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23 我が名を剣と“シェン・ソゥ・クー”に

四方を森に囲まれ、正対する教会の廃墟正面にはノアとその部下。

そして眠らされたクリスが横たわっていた。

月明かりは相手の顔が見えるほど、透き通った光を撒き散らし、森の中にまで行く筋かの光の帯が差し込んでいた。


神聖さにも似た静寂に包まれたこの光景の中、ケイバンはゆっくりと動き出す。

全身を包んだマントを脱ぎ、月明かりに身を包む“ラビオ・ラ・ジジャ(ジジャの魂)”を晒す(さらす)。月明かりを青白く反射させ、ケイバンは静かに背負った大剣を無造作に引き抜く。

抜かれたばかりの大剣は無音の月明かりの下、かすかに“リィィン”という音を伴い、弧を描く。月下に解き放たれた“大剣ジジャニール”は半円のかすかな光の筋を残し、“フュスレ”に向けられる。

そして、同時にケイバンの足元より一陣の風が吹きすさぶ。

ケイバンは豪快に“大剣ジジャニール”を地面に突き刺し、腕を組み体の芯にも響こうかという声で古来よりの決闘の作法通り、口上を垂れる。


「参られい、我が名は“シルドア・クワァイアント・シェルダン”が一子、ジー・クワァイアント・シェルダン。我が名を剣と“シェン・ソゥ・クー”にかけよう」


堂々と見事なまでのケイバンの口上は、多少なりともノアに動揺を与えた。


『ああ・・・、言っちまったよ』とつぶやいてソロは目を伏せ。

『やはり、生きていた・・・伝説が・・・』とつぶやき、ノアは目を見開き、打ち震えた。


その表情は驚いているようでもあり、喜んでいるようでもあった。多少の予感はあったが、いざケイバンの真名を聞くと動揺せざるを得ないであろう。

もしモデナやアムスがこの場にいれば、更に驚いたことであろう。

ケイバンの告げた名前はそれだけの意味があったのだ。

ケイバンの告げた名前は15年前の大戦中滅びた“マイアス・ドゥ・レイア(マイアス真朝)”最後の将軍の名前であり、その国を滅びに招いた名前でもあったのだった。


“マイアス・ドゥ・レイア(マイアス真朝)”は歴史も古く、“ジオ・ジジャ・ネイル(疾風竜)”に守護された国と呼ばれた。

また、その国の騎士団を預る将軍は代々“ジオ・ジジャ・ネイル(疾風竜)”の力を宿した“大剣ジジャニール”を 受け継ぐ“シェルダン家”であり、その力は万の軍勢にも匹敵するとまで言われた大陸屈指の騎士であった。

だが大戦直前にその守護である“ジオ・ジジャ・ネイル(疾風竜)”ともども将軍まで消え、他国に攻め滅ぼされたのである。

当事者の行方も大戦中のごたごたの為かわからず、その結果、一説では反逆であるといわれ、また他では謀殺されたともいわれていた。


現在でも“グラノス”の北西にあったといわれる“ジオ・ジジャ・ネイル(疾風竜)”のテリトリーにはその姿は見えず、話だけが残り、冒険者達の酒の肴とされていた。

ノアもそんな場で暇つぶしに聞いていた話であったが、“ジオ・ジジャ・ネイル(疾風竜)”の力を持つ騎士などとても信じられるものではなかった。

だがケイバンが見せた“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”は風属性とはいえ、並みの属性効果ではなかった。またあの大きな大剣を軽々と小剣のように振り回す力は、ノアの理解を超えているものであった。


その為すでにノアは感じていた。ケイバンと初めて立会った時に、

『これは噂に聞いた“大剣ジジャニール”?』ではないかと・・・。


その予想がこの場で正しかった事が証明されたのだった。

そして昔話のような伝説が、現実であったことを身に染みて思い知らされたのであった。

“万の軍勢に匹敵する騎士”が目の前に立ってるのであるから。

だがケイバンが古来の伝統に従い、作法通りの口上をしたことがノアに力を与えた。

ケイバンが古より決められた騎士同士の、いや、己の誇りと命を掛けて戦うときの作法を行ったのである。

それをこの場で見せたということは、ノア自身をケイバンが認めたということであり、ただの傭兵でしかないノアを一人の騎士として認めたということであった。

これに奮い立たぬものはいないであろう。

伝説が認めたのだ。

今まで日陰に生きてきた者にとって、これほどまでに嬉しいことはない。

そして、その喜びは本来持っていた自信と力に転化される。


“一度は立会っているのである。手の内は読める。決して後れを取ったわけではない。何よりも聞き出さなければ“


そうノアは自分を奮い立たせ、負けじと口上を垂れた。


「ほう、これはこれは、“将軍”とは・・・。かような場所にもかかわらず。古よりの作法、痛み入る。ならば私も応えねばならん。今まではノアと名乗ったが、我が名は“ジラルド・レオハルト・ミラー”が一子、アン・レオハルト・ミラー。今後はミリスと呼ぶがいい。我が名を剣と“シェン・ソゥ・クー”にかけよう」


“アン・レオハルト・ミラー“ことミリスはそう言い放つと、マントを脱ぎ捨て、その月明かりにより一層青みがかった鎧を露にする。

そして”針“といわれる長い鞭状の“フュスレ”を腰から踊るように引き剥がし、一度激しい唸りと共に地面を叩く。


「いざ、参る」


怒気にも似た殺気を放つと同時にその長い”針“を手足のように操り、ケイバンを翻し(ひるがえし)激しくケイバンに打ち付けた。

ケイバンはこれを“大剣ジジャニール”を壁に、一旦後方に下がる。


「かなわんなあ。そんな双剣の様に繰り出されちゃ。」


のんきな調子で本音を漏らし、鞭の有効範囲を出たところで“大剣ジジャニール”を再び中段に構え直す。いかんせん攻撃範囲では不利である。


「伝説も所詮、伝説にすぎぬのか」


さらに追撃するため、鞭の有効範囲に捕らえようとミリスは詰め寄る。

そしてなおも動こうとしないケイバンを見るや追撃の鞭をうならせる。

しかし、それを待っていたかのようにケイバンはタイミングを合わせ、その大きな剣をまるで木の棒でも振るかのように下段から振り上げた。


「伝説とは大げさな・・・」


“はた迷惑だ”とでも言いたげなつぶやきと共に、振り上げられた“大剣ジジャニール”は大きな音共に風を巻き上げ、ミリスの鞭は壁にでも当たったかのように弾かれた。


「なっ・・・オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)」


本能であろうか、予期せず強い風に煽られ一瞬目を閉じる。

それでもさすがは“フュスレ”の使い手と褒めるべきであろう。

自身への叱責と共に無理やり目を開く。

ケイバンのそれは、やはり布石であった。

開いた視界にはただ獲物だけを見つめるケイバンの飛び込んでくる姿が入ってきた。

身を翻し、かろうじてかわす。

ケイバンの攻防一体の剣技は、獲物を捕らえることなく終え、“大剣ジジャニール”が獲物を逃した悔しさなのか、大きな音と共に大地に突き刺さる。

ミリスの見事な身のこなしにケイバンの口は明らかに笑みを浮かべ、瞬きもせず転がったままのミリスをじっと見据えていた。


「ほう、よく目を開けたな」


明らかに力の差は歴然としていた。

ケイバンの“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”は明らかに“オゥーガー”に対するそれなのである。

見下した物言いではあったが、剣を受けたミリス自身が最も理解し、畏怖したであろう。業の質が違うことを・・・。


ケイバンの剣は撃砕の剣なのである。

技に頼った小細工などケイバンの剣の前では稚戯にすぎず、隙を見せれば心の迷いもなく業を振るう。邪魔するものがあれば薙ぎ払い打ち砕く。まさしく大きくて硬い“オゥーガー”に対する剣であった。


「はあ、はあ・・・」


初めて垣間見たケイバンの剣の質を理解したミリスは大地に手足を着きつつ息を整え、理解した畏怖を押し込め、自らを奮い立たせる。

『奴に会うまで死ぬわけにはいかない』と、何かがミリスの折れかけた心を支えた。

いや、理由は何でもよかったのであろう。

この心の強さが本来のミリスの力でなのであろうか。

拳を大地に打ちつける。


「やぁああ!」


大きな気合の声と共に“フュスレ”を強く握り締め立ち上がった。


「それでこそ、騎士だ」


立ち上がるのを黙って眺めていたケイバンが嬉しそうに静かにつぶやく。

そして構えなおし、さらに挑発するかのように続けた。

「さあ、“ジジャ”を倒す気でかかってこい」


ここでの“ジジャ” はジオ・ジジャ・ネイル(疾風竜)を指した言葉であろう。

“オゥーガー”の中でも最上位に位置し、“八大オゥーガー”のひとつである。

ケイバンにとっては自分と剣を例えて言ったつもりであろうが、ミリスにとってはまさしくジオ・ジジャ・ネイルに立ち向かう気分であろう。

だが古の騎士ならば例え負ける相手でも背は向けない。

ミリスも間違いなくその一人であろう。

むしろ、ケイバンの物言いを見下した言い方に捕らえ、ますますミリスは闘志をたぎらせた。

しかし、ケイバンの攻撃の凄まじさは身をもって知ったばかりだ。

うかつに仕掛けられない。

だがミリスはその間に自分の有利な点を分析していた。

それは“アースリー(鎧・防具)”であった。

ケイバンの“ガイアス(重量と装甲のバランスをとった通常の鎧)”に比べ、自分のものは“デライアス(間接部分の装甲を外して重量を軽くし、動きを重視した、軽装甲の鎧)”である。

ならばその利点を生かした攻防が有利ではないかと考えていたのだった。

確かに技に頼った小細工では結果は同じであろう。

しかし有利な点を昇華し、ケイバンの更に上を行くほかはないと考えたのである。

そう考えたミリスは突如、手と腰の“デライアス”を外し始めた。

その為、腕は素手に剣。

腰はアンダーウェアのショートパンツ姿。

足と胴には“デライアス”というアンバランスな格好となった。

これで多くの見物人がいれば嘲笑を買っていたであろう。

しかしミリスの目は真剣そのものである。

だがそんなミリスを見て、微笑みながらケイバンは唸る。


「いい判断だ」


余計なものを取り払い、それが捨て身であっても自分の力を信じ、勝負を賭ける。

過去も未来も全てを捨て去り、この一瞬に全てを賭ける戦いが騎士の戦いである。

過去の英雄たちがそうであったように、ケイバンもそう思っていた。

だが嘆かわしいことに昨今の“ヴューラー”にはそのような気概は見られない。

身分や武具の優劣だけがもてはやされ、古より受け継いできた魂が失われつつあったのだ。

だからこそケイバンにとって、ミリスの戦いぶりが敵であろうと無かろうと自分のことにように誇らしく、うれしかったのだった。

そして、だからこそ持てる力を全て出そうと決心したのだった。


ケイバンは緩んだ頬を引き締め、ミリスに正面から向き合う。

ミリスは明らかに先ほどまでとは違う目で構えていた。

明らかに“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”を待つ目である。


“礼を言おう、ひさかたに“ヴューラー”に出会えた”


心の中で頭を下げ、そしておもむろに“大剣ジジャニール”を後方に引き、 あえて“オゥーガー・ズ・ディレイ”の体制に入った。


ミリスはその時を待っていた。

待っていたからこそいち早く反応できた。

瞬時にミリスの方から動き出し、一気に差を詰め、突進する。

もちろんケイバンは予想していたのであろう、反応している。

だがミリスは自信があった。


“こちらのほうが軽くて早い”


確かにそうであった。

“勝った!”と一瞬思った。

しかし、風の属性であり、“ジジャ”の特性を除けばそうであったかもしれない。

それは“ジジャ”通用しない概念であった。

一瞬の溜めを必要とする“オゥーガー・ズ・ディレイ”にミリスは全力に飛び込み、“大剣ジジャニール”をかいくぐり、一気に小剣で一撃を加えるはずであった。

当然相打ち覚悟の一撃であった。


しかし咄嗟であったのか、一瞬の出来事であった。

ケイバンはミリスを上回る速度で回転し、逆手に横薙ぎしてきたのだった。

それはミリスにとって、まるでナイフでも振り回すかのような信じられないほどの早さであった。


「まさか!」


そんな驚きの声を短く漏らす。

次の瞬間、“キィィン”という高い音と共に”フュスレの牙“と一緒にミリスが体ごと飛ばされ、地に落ちる。

飛ばされながらも頭の中でミリスは繰り返えしていた。


“確かに私のほうが早かったはず……”


堕ちていく闇の中で、木霊のごとくそんな言葉がまだ繰り返される。

自分に何が起こったのか、どのような状態なのか、生きているのか、ではなくただひたすら一言。

『確かに私のほうが早かったはず!』と……。


やがて意識が……、感覚が戻ってくる。

指に触れる冷たい土、わずかに流れる冷たい空気。

『起きなくては!』これが騎士たる本能であろうか。

冷えた土の上に横たわっているのが感じられると、手足に力を入れ、立ち上がろうと試みる。

そして近くによってきた敵の気配に気づく。

だが、すでに手には”フュスレ“の感覚が無かった。


『ここまでか・・・』


”フュスレ“の感覚が無いことによってやっと状況を悟りつぶやいた。


ようやくしびれた手足でひざまずく体勢を取り、顔を上げ、近づいてきた敵、眼前に差し出された切っ先とその向うにケイバンの姿を視覚に捕らえる。


「息子を丁重に扱ってくれたことを感謝する」


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