第13話 皇帝の論理
チェーザレは心底おかしそうに笑い続けた。笑いすぎて目尻ににじんだ涙を、青白い指先でぬぐっている。
「……何がおかしいのです、父上」
ロレンツォは額に青筋を立てた。
「いやいや、お前はよくやったと思うぞ? 我が息子よ」
チェーザレは笑いすぎて息を切らしていた。
「冷血皇子として演技を重ね、黒龍の孵化実験場のデータを盗み出す機会をうかがっていたわけだ。見事見事。貴族たちはすっかり騙されておったわい」
くっくと笑いながら、周囲の貴族たちの呆気に取られた表情を見回す。
「しかし、お前は一番大事な事を理解しておらぬ」
チッチッチと人差し指を振るチェーザレ。
「政治というのは……。強者の論理がモノを言う場だという事を」
チェーザレは鋭い目になった。
「王国が我が帝国に敗れたのはなぜか? 弱いからだ。先住民の連中が辺境に追いやられたのはなぜか? 弱いからだ」
チェーザレは続ける。
「今の時代、連邦と我が帝国は世界の2大覇権国家だ。連邦も黒龍の卵を開発している。連邦の脅威から大勢の国民の幸福を守るためには、少数の弱者の犠牲は仕方ない。だって彼らは、弱いのだから!」
チェーザレの演説は、たじろいでいた貴族たちを開き直らせた。
「そうだそうだ!」
「皇帝陛下万歳!」
ヤジが飛ぶ。
ルチアはショックを受けた。
(私やララやジーナは、『犠牲にしてもいい少数』に入れられてしまった)
目の前が暗くなる。
(私、大勢の幸福のために死を望まれていたのね。やっぱり私は幸せになってはいけないのだわ)
ぐらりと視界が揺れる。そのままルチアは倒れてしまった。
頭上でロレンツォとチェーザレの会話が聞こえる。
「父上、今の発言を撤回してください」
ルチアを助け起こしながら抗議するロレンツォ。
「断る。朕こそは国を救う強い皇帝だ。強くなくては生きている価値がないのだ……。他人も、朕自身も」
チェーザレの、どこか影のある悲しげな声。その意味を深く考える前に、ルチアは意識を失った。
ルチアが目を覚ますと、そこは自室の寝台の上だった。カーテンのすき間から朝日が差し込んでいる。
サラサラのシーツ。フカフカの布団。かたわらには心配そうな顔のジーナが控えている。
「ルチア様! やっとお目覚めになられましたか」
寝ずに看病してくれていたのだろう。ジーナの目の下には濃いクマができていた。
「数日間眠り続けていらっしゃったのですよ。心配しました……」
「ロレンツォ様は……?」
起きあがろうとするルチアを、ジーナは慌てて制した。
「起きてはいけません。まだ魔力の回復が十分ではないのです。あとさらに数日は寝ていた方がいいと医師が申しておりました」
確かにまだフラフラする。ルチアは諦めて枕に頭を戻した。
「ロレンツォ様は、たいそう落ち込んでおいででしたよ。いい感じだったのに拒絶されてしまったと」
「すぐ呼んできてちょうだい。お詫びをしなくては」
ジーナは頭を下げると部屋を出ていった。
ジーナと入れ替わりに部屋に入ってきたロレンツォは、すっかり落ち込んだ様子だった。
「すまない、ルチア。夜の庭園に連れ出してキスしようとするなんて……。もうしないから」
ルチアは首を横に振った。
「いいえ、ロレンツォ様が嫌なわけではないのです。ただ……」
上空の爆発音を聞いた時の恐怖が蘇る。
「私には、ロレンツォ様が思っているような価値はないように思えて……。ごめんなさい」
ルチアは白いシーツに目を落とした。
ロレンツォは黙ってルチアの様子を見ていたが、おもむろに手紙の束を取り出した。
「この数日間で届いた、ララの出身地の先住民たちからの手紙だ。全てルチアあてだ。目を通すといい」
ルチアは一通一通目を通した。
「ララの死を無駄にしないでくださってありがとうございます」
「過酷な現実に一矢報いてくださって嬉しいです」
「お体が回復なさったら、一度先住民地区においでください」
「早くお元気になってください」
大体どれもこんな内容だった。
「これでもまだ、自分に価値がないと思うか?」
ロレンツォはルチアを諭すように言った。
「ルチアは俺を冤罪から救ってくれたばかりでなく、先住民たちにも勇気を与えたんだ。もっと自分を大事にしろ」
ルチアはうなずいた。
「確かに、我が身を粗末にしては、この方々に申し訳ないですものね……」
そして提案した。
「回復したらすぐに、先住民地区を訪問したいのです。良いですか?」
ロレンツォはルチアを安心させるようにうなずいた。