4 レイア・ド・アコースギルド
「よう、ソル、久しぶりだなあ。うちの娘達が世話になったそうだな」
ノックもせずに自分の部屋のように入ってきたソルに、男が大きな体をさらに大きな椅子に委ね、低いが機嫌も良さげに声を掛ける。
辺りを見回せば、部屋の中は品の良い棚や調度品で囲まれた立派な部屋である。
その奥の窓際中央に堂々と置かれた威厳のある重厚な造りの机の向うにその男は座っていた。
頭は剃り上げ、顔に細かな傷跡が残ったいかつい印象だが、お世辞にもセンスがいいとはいえない黒地のシャツは体にはピチピチで、どこかこの部屋とはミスマッチでユーモアすらかもし出していた。
ソルはその男に見向きもせず、まるで自分の部屋のようにそのまま入り口近くにあったソファーへと腰を落ち着かせる。
その身を包んだ薄茶色のマントがはだけ、着込んだ鎧が見える。
この時代の冒険者のほとんどは、街中ではマントを羽織る程度で、普段でもその防具を着たままである。
「なあに、ギルドに来たついでさ。ディバレンス、それよりももっと懐かしい奴を連れ帰ってきたぞ」
ソルは堅苦しい挨拶も抜きに黒シャツへと気軽に話しかける。
ディバレンスと呼ばれた黒シャツはこの部屋の主であり、ここギルドのギルドマスターである。
ギルドとは簡単にいえば狩りの管理所だ。
国ではいくつかの地域にギルドが置かれ、狩りやその他の依頼や受注を行うことによって冒険者達の管理をしている。
よってここの正式名称は“レイア・ド・アコースギルド”とされ、一応国の機関である。
その意味は連邦国アコース地方冒険者協会となる。
「ああ、聞いている。ケイバンだな」
ディバレンスと呼ばれた黒シャツは笑みを浮べながらはそのまま続ける。
「“シスレィ”の娘達に聞いたよ。ギジェに“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”をぶちかます銀色の鎧に助けられたってな」
“オゥーガー・ズ・ディレイ”とは、属性効果付加攻撃である“ディレイ”の最上級技法である。使い手の能力にもよるが、武器や防具、もしくはそれに付随す魔鉱結晶によって、属性効果を付与し、剣技の効果や能力を最大限まで上げる技法だ。
「なんてことだ。俺が援護していたから運良く大技が使えたっていうのに、こいつだけが英雄か。娘っ子どもが」
軽くした打ちをするソルを愉快そうに笑って、さらにディバレンスは追い討ちをかける。
「ああ、お前のことも評価してたぞ。ギジェのまわりで黒いのが飛び跳ねてたとな。はははっ、それとモデナが抗議していたぞ。尻を触られたって」
「生娘でもないのに尻の一つや二つ。くっそう!ディバレンス、あんたの教育がなっていないから、こんな恩知らずが増えるんだ。俺が教育しなおしてやる」
ソルは鼻息も荒く、身を乗り出す。
「だめだ、だめだ。そんなことしたらガラの悪い、下品な奴に育っちまう。ケイバンならこちらが頼みたいくらいだがね。それと、モデナにも戦いの最中、熱くなりすぎてはならんことは伝えておいたぞ」
「ふんっ、ケイバン、ケイバンと・・・、俺とそんなに違わんだろうが」
指を振り、頑なに拒絶するディバレンスの態度に、再びソルはふて腐れてソファーに身を沈め直した。
「ははっ、心にもないことをよう言うた。お主はその方が都合は良いだろうに」
苦笑しながらソルの代弁をしていると、扉を叩く音と同時にそれがかすかな音と共に開いた。
「遅くなってすまん、邪魔する」
声の主はケイバンであった。
やはりマント姿であった。こちらも汚れた感じの薄茶色だった。
うれしそうな表情を浮べてケイバンに歩み寄る。
「しばらくだったな、古き友よ、尋ね人は見つかったかね」
寄って来たディバレンスと握手を交わして軽く抱擁する。
「いや、何も、ディバレンス、元気そうで何よりだ。またソルの愚痴でも聞かされていたのか」
「なあに、ソルの教育論を聞いていただけじゃよ」
「教育論・・・?ほう、敵を目の前にして女を追いかける者の教育とはどういうものか、ぜひ私も聞いてみたいな」
改めて先客のソルに向き直り問を投げかける。
ソルは挑発するように胸を張り言葉を返す。
「いや、俺の崇高な理論は、固いお前さんの頭では理解できんだろ。だからクリスに仕込む」
「頼むからやめてくれ。将来お前さんのようになったら曾孫が多すぎて、面倒なことになりかねん」
くだらない会話を楽しみながらもケイバンといるはずの息子、クリスのことをディバレンスは思い出したように尋ねる。
「ギジェの素材が入ったんで防具を作らせている」
どうやら先ほど討ち取った獲物の素材で、新たな装備を買っていたようである。
狩りには冒険者や資源の確保という大きな目的がある。
当の冒険者にしてみれば生活のためなのだが。
中には国が抱える正規騎士団へのワンステップと考えている者も少なくない。
そしてさらに狩りならではの収入もある。
それは依頼の成功報酬だけではなく、獲物の素材や仕事先で手に入れた植物や鉱石など希少品の入手である。
もちろん手に入れたものは自由にすることができる。
売ればそれなり額になるだろう。
素材を元に道具や装備も作ることができる。
ギジェほどの大物ならなおのこと、利用価値は高いのであった。
「“ギジェ”ならそこそこのものができるだろうて。娘っ子どもも思わぬ獲物に喜んでいたぞ。改めて二人に礼を言おう」
ディバレンスは物腰を改め、深々と礼をする。
実はあのあと、“ロンゴイ(回収屋)”に頼んでギジェを回収した。
必要な素材以外を売り、回収代金を払う。
それでも一人頭、冒険者の1ヶ月分の収入にもなったのだ。
「そうだな、思わぬ臨時収入だからな」
「なに、女の匂いに敏感なソルの手柄ですよ」
「いちいちその誤解を受けるような形容詞を使わないと気が済まんのか。褒められている気がせんよ・・・」
改まったディバレンスの礼に照れたのであろうか、ケイバンがソルをからかう。
ディバレンスはケイバンにもソファーに座ることを進め、自分も向かい側に座った。
そしておもむろにディバレンスが口を開いた。
「で、どうする気だ。二人ともしばらくここに留まるのか?」
ケイバンとソルは特に驚いたわけではないが、お互い顔を見合わせてソルが口を開いた。
「ああ、クリスの見聞がてら“グラノス”に行こうという話しになってたのだが・・・」
「“グラノス”?・・・また何か仕事か?」
ケイバンやソルは居場所を定めない冒険者である。
そのことを察してディバレンスは聞いた。
この時代の冒険者には一定の地域に居つかず、移動を繰り返す“シグ・冒険者(無宿狩人)”と呼ばれる者達もいた。
これは大物を求めたり、何かしら事情がある者がそうなるのだが、特に珍しくも無かった。
そういった“シグ・冒険者”はギルドで仕事をすることもあるが、個人が依頼する仕事を請け負うこともある。
ただしその場合はただ働きになっても誰も保証はしてくれないだけである。
ソルの仕事の多くは個人が相手であり、その場合は物を運ぶことや希少品を取りに行くことが多かった。
「ああ、ちょっとした荷物を頼まれたんでな」
ディバレンスには、 ケイバン達を連れて“ワン・シェイ”(シェンツィ・グラノスの北方の都市)に向かう途中であることを簡単に告げる。
「そうか・・・。野暮用を頼みたかったんだがなあ」
「野暮用?」
ソルとケイバンが同時に疑問を投げかける。
「ああ、辺境が賑わっているらしい」
「“ディ・ガッソ”か?」
ディ・ガッソは二足歩行の中型のトカゲのような魔獣だ。
直立歩行の肉食種で、立てば人の3倍ほどの高さもある。
普段は森の中をテリトリーとしているが、人の味を知った奴は時々人を襲いに人里までやってくることもある。
その機動力と力は一般人にとっては抵抗できない恐怖であり、人が対抗するためには多大な犠牲が必要である。
唯一個々で対抗できるのは、軍隊もしくは冒険者だけである。
ソルがすぐにディ・ガッソの名を告げたのは、この辺りでは時折現れるからだ。
「そうだソル、それも2頭だ。」
ディバレンスの言葉にソルは口笛を鳴らし、ケイバンは溜息と共に目を閉じた。
大戦時には戦火が広範囲であったため、「オゥーガー」のテリトリー以外は魔獣のテリトリーまで戦いが広がった。
そのため魔獣は人肉にありつき、人の味を知った魔獣が人を襲うことは当然の流れとなった。
ディバレンスは椅子の背に深々と背を押し付け、言葉を続ける。
「それで、お前たちにも協力してもらいたかったのだがな」
ディバレンスの口が閉じられるとケイバンは目を開き、確認するようにソルの方へと視線を移した。
「まあ、日数によるな。2日間で片付くのであればならかまわんよ」
ソルの意外な言葉は、ディバレンスを驚かせた。
「かまわんって、・・・急ぐ仕事ではないのか?」
「いいや、日数は余裕もある。」
そう言ってケイバンに笑みを見せ、ケイバンも頷き、同意した。
「なら丁度よい。明日の出発で明後日には片付くだろう」
そう言いながらディバレンスは嬉しそうにポンと膝を叩くと手を叩き、ドアの向うに控えていた部下を呼んだ。
部下が部屋に入ってくると、ディバレンスは立ち上がり近づいて何やら指示を出した。
指示を聞き終えた部下は、すぐに部屋を出ていく。
再びディバレンスは座り直してその口を開く。
「場所はアトキだ。懐かしいだろ」
その言葉にケイバンとソルの微妙に表情が曇る。
アトキはアコースの街から南に50Kmほど離れた村だ。
「また、あそこか」
ソルがあきれた声でぼやく。
そのぼやきを聞いてディバレンスが懐かしむように付け加える。
「ああ、あの時は忙しかったな。ディ・ガッソを加え、ガッソの集団。・・・30頭ほどだったか?あれだけの集団はあの時ぐらいだ」
ガッソは小型上位の魔獣で、小さな前足と強靭な後ろ足を持つ肉食種だ。
主に大きな顎と長い尻尾によって獲物を攻撃するが、最も脅威なのは、その頭にある毒袋であろう。
毒といえば普通、人の神経機能を遮断して、心肺機能を停止させる神経毒だ。
ガッソももれずにこの手の毒を持つ。
またディ・ガッソはガッソの亜種とされるが、多くの場合がガッソと行動を共にしていることが多かった。
5年ほど前にも今と同様にガッソの一団がアトキに現れたことがあった。
アトキは盆地で川が流れ、湿原地帯もあるのだが、それさえも越えてアトキまでやってきたのだ。
付近に出没する“ガッソ”は普段ならアトキの向うに広がる山々に住んでいたのだが、その年は餌となる動物が少なく盆地まで降りてきたようであった。
その時も20頭ばかりの一団であったが、冒険者の数は10人ばかりであった。
さすがにベテランの冒険者を揃えたとはいえ、倍の数のガッソを相手には怪我人も多く出る戦いであった。
ケイバン達もこの戦いには参加し、ケイバンは獅子奮迅の働きを見せ、その技量に誰もが驚いたのであった。
「確かにな。まあ、あれのおかげでここを出るきっかけができたようなものだ」
ソルも思い出したようにつぶやく。
アトキの戦いにおいては見事に追い払ったものの、この戦いにおいてのケイバンの活躍はケイバン自身、喜ぶべきものではなかった。
それは国家直属の騎士団に目を付けられる可能性があったからである。
以前、前大戦を経て大陸を支配する国々が協定を結び牽制しあっていた。
そのため戦力の増強は急務であり、強力な戦力となる冒険者達の獲得は必定であった。
そのため優秀な冒険者獲得のために、魔獣狩りと称してその確保を図っていた。
魔獣狩りは脅威である魔獣を狩り出すとともに、実力のバロメーターにも成りうる“冒険者狩り”でもあったのだ。
前大戦の中、国が滅んだ騎士は新しい主を探すものもいたが、野に下る者もいた。
野に下った者は生きていくため、自分の力を有効に発揮し、生きる道を皆模索した。
そのひとつが狩りであった。
もちろん騎士団に招かれれば生活と地位の保障を約束された。
しかし断った場合は反逆とみなされ、処罰された。
このアトキの場合はアトキやアコースを所領とする国「アイン・ガ・レイア(アイン国家連邦)」の騎士団にケイバンが目を付けられた。
そのため自由の身を好むケイバンとソルは、その後すぐにディアレンスに別れを告げ、アコースを後にしたのだった。
ケイバンとソルは、ついでとばかりにその後の苦労話をディバレンスに聞かせる。
ソルが北の酒場で知り合った女に結婚を迫られたり、ケイバンのクリスの成長話などたわいもない話であったが、ディバレンスも楽しそうに聞いていた。