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第12話 ララの過去

(前話の残酷な描写を見たくなかった人向けのあらすじ)

 黒龍の惨禍を思い出すルチア。

 サンタアクアの平和な街は、帝国が落とした黒龍の卵によって地獄絵図と化した。

 何とか生き延びたルチアに、迎えに来た叔父は「何で姉上じゃなくてお前が生きているんだ」と八つ当たり。

 トラウマを思い出しながら舞踏会会場まで戻ってきたルチアは、ララがチェーザレのワインの毒味をして倒れた場面に遭遇。ワインの贈り主のロレンツォと共に、チェーザレ毒殺未遂の嫌疑をかけられる。

 絶体絶命! どうするルチア!

「父上、俺がそんな穴だらけの計画を立てるとお思いですか?」

 毒殺未遂の嫌疑をかけられたロレンツォは、冷静に反論する。しかし、ルチアは違和感を覚えた。

(チェーザレ陛下への殺意自体は、ロレンツォ様はとっさに否定できなかったわ)


 チェーザレは薄ら笑いを浮かべている。

「いいや。しかし状況は極めてお前に不利だ」

 チェーザレはロレンツォの反発心を見抜いているのだとルチアは気づいた。

(チェーザレ陛下、これを機に不穏分子のロレンツォ様を葬るつもりなんだわ。真実がどうあれ)


 ルチアは声を上げた。

「待って下さい!」

 大広間中の視線がルチアに集まる。


 ルチアは一歩進み出て、血溜まりの中にしゃがみこみ、ララの冷たい手を握った。

 招待客たちがざわめく。

「薄汚い先住民の手を、皇太子妃殿下が握られたぞ!」

「聖女の力を使おうとなさっているのかしら?」

 ルチアは精神統一し、周りの有象無象の声を意識から追い出した。


「私の聖女としての能力は降霊術です。この給仕の……ララの記憶をのぞき見て、真実を明らかにする助けといたしましょう」

 能力が暴発した直後で、正直体調はしんどい。しかし。

(ロレンツォ様の冤罪が晴れるなら、ララの無念が晴れるなら、私なんかどうなっても良いわ)

 ルチアはララの手に念を込め、見える記憶を実況し始めた。


「幼いララが見えます。彼女が住む村は貧しそうです。看板に先住民保護区と書いてあります。村はずれにはヒノキの森が見られます……」

 ヒノキの森は、ララが語ってくれた曽祖母の話より大分小さかった。ルチアはいぶかしんだが、すぐ原因は分かった。


「ヒノキの森を伐採した跡地で、大規模な発掘調査が行われています。上半身裸で働いているのは先住民の人たちです。発掘される黒い何かの破片は、紫の瘴気を放っています。ララはすぐそばで水遊びしています」

 ルチアは嫌な予感がしてきた。


「あ、厳重な防護呪紋を刺繍したローブ姿の魔導師が数人現れました。この人たちは帝国貴族のようです。話している内容は……」

 ルチアの声が震え始めた。

「黒龍の卵の破片が見つかるなら、近くに割れていない黒龍の卵も埋まっている可能性が高い、と……」


「王国との戦争末期だろうな」

 チェーザレは言った。

「お前の故郷に投下した黒龍の卵の発掘の様子だろう」

 ルチアはある事実に気づいたが、今は黙っている事にした。

(記憶を全部見てから暴露した方が、この事実は絶対効果が上がる)


「魔導師たちはそそくさといなくなってしまい、先住民の人たちは毎日瘴気にさらされながら働き続けました。上半身裸で、防護服も無しで。ララは瘴気の中で遊び、瘴気にさらされて育った野菜を食べ、瘴気が流れ出した川で泳ぎました……」

 ルチアは吐き気がしてきた。ララが死んだ原因を大体察したからだ。


「やがて黒龍の卵が発掘され、どこかへと運ばれていきました。まもなく、村人たちの体調に異変が起き始めました」

 ルチアは震える声で続けた。

「身体中の毛が抜ける者、血が止まらなくなる者、小さな頭と知的障害を持って生まれてくる赤ん坊、頭の中にレモン大のできものが出来て死んでいく者……。黒龍の卵の瘴気に呪われたのだ、とようやく村人たちは気づきました」

 大広間は今や静まりかえっていた。


「母親を亡くし、父親が働けなくなったララの家は、幼いララを王都に出稼ぎに出すしかありませんでした。そして……」

 ルチアはララの遺体を抱き上げた。

「ララ自身の体も、黒龍の呪いにむしばまれていました。こちらをご覧ください」

 心の中でララに詫びると、ルチアはララの髪を優しく引っ張った。


 スポン、とララの髪が……。いや、カツラが外れた。

 痛々しいはげ頭があらわになる。


 ルチアはチェーザレを振り返った。

「これが動かぬ証拠です! ララの死は黒龍の呪いによるもの。ロレンツォ様はワインに毒を入れていません!」

 言うや否や、ルチアはチェーザレの前に置かれていたワインの瓶を取り上げた。そのままゴクリと一口飲む。

「ぷはっ。ほら、平気でしょう?」


 周囲の招待客たちがざわめいた。

「何という肝の座り具合……」

「あれが呪われ聖女の実力か……」

 みなルチアを恐れて、半ば頭を垂れている。

「先住民がどんな生活を強いられているかなんて、考えた事もなかった……」

 つぶやいて考えこむ貴族も多かった。


 ルチアの頭の中では、いつかのララの言葉が反響していた。

(ララ、あなた言ってたわよね。『ある人が死んでも、誰かがその人の想いを後世に語りつげば、その人は永遠に生き続ける』って)


 ララの遺体に再びカツラをかぶせてやる。

(『先祖たちの苦しみや希望を、全部無かった事になんか、決してさせません』って)


 魔力の使いすぎでフラフラするのをこらえて、そっとララを抱き寄せる。

(あなたの人生、あなたの苦しみ。決して無かった事にはさせないわ)


 動揺する貴族たちの中で、チェーザレは落ち着き払っていた。

「お前が今見た黒龍の卵は、おそらくお前の故郷に投下されたものだ。戦争が終わった今、わざわざ蒸し返すのか?」

 チェーザレはせせら笑った。

「過去の遺恨を蒸し返す事が、本当に平和のためになるとでも?」


「陛下、あの黒龍の卵は別物です」

 ルチアは毅然と言い返した。

「ララの記憶の中で、ララは5歳ほどでした。ララは現在10歳。黒龍の卵が私の故郷に投下されたのは10年前。計算が合いません」

 ルチアは、チェーザレの底知れない黒い瞳を、真っ向から見すえた。


「陛下は、第二第三の黒龍の卵を発掘しているのでは?」

 ルチアは静かな声でチェーザレを問い詰めた。

「私の故郷を襲った悲劇を、再び繰り返そうとなさっているのではありませんか?」


「証拠は?」

 チェーザレは冷たく言い放った。

「証拠ならあります」

 ロレンツォが口をはさんだ。かたわらのジーナは、いつの間にか膨大な書類の束を抱えている。


 チェーザレは目を見開いた。

「ロレンツォ、その書類は……」

「先住民地区の近くに父上が作らせた、黒龍の卵の孵化実験場の記録です。ジーナが盗みだしてくれたので、近々公開するつもりでした」

 ロレンツォは書類をチェーザレに突きつけた。


「実験は繰り返され、あたり一面が呪いに汚染されています。我が帝国と敵対する連邦の首都への投下をシミュレーションした書類も見つかりました」

 ロレンツォは怒りをたぎらせた目でチェーザレをにらんだ。

「父上は、連邦に黒龍の卵を投下しようと企んでいる! 再びあの惨禍を、人類への冒とくを、繰り返そうとしているのです!」


 大広間は再び静まりかえった。

(これが、ロレンツォ様の計画……!)

 ルチアは息をのむ。

 気まずそうにララの遺体から目をそらす貴族たち。

 そして……。


「ふふ……。あっはっはっはっは!」

 チェーザレの高笑いが響き渡った。

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