5 大剣ジジャニール
やがてひとしきりに話を終えると、ケイバンが切り出す。
「で、今回の陣容は?」
その言葉にディバレンスは緩んだ顔をやや引き締める。
「“シスレィ”と“モンテ・リーザ”を先陣にして・・・、全部で20名ほどだな」
ニヤリとしながら、ディバレンスがケイバン達も知っている名前を口にした。
ディバレンスが頬を緩めたのは、2組の有力パーティの投入とケイバン達の参加による余裕からであろう。
だがここに他の意味でにやける男がいた。
「“シスレィ”・・、娘っ子どもか。それは楽しみだ」
「楽しみだ・・って、何が楽しみなんだか・・・」
ソルの妄想にケイバンは頭を抱え、ディバレンスは苦笑した。
そんな会話が一段落した頃合に部屋のドアがノックされ、先ほどの部下が入ってきた。
部下が来客を告げると、ディバレンスはそのまま通すように命じた。
「お呼びで」
声と同時に真紅のマントに身に纏い、ドアの入り口に来客は現れた。
頭を下げ、そう挨拶したのはモデナであった。
「早かったな。遅くにすまない」
そうディバレンスは答えて手を上げ、招き寄せる。
なにやら部下に指示したのは、モデナを呼ぶためのものであったらしい。
モデナはもう一度ディバレンスに頭を下げ、部屋に入る。
入ったところでケイバン達に気がついたようで、そこで再び頭を下げた。
「昼間はありがとうございました」
モデナの反応は対照的であった。
ケイバンには礼を言ったが、ソルには鋭い視線を向けただけであった。
そんな冷たい挨拶にもソルは気にしないようで、片手を軽くかざして挨拶するふてぶてしさであった。
そんなソルの態度を無視するかのように、モデナは”プイッ”とディバレンスのほうへと向き直る。
そんな様子にディバレンスは楽しんでいるかのように苦笑をしていた。
「明日の件でしょうか?」
不機嫌そうな口調で自分が呼ばれた理由を立ったまま尋ねる。
「まあ、そんなところだ」
苦笑で緩んだ頬を直し、ディバレンスは座ったままモデナのほうへ向く。
モデナとは正反対の口調で答えた。
いらいらした様子のモデナに、ディバレンスは落ち着き払って隣に座るように勧める。
丁度ケイバンの向かいであったことは、モデナにとっても幸運であったかもしれない。
「まあ、座れ。丁度、明日の話をしていたところでだ。進み具合を教えてくれ」
そう言って、ディバレンスは明日のからの討伐戦にケイバン達が加わること付け加えた。
当然その話を進めるほどモデナの不機嫌さが増したことは言うまでもなかった。
改めてモデナを交えた話というのは、主に明日からの討伐選に向けての具体的な話であった。
スケジュールや必需品の補充といった話から戦術までといったものであった。
動員数は20名ほどの冒険者で向かい、明日は下見と情報収集を行い、次の日以降に討伐戦開始となる。
なお、物資は商人に直接アトキに運んでもらうよう手配済みとの事であった。
またそれ以外の雑用に関しては5人ほど街の者を連れていくということであった。
モデナの話が一通り終わるとディバレンスが尋ねる。
「状況の変化は?」
「斥候からは何も知らせはありません。恐らくこのままでいけるかと」
ディバレンスの問にモデナは不機嫌さを残しつつ、事務的に答える。
ディバレンスにとっても同じように考えたいのではあるが、上に立つものとして楽観視はできない。
なにしろ相手は人外の者であるため、用心には越したことはない。
そのためケイバンにも視線でアドバイスを要求する。
ケイバンが口を開きかけたときに、ソロが珍しく真面目な口調で先に切り出した。
「冒険者は何かと臨機応変に対応できるが、村人はそうはいかないぞ」
ソロは説明に欠けていた村人への配慮を指摘した。
これにはケイバンは開きかけた口をつぐみ、頷いた。
ディバレンスも同様に頷き、モデナだけが唇をきつく結んだ。
確かに5年前の討伐戦においては冒険者不足のため防御が疎かになり、村人に死者が出ていた。
そのため後方で混乱がおき、収拾のためにケイバンが下がり、戦いが長引いたのである。
この時の教訓でわずかながらでも1,2名は防御に回すことが必要であるとケイバン達は学んでいたのであった。
「ふん、知ったようなことを」
本来負けず嫌いな性分なのか、モデナの口から負けん気がこぼれ出る。
失念していたことは確かであったが、ケイバンに指摘されるならともかくも、自分よりも格下に見えるソルに指摘されたことが気に障ったのである。
だがソルから返ってきた言葉はモデナにとっては意外な言葉だった。
「知っているのさ、5年前のアトキで」
5年前といえばモデナも冒険者として新人の頃であった。
その頃のアトキといえば、すぐにアトキの討伐戦が思い浮かぶ。
それほど新人のモデナにとっては印象的な事件であり、住民を守りながらの戦いの難しさを示した戦いであった。
だが結果に反して、犠牲は出したといっても厳しい戦いを乗り切った冒険者達は当時賞賛され、何人かは騎士団にスカウトされていった。
そんなことから、いつかはアトキのような舞台に立ちたいという願いは、モデナだけでなく地元冒険者の願いであった。
だが今、目の前のいかにもいい加減そうな男が、そんな賞賛に値する冒険者だと名乗りを上げていた。
もしそれが本当であれば、モデナにとっては侮辱であり悪夢であった。
モデナには悪夢を振り払うかのように首を振って否定する。
「アトキへ行ったとでも?」
怪しむ目つきで睨むモデナに、自分を指差してソルは得意げに口を開く。
「俺だけじゃないさ、ケイバンもさ」
名を挙げられたケイバンは、ただ黙ってモデナへと視線を移す。
ケイバンに視線を移したモデナは、ふと脇に置かれた大剣に目を留めた。
脇に置かれた大剣は布に巻かれてはいるものの、あきらかに使い込まれた柄頭には見事な装飾が施されており、細かな傷が走り、かなり古いものだと見て取れた。
さらに柄の中央には鈍く輝く5個の珠がはめ込まれており、それは術法珠と呼ばれる魔鉱結晶であり、その大剣がただならぬ力を秘めていることを物語っていた。
モデナは明らかに他の大剣とは違う雰囲気を感じ取り、あることを思い出していた。
「まさか、“大剣ジジャニール”?」
不意にモデナは視線を落とした剣の名前をそう告げて声を失う。
それは以前に聞いたことがある剣の名であり、風の属性を持つ大剣の名であった。
そして何よりもグリニグル・ギジェを倒した“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”やこの剣の風格から、自然にモデナの口からその名前が吐き出されたのである。
それは一昔の前のちょっとした伝説のようなものであった。
“大剣ジジャニール”自体はこの大陸を統べる“エル・ドゥ・オゥーガー”、真龍の一体、ジオ・ジジャ・ネイル(疾風竜)の羽や鱗からできた伝説級武具で、風属性を操れる大剣だと聞いていた。
それを握るものはその身に風を纏い、風の刃を持つことができるとのことであった。
通常一般的な武器は、武器商人や直接工房師と取引して手に入れる。
その素材の多くは鉱物や”魔獣“を素材としている。
そして“オゥーガー”の素材からできたものは、非常に稀である代わりにその能力は非常に高いものであった。
またその素材や術法スロットによって様々な付属効果が追加することが可能であった。
中でも強力な武技である“ディレイ(属性効果技法)”を操るには、魔素との親和性や耐久力を備えた武器が必要であった。
そういった意味でも“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”を使える“大剣ジジャニール”伝説に足るものであった。
そしてその特徴は柄に埋まる5つの珠であった。
”確か“大剣ジジャニール”は、15年まえの現3国ができる原因となった戦争“ガン・ブラン・ブーン(再統治戦争)”で滅びた“マイアス・ドゥ・レイア(マイアス真朝)“にあったとされるものではなかっただろうか?戦争のどさくさで無くなったと聞いたが……”
これがモデナの驚きの理由であった。
ガン・ブラン・ブーン(再統治戦争)とは、15年前、今の3ヵ国になった遠因となる戦争だ。
それまで大陸を多数の国がひしめく中、ある2国が盟約をやぶったことにより、“オゥーガー”に滅ぼされれる事件が起こった。
その結果、国家間のバランスが崩れて各地で争いが起こり、大陸の統一がなされたとされる戦だった。
そのさなか失われたといわれていた剣が目の前にあることが信じられなかった。
だが確かにあの“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”の圧倒的な力、剣の持つ風格はまさしく、伝説級武具であり、“大剣ジジャニール”と呼ばれた大剣に他ならないと確信が持てた。
モデナにとってまさに伝説的な剣であり、その伝説が現実となって目の前に現れたのである。
「ほう、“ジジャ”の名前が出てくるとは」
今度はその“大剣ジジャニール”の持ち主が、脇に置いた愛剣にふと目をやり、一人つぶやく。
その目はまるで愛しき人でも愛でるかのような慈しみの眼差しであった。