25 キャバリア山脈を枕に
「ソルよ、これからどうする?理想は“イー・ツァイン”から王都“シェン・ツィ”経由で“ワン・シェイ”だろうが、この状況ではなあ」
ソルから眠ったままのクリスを受取り、自らケイバンが、暗い山道でマロア(馬)を器用に操りながら、その口を開く。
星を目印に進路は北である。
“グラノス”は中央に大きな砂漠地帯が広がっており、人が何の備えもなしに渡りきれるところではない。
そのため“グラノス”領の南に位置する“マイ・ノカス”から北の“ワン・シェイ”への道のりは、右か左に迂回しなければならない。
公路の整備状況などから、一番の近道は “イー・ツァイン”、“シェンツィ”と左回りに北上していくルートであった。
反対に右回りに行くルートだが、一旦“ジュイ・ニーザ”へ迂回し、キャバリア山脈沿いに走る中央公路を北上する必要があるので、だいぶ遠回りとなる道のりだった。
ケイバンと同様にソルもマロア(馬)を器用に操りながら答える。
「そうだな。あのフュスレ使いが“ジュイ・ニーザ”のエイトラン(傭兵)ってことは、“ジュイ・ニーザ”経由も妖しいことだしな」
ソルは困った様子も無くあっけらかんと答える。
いまだに“騎士団”が直接動いていないところから“グラノス”自体は不明だが、もはや“箱”を支配階級が狙っていることは明白である。支配階級のいる大きな街は避けるべきだろうということとなった。
「ソルよ、どのみち公道は使えんだろ。一度キャバリア山脈に入って、そこから“ワン・シェイ”に向かおう」
ケイバンはマロア(馬)走らせながら道無き旅程を示す。
道が無い以上追う側も手こずるが、逃げるほうも大変である。
道がないということは、それだけ追手以外の脅威にもさらされる危険も大きからだ。
だが逃げるだけであれば、冒険者としては実力者揃いである。
自信もある。
ソルも迷わず力強く答えた。
「そうだな、公路を行かなければ多勢で追ってくる事も無かろう。だが、かなりの距離になるぞ」
追随するモデナ達もこの時ばかりは素直に頷いた。
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ケイバン一行はマイ・ノカスを出て二日目、マロア(馬)を走らせては休ませてを繰り返す。
追っ手の危険もあり、適当な場所も無かったためだが、二日目にしてようやく森を抜けて見晴らしの良い丘陵地帯に出た。
夜まで進み続けてやっとのこと、丁度良い窪地を見つけて寝場所を確保する。
ケイバンは人目に付かないよう焚火はおこさず、休息だけ取るように皆に指示を出す。
すぐに寝る者、非常食を取り出してかじる者、皆思い思いに長旅に備えた。
そんな中、豆を乾燥させた非常食を口にほおばり、モデナが切り出す。
「それにしても、よほど大事な物なのですね。その“箱”」
「・・・のようだな。よほど価値のあるものが入っているのであろうよ。ホラッ!」
モデナの言葉にソルは箱を取り出し、一息眺めてからモデナに放り投げる。
暗いが星明りだけでも十分に人は認識できるほどの明るさである。
それでも突然投げ出された“箱”をモデナは珍しくあわてて受け止め、苦笑しているソルを睨む。
マリーゼとメルモも自分達のリーダーを侮辱するなと言わんばかりに攻撃的な視線を送る。チェシャはすでに寝ていたのでこれには参戦していない。
だがこの時、ケイバンの一言で皆の視線がいっせいに移る。
「しかし、下せんな。“騎士団”ではなく“ザウバー(私設騎士団)”とは」
ソルを睨む目つきは同様であったが、モデナは“箱”を手の中の弄びながら自分の判断を説く。
「確かに・・・。“ザウバー(私設騎士団)”を動かすところを見ると、“グラノス”自体がこれ(“箱”)をほしがっているとは私も思えません」
言葉を終えると遊び飽きた“箱”をマリーゼに渡す。
マリーゼもモデナから箱を受け取りながらあたらな事実にも触れた。
「そうですね、しかも発端の女までもが、“ジュイ・ニーザ”のエイトラン(傭兵)とは・・・」
そう皆の期待を裏切り今回のことで、“マイ・ノカス”だけではなく“ジュイ・ニーザ”も関係していることが浮かんできたことである。
クリスの取引場所やケイバン達が捕らえられたことなどから、当初本命は“マイ・ノカス”領主ロデリオ・フィリア・ベッキア卿であろうと皆が思っていた。
だが事の発端である“フュスレ”の女ことミリスは、“ジュイ・ニーザ”のエイトラン(傭兵)だった。
一領主だけではなく、“グラノス”第三の都市、“ジュイ・ニーザ”も加わっているとなれば、ただの支配階級の戯れではなくなってくる。
当然“グラノス”の影が見えてくる。
もし本当に“グラノス”だとするのであれば、たった6人の冒険者が立ち向かえるものでは無い。
ただそこで問題となってくるのが、追ってきているのは“ザウバー(私設騎士団)”だということであった。
もし“グラノス”が本気でケイバン達を追うことになれば、当然“グラノス”の正規騎士団である“騎士団”のはずである。
ところがその“騎士団”ではなく、“ザウバー(私設騎士団)”や傭兵であるエイトラン(傭兵)というところが、最大の疑問であった。
そんな深まった謎を各々が、一人を除いて頭の中に廻らせる。
そして不意にケイバンがソルへと問いかけた。
「おい、本当に何も知らないんだろうな、ソル?」
「ああ、運ぶだけの約束だったからな。お主とならば安全確実の予定だったのだが・・・」
道具袋を枕に足を投げ出して寝そべっていたソルも、唯一の味方のケイバンにまで追求され、しかめっ面でソルはぼやいた。
「安全確実がこのありさまか。私らも巻き込みおって」
しかし続いたケイバンの抗議も、いたずら小僧を叱るような苦笑の交じりの抗議だった。
ソルもいたずら小僧らしく開き直る。
「商人から商人への届け物なんて、たかがしれているだろ。普通に考えても契約書とか、そんなものだろ」
まさしく子供のような言い草に一同あきれるが、ケイバンだけは真剣な口調に戻して問いただす。
「今でも、そうと思えるのか?」
「・・・違うな」
ケイバンの重い声にソルも口調を合わせる。
モデナ達も引き込まれるように聞き耳を立てた。
そしてさらにケイバンは問う。
「ソルよ。やめるという選択もあるはずだが?」
確かにクリスを救出したことでいくつかの選択肢があったはずだ。
アコースに戻ることもできたし、“箱”を渡すということもできたはずである。
だがソルの返事はまたしてもいたずら小僧の思考であった。
「いや、どうせ、奴らも帰りの道は網を張っているに決まってるし・・・。それに、ここまできたら“箱”の中身を知りたいじゃないか」
確かに戻ったところで“箱”をもったままでは再び敵は襲ってくるであろう。
ここで行こうが戻ろうがリスクは同じである。
しかしそれ以上に“単なる好奇心”を堂々とその理由にするところがソルらしい。
だが、ばかばかしい理由ではあるが、その場にいるもの誰もが引かれる理由であった。
「届ければ教えてくれるのか?」
「それはわからんが、聞き出すさ。言わなければ敵に売り飛ばす」
「・・・まあ、いいだろう。お前さんがそこまでいうくらいだ。それに行かなくてもすでに追われる身だからな」
やがてケイバンとソルのやり取りが終わる頃には、1、2人と深い闇に堕ちていき出す。
抱えた疑問を吐き出したからであろうか、短時間ではあったが何日かぶりに不思議とよく眠れた。
枕もベッドも無い荒涼とした大地ではあったが、心地よい風が彼らを癒してくれた。




