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22 教会

「どうしますか、もうすぐ日が暮れますが?」


「うむ・・・このまま行くしかあるまい」


モデナの問にケイバンが答える。


無事に領主の城から抜け出し、アムスの勧めのまま一行は街外れの農家に身を寄せた。

城の詳しさといい、顔の広さといい明らかに“初心者冒険者”でないことは確かだが、敵でもないことも確かであった。

モデナなどは、恩を仇で返すことになってもはっきりさせようと主張したが、ソルの”敵であろうが受けられる恩は貰っておけ“という一言にケイバンが賛同したため、事無きを得ていた。


一方、当のアムスはというと用があると言って、出て行ったきり戻らぬままであった。

一緒にいる間は好奇心旺盛な子どものように今回のことや個人の事など、皆に根掘り葉掘り聞いてきた。

ケイバンは適当に応対していたが、“シスレィ”は各々個性的であった。

その結果、アムスの頬は真っ赤になったことはいうまでもない。

当然、領主に連行された理由なども聞かれたが、誰もがやはり適当にあしらったのだった。

その後一向は、寝る者や装備の手入れをする者など様々に時間を過ごし、日が傾きかけた頃、モデナが切り出した。


「ならば、我々もお供します」


「いや、あまり大勢で行って刺激するのもよくない。悪いが“シスレィ”には別の役目を担ってもらおう」


装備の手入れを終え、身支度したモデナへ剣に砥石をかけながらケイバンは意外なことを依頼した。

そしてケイバンは言い終えた後、頬を緩めて笑みを作り、モデナは神妙な趣で静かに頷いたのだった。


待ち合わせの場所には少々寂しい場所である。


“愛しき人との待ち合わせならムードを大事にしてもらいたいな”


ソルがそうつぶやくように、ここは木々に囲まれた薄暗い広場であった。

星明りに照らし出されるは、半壊した教会の白い壁と茶色い屋根。

以前は人の往来も多かったであろうこの地も、今となっては荒れ果てた人の気配を感じさせることのない場所であった。

ソルではないが、ケイバンも同じような思いで広場の真ん中までやってきた。

その場に現れたシルエットは二人だけであった。

モデナ達“シスレィ”の姿は無い。

虫の声もせず、青味がかったモノトーンの静寂な世界は、自分達の音以外は聞こえず、時折起こる風になびく木々のざわめきのみである。

不気味で孤独感に襲われる世界の中、やがてソルが口を開く。


「さあ、そろそろ来てもいい頃合だがな、すでに下っ端が来ているのだから」


「ああ、一人・・・いや二人か」


ソルのつぶやきにケイバンも同調する。

すでに見張られていることは、虫の鳴き声が無いことからも確かであろう。

それ以前に、人以上の冒険者であるならば気配を感じることなど、造作も無いことであろう。

さして当たり前のように口にするケイバンはすぐにも訂正した。


「一人減ったな」


ケイバンの訂正を受け、さらにリラックスするかのように首を回して、ソルは付け加えた。


「ならば、いよいよか・・・」


見張りが一人を残してこの場を離れることは連絡のためであろう。

恐らくケイバン達の到着の確認と戦力の報告であろう。

星を見上げながら手持ちぶさたで待つソルに対して、ケイバンは目を細め、廃墟の教会を正面から見据えていた。

やがてその見据えた教会の脇から三つの影がゆっくりと形を成す。


「待たせたね・・・。ほう、仲間は下がらせてあるか。立場をわきまえている」


高飛車にそう聞き覚えのある声を発したのは真ん中の影であった。

さらに歩を進めその姿が星明りに照らし出された。

フードは被ってはいないが、白いマントに金髪に羽飾りのついた額当て、やはり“フュスレ”の女である。

薄明かりに薄っすらと笑みを浮べていた。

脇に立つ二つの影は、“ケブラー”と呼ばれる防具を着込んだ者達であった。

“ケブラー”は、防御力や衝撃吸収力を高め普段着に近い防具の総称である。

動きやすい特性を活かして、探索や斥候時に使用されることが多い。

そこから読み取るに、他の二人は戦闘が得意でないことを見て取れた。

しかも、一人は何かを背負っているようであった。

よく見れば子どもであった。

はっきり見えはしないが、いち早くケイバンはそれがクリスだと悟る。

背負われている様子からすると眠っているようであった。

さすがにケイバンでも気がはやる。


「早いところ済ませよう」


口調は平然と落ち着き払ってはいるが、その目はさらに鋭くなっていた。

だがさらにケイバンの心を乱すかのように“フュスレ”の女は逆撫でる。


「そう急がなくてもいいだろう。夜は長い」


「追われる身なんでね。理由はわからんが」


しかし、今度は後ろに控えていたソルが相手を買って出る。

ケイバンの肩に手を掛けて前に押し出る。


「せっかくの機会。こんな寂しい場所ではなく、もっと観客がいるところでと舞台を用意したのに」


“フュスレ”の女の言葉は明らかに領主の城の件であろう。

その皮肉めいた言葉は、おどけた口調であった。

やはりこの件に関しては領主もつながっていたのであろう。


「なあに、そちらの都合ばかりでは不公平というものさ」


負けじとソルも軽口で応酬する。

舌戦に場馴れしている様子のソルに“フュスレ”の女は沈黙し、先ほどまでの余裕の笑みは楽しみを奪われた子どものように消えていた。

そんなしばしの沈黙にケイバンがやっと口を開いた。


「まあよい、じきに観客もやってくる。さきに仕事を片付けておくとしよう。・・・“箱”を」


ケイバンの催促にソルも素直に懐から“箱”を取り出し、“フュスレ”の女に見えるように差し出す。

“箱”を目にしたとたん気配を変え、冷たいオーラを身に纏った“フュスレ”の女は、その視線をソルの手の中にある“箱”に刺す様な視線を送る。


「ほう、潔い。偽物ではないであろうな?」


口調からも律儀そうには見えないソルの手で差し出されれば、誰しもそう思うであろう。仲間のケイバンでさえこの時の“フュスレ”の女には共感を覚えた。

だがやはりソルである。


「中身を知ることのできない者に聞かれてもなあ」


こんな時でもその口調は律儀に不真面目であった。

だが、あらかじめ予想していたのであろうか、それに対する“フュスレ”の女の対応は早かった。

一瞬にして冷たいオーラを消し白いマントを翻して、後ろへと振り向く。


「ふむ、確かにそうだ。ならばこの取引も保留であるな」


なんとあっさり身を引こうとするのだった。

さすがにこれにはソルも面食らった。


「おいおい!」


一瞬ケイバンも体を凍らせた。

だが次の瞬間ケイバンの口から出た言葉は、肯定だった。


「ああ、そうだな」


「ケイバン!」


ケイバンの諦めとも思える言葉にソルは振り返る。

実際ケイバンにも分かっている。

ここでクリスを取り戻さなければ次は確実に領主の城の中、敵の真っ只中でしなければならず、今よりもはるかにリスクが大きくなることは目に見えていた。

だが自分にも弱みがあるように、相手の弱みも分かっているつもりであった。

ケイバンが歩み去ろうとする“フュスレ”の女に言葉を投げかけ、一種の賭けに出た。


「取引が保留ということならば、私がここにいる理由も無いだろう」


静かな声である。

だが薄暗い静寂に包まれた世界では小さくても、はっきりと通る声であった。

何よりもその決意のこもった語気は、誰しもが信じたくなる気配であった。

そしてその効果は絶大であった。

ケイバンの読みは当たった。

ケイバンの言葉に“フュスレ”の女の歩みが止まる。


「そして“フュスレ”の持ち主の名前も教えることは無いだろう。クリス、そういうことだ。母に負けぬ誇りを持て!己が運命受け入れよ」


続けて放たれた言葉は、クリスへの別れの挨拶とでも言うかのようであった。

その言葉と同時に右拳を前に突き出して言うと“フュスレ”の女と同様に振り返る。


「おい、ケイバン!」


さらに追い討ちをかけるケイバンに、芝居がかってはいたがソルが引きとめようとする。その効果があったのかは定かではないが、ケイバンの切り札は功を奏したようであった。“フュスレ”の女はもう一度振り返り、今度は大きな声を発する。


「まて!」


“かかった!”


これがこの時のケイバンの正直な気持ちであっただろう。

ソルはソルでケイバンの駆け引きに驚いていた。

よもやこんな場面で、咄嗟に駆け引きができるような性格ではないと信じていたからだ。

そんな思考の停止したソルをよそに、“フュスレ”の女は言葉を続ける。

その声は明らかに怒りを抑えた言葉のトーンであった。

ケイバンに向けられた顔はうつむき、見た目にも怒りの色が見えた。

確かに自分のペースのようではあったが、まさかケイバンが自分の子どもを見捨て、開き直るとは予想していなかったのであろう。

思いもしなかった言葉と共に剣を足元に突き立て、両手を広げ、取引の再開を宣言する。


「ならば、取引を変えようではないか。我が勝負と引き換えとしよう。・・・“シェン・ソゥ・クー”にかけて」


思いもしない言葉、“シェン・ソゥ・クーにかけて”である。


「ほう、・・・その名をかけるか」


“シェン・ソゥ・クー“とは”八大オゥーガー”の中でも、全ての祖ともいわれている龍である。

その姿は目が眩むほどに光を放ち、今までにはっきりとした姿は見られていないとされ、あるところでは恐れられ神のような存在とされていた。

また龍の祖ということは生命の全ての祖という言い伝えもあり、特に冒険者の約束事でその名を出すときは、自らの命を賭ける事と同意とされていた。

古い習慣では、試合の時に恨みを残さないようその名と共に告げる伝統の作法もあったほどである。

だが現在ではその潔い伝統も廃れ、伝統を守るものはよほど古くからの家系か、年老いた冒険者ぐらいでだ。

もちろん古いタイプのケイバンにとってはこのような言葉は懐かしくもあり、うれしくもあった。

ただ伝統の作法を知っているということは、やはりただの冒険者ではない。

“フュスレ”さえ一介の腕自慢が扱える代物ではないはずである。

だがそんな彼女が“なぜこのような誘拐のような仕事を・・・”と興味にかられたのだが、今のケイバンにはそんなことを詮索する余裕はない。


「売り言葉に買い言葉とはいえ、最初から素直に勝負を申し出ればよかろうに」


「“箱”が偽物ならばまた誰かの身の上が怪しくなるだけの事」


「承知。ならば全力でお相手いたそう」


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