一人の記憶を、遺族の許可を得てルチアの能力でのぞく。そして、生前の面影を残した仮面を作っていく。


 羊飼いだった少年の遺族には、羊毛の綿飾りがついた仮面を。

 メガネをかけていた男性の遺族には、目の周りにメガネのつるが描かれた仮面を。

 野球が好きだった少女の遺族には、野球のバットとボールが描かれた仮面を。


 故人をイメージした仮面を渡された遺族たちは、みな不思議な体験をした。故人の生前の記憶を追体験したというのだ。


「主人は、発掘現場の落盤事故の時、仲間たちの避難誘導をしてしんがりになって逃げ遅れたみたいです……。初めて知りました」

 ある年配の女性は泣きながらルチアに語った。

「あなた、どうして私を置いて逝ってしまったの……」


 女性は仮面をかぶってひとしきり号泣し、つきものが落ちたような顔でルチアに笑いかけた。

「ルチア様、ありがとうございます。主人が一緒なら、何とか生きていけそうです」

 彼女は仮面を抱きしめて言うと、ジーナの差し入れの熱々のトーストを完食した。久しくろくなものを食べていなかったのに。


 驚くべき事に、ルチアが作った仮面には、死者の記憶を追体験できる機能が備わっていた。

 作り手のルチアが降霊術の使い手である事が影響したようだ。


 ララをイメージした仮面をかぶったララの父は、その瞬間ハッとした。

「どうしたんですか?」

 問いかけるルチアに、ララの父はつっかえながら話し始めた。


「ララが見えたんです。宮殿の使用人室のベッドで、俺への仕送りを封筒に詰めてた」

 声を詰まらせるララの父。

「最後にララは言ったんです。『父さん、早く元気になって欲しいな』って」

 ポロポロと涙をこぼす。彼が泣くのを見るのは、ルチアは初めてだ。


 やがて、ララの父はポツリと言った。

「ルチア様。ララは今、どこにいるんでしょうか」

 ここで安易な慰めを言ってはダメだ、とルチアは直感した。

「お父様は、ララにどこにいて欲しいですか」

 静かに問いかける。


 ララの父はしばらく考えて、やがて口を開いた。

「ヒノキ林の陽だまりで、小鳥のさえずりを聞いていたら良いなと」

 ルチアはホッとした。ララの父が自分で考えて、心の中にララの新たな居場所を見つけたのが嬉しかったのだ。


「では、そういう場所にララがいる事を、一緒に祈らせてくださいな」

 ルチアは、ララの父と共に、長い間目を閉じて祈っていた。


 やがて、ララの父は目を開けた。

「この仮面を見ると、ララが元気づけてくれてる気がします。プレゼントして下すって、どんなにありがたいか……」


 そして、少し生気を取り戻した瞳でルチアを真っ直ぐに見つめた。

「俺たちと同じ呪いを受けたルチア様だからこそ、この仮面を作れたんだと思います。……あの日、黒龍の惨禍を生き延びてくださって、ありがとう」


 ルチアは大きく目を見開いた。

(『生き延びてくださって、ありがとう』……か)

 ララの父の言葉は、じんわりと温かくルチアの胸に広がっていった。

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