雨の日。
――― ピピピピッ ピピピピッ
目覚まし時計が鳴り響く。もうそんな時間か、寝たりないなと目をこすりながらスイッチを切った。
眠れたのはたったの2時間、大学から家に帰ってはすぐに寝る。この生活も丁度1年くらいか。
未だに終わっていない大学の課題のことで頭がいっぱいだが、夜勤後にやれば間に合うだろう。
さて、準備も終わったことだ。アルバイト先のカラオケ店に行くとしよう。
車で10分と近い場所にあるカラオケ店は勝手口側の駐車場を従業員にも貸している。
当然お客さんも停めるので、車が多いときはコインパーキングだ。
どうやら今日は停められるらしい。勝手口から二番目、空いているといつも停めるお気に入りの場所。
何か車に忘れ物した時や休憩が被っていると気まずいので、車に避難するのに近くて車を出しやすいのだ。
「おはよう!」と車を出たと同時にバックヤードの勝手口からゴミ袋を持った店長が出てきた。
「おはようございます。店長今日はこっちのお店だったんですね。」
店長はここ以外にも担当しているお店があるので、見かけるのはたまにしかない。
「そうだよ!あっちが落ち着いているからね。
あ、そういえばチーフからお土産貰ったからバックヤード置いているよ!取ってね!」
「は、はぁ...貰います。」
いつも元気な店長は少しばかり苦手だ。ここは早めに逃げよう。
「あ、自分準備あるので行きますね。お疲れさまでした。」
「お疲れ様!あとは頼んだよー」
とゴミ置き場に向かっていく店長から逃げるように僕はやっとフロントに立った。
特に何も変わらない。夜勤は人が少なくて助かるなと仕込みをしていると
「堀君、休憩に入りなよ。時間だよ、交代しよう。」と
タイムカードを切った瀬川さんがあくびしながら戻ってきた。
「そうですね。もう深夜の2時ですか、人も増えなかったのでボーっとしてましたよ」
と僕は軽く会話をして夜食を買いにコンビニへ行った。
それもそうだ。こんな雨の日に、ましてや深夜だ。
カラオケに行こうとなる人は精々今いる数人のお客さんくらいだろう。
雨の中、コンビニでエナジードリンクとおにぎりを買ってバックヤードに戻る。
バックヤードには店の中と外の状況が見れる監視カメラのモニタールーム兼休憩所がある。
広さはネットカフェの一人席ほどだ。ここには椅子と机、そして充電器があるから
従業員は大体ここで休憩するのだ。僕もここのふかふかの椅子で休憩するのが好きだ。
そして休憩しながらモニターを見る。こんな雨の中でも急にお客さんが来たりするからだ。
スマートフォンで動画を見たりゲームをしながらも、眠気覚ましのエナジードリンクを飲み
定期的にモニターを見る。この繰り返しを1時間の休憩中にするのがルーティーンなのだ。
そうこうしているうちに、30分が経過した。
ゲームをしていた僕がスマートフォンを一度置き、ふとモニターを確認する。
店内は誰も映っていない。瀬川さんは部屋の掃除中かな。お店の正面は台数減っていないな。
これは朝まで歌う気だ。
勝手口側の駐車場には確か僕と瀬川さんしか車を停めていないから何も変わりないな.....
「 え? 」
その時、僕はあまりにも驚き、それ以上言葉が出なかった。
エナジードリンクのせいで脈が速くなり、ドクドクと体から伝わり、聞こえているわけではない。
見間違いかと思い、目をこするが「傘をさした赤い服の女」が勝手口の近くに立っているのだ。
しかも勝手口の方を向いている。
つまり僕の真後ろに、その女はこちらを向いた状態で立っているということだ。
豪雨ほどでもないが大雨の中、深夜2時半にそんなところでいったい何をと考えているのも束の間
勝手口を強く叩く音が聞こえる。
「バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!」
僕はモニターから目を離し、勝手口は大丈夫なのかと確認するため振り返ろうとした。
が、その瞬間全身に寒気が走り、本能的に振り向いてはいけないと強く感じた。
振り向けば終わる。振り向かないようにしようと決めた途端
ピタリと音が止まったのだ。モニターにも女は映っていない。
僕は恐る恐る振り返るが何もなかった。
勝手口には手で叩かれたであろう跡が残っていた。
結局何だったんだ。あれは...と休憩を終えて瀬川さんに先ほどの怪奇現象について話すと
「傘を差した赤い服の女?今時そんな怖い話で人が怖がると思わないけどなぁ。まぁ疲れているのさ堀君。
人も少ないし、もう上がってもいいよ。あとは俺がやるからさ」
瀬川さんは普段から僕が冗談を言うからか、全く相手にしてくれない。だが、瀬川さんの言う通り
疲れているから幻覚でも見たのだろうか。もやもやしながらも退勤し、車に乗った。
「 許さない 」
女性の声が聞こえたと思った瞬間、意識を失った。
翌朝、目が覚めると瀬川さんが車の窓ガラスを叩きながら何かを言っていた。
僕は車の窓を開けると
「堀君、寝るなら帰ってからにしなよ。店を閉めて車に乗ろうとしたら、まだ居たなんてね。
そんなに疲れてたのかい?」
瀬川さんはどうやら僕があの後寝ていたと勘違いしているらしい。
「いや違いますって!よく分からないんですけど、女性の声が聞こえたと思ったら意識失って...」
「あー、じゃあさっきの話 本当に居たんだね。あの子。」
あの子?瀬川さんは何か知っているのだろうか。一応聞いてみよう。
「瀬川さん、あの赤い服の女性って一体...」
「俺も噂話というか、そこまで知らないけれどね。
少し前に店長がアルバイトの子と付き合っていたみたいでね。その子はまだ高校生。店長も28歳で遊んでたんだろうね。その子はやることだけやられて捨てられて自殺したんだ。雨の日に。」
「そんな話、初耳ですよ!じゃあ今日のあれは...」
「多分その子だろうね。その子が雨の日にたまに出ることは夜勤の人しか知らない。
堀君はいつも早めの休憩だから遭遇してなかったんだね。
それに最近警察の人から、店長とその女性について色々聞かれたんだ。
最後に着ていた服も赤だったらしいし。
アルバイトしてたとかそれ以外のことは、ここに詳しいチーフと社員さんから聞いたけどね。」
「ってなんで警察の人が?瀬川さんに?」
「それは分からないよ。ただ、最近店長やたらとこっちに来ては、ゴミも満杯じゃないのに捨てたりしているの変だよね。まぁもうこれ以上は何も分からないし、今日も出勤だよ。早く帰って寝なきゃだね。」
そう言って瀬川さんは車に乗り、帰った。もやもやが晴れないまま、僕も家に帰った。
後日店長は警察に逮捕されていた。逮捕された理由は例の女性との行為をネット上にあげた事らしい
そして店長が捨てていたのはそれらの証拠品だったのだ。
複数回に分け、確実に処分するつもりだったらしい。それ以外のことは何も聞けなかった。