21 脱出
白いマントの男、エグゼバ・ファマリースにケイバン一行が武器を取り上げられ、連れて行かれたところは“マイ・ノカス”領主、ベッキア伯爵の居城であった。
市街地の中心からやや外れた海岸近くの大きな規模の古城、これがエグゼバ達の拠点だ。
古城に連れて行かれすぐに牢屋に入れられる。
城主が起きるまで待てとのことだった。
牢にはケイバン達をまとめて放り込み、ソルのみがすぐに連れて行かれた。
どうやらソルだけは特別な歓待があるようだ。
そんなソルを誰も心配した様子はなく、モデナがケイバンに顔を近づけ囁く。
「どうしますか、明日のはずですが?」
「うむ・・・」
さすがのケイバンもこの様な展開は予測しておらず、返す言葉に困ったような表情を作った。
モデナも打つ手がないこと悟ったのか、ケイバンからの明るい返事をあきらめ宙に視線を移す。
「しかしなぜケイバン様の名前を告げておいて、ソル殿が連れて行かれたのでしょうか?」
「・・・、おそらく賊の根元だったのかも知れんな」
モデナも予感していたことだが、はっきりとケイバンの口から漏れたことで確信を持った。
さらにモデナは思考を繰り返す。
宿に乗り込んできたことといい、ケイバンやソルをあらかじめ知っていたことといい、明らかにこの度の件に関与していることには違いない。
だとすれば“グラノス”が関与?・・・いや、“グラノス”の動きがないことも確かである。
何かがおかしい。
この国境付近である都市に騎士団が少ないことからしておかしな話である。
それにわざわざ目的の物があるのならば、人質をとった以上すぐに話を進めればいいだけのはずだ。
この一連の流れはまるで領主が我々のことをついさっき知ったような対応である。
“そう単純ではないか・・・“
モデナは小さくそうつぶやき、溜息をこぼす。
そんなモデナを眺めていたケイバンが不意に立ち上がる。
「まあ、ジッとしていても始まらんか」
そうつぶやいたケイバンを“シスレィ”一同が不思議そうに仰ぎ見る。
「一体何を?」
あたりまえながらマリーゼがケイバンに問う。
武器を取り上げられた体で“何を?“とでも思ったのであろう。
メルモやチェシャも同様に思ったのであろう、ポカンと口を開けたまま成り行きを見守っていた。
ただ一人モデナだけは気付いたようである。
「もしかして鎧にも属性が?」
武器は取られたが防具はそのままである。
確かに防具にも属性効果が及んでいる防具もあるが、その効果は武器に付随する属性効果とは程遠いはずである。
現にモデナ達が纏っている防具にも属性効果は付随しているがその効果は補助的なものであった。
その力でこの頑丈な鉱物と鋼鉄でできた牢を破壊することは不可能である、常識的には・・・。
しかしここにその常識を覆そうとする者がいた。
「多少なりとも」
そう言葉をケイバンは返し、皆を下がるように指示する。
するとケイバンは鉄格子でなく、廊下沿いの壁に近づき、大きく息を吸い込む。
大きく両手を広げ壁につけ、静かに息を吐く。
薄暗い牢屋の中、廊下の炎の光だけがわずかにケイバンの側面を照らし出す。
照らし出されたその横顔は目を閉じ、わずかに額に汗をにじませていた。
次の瞬間モデナ達の視界がゆらいだかと思うとケイバンの目が開かれ、一気に気迫のこもった息吹が口から放たれた。
「ふんっ」
その短い発声の後、しずかにケイバンは後ずさる。
やがてケイバンが先ほどまで触っていた壁にひびが入る。
それを見届けたケイバンは再び壁に近づき、そのひびの入った箇所を力強く押した。
壁はもろくも崩れ去り大きな穴を開ける。
さすがのモデナでもこのような芸当は見たことがなかった。
その手品のような一連の動作をただ呆然と見詰める“シスレィ”であったが、ケイバンの声で正気に戻る。
「どうした?いくぞ」
それでもまるで別の生き物を見るような視線は変わらなかった。
「なあに、隙間に真空を送り込んで隙間を失くす手伝いをしたまでさ」
つまり壁を組成している物質の間にあるわずかな空間、隙間を真空にすることでより物質の密着を促し、一定の方向に詰めてもらったということであろう。それによってひびを入れることができたのである。
簡単に説明するケイバンだが、“シスレィ”にはそんな思考をすること自体が脅威である。
並みの冒険者であれば力に頼ることしか思い浮かぶ事は無い。
事実、ケイバンがここを出るといった時でさえ、鉄格子を壊すなどといった行為を考えたのである。
ましてや出られることには懐疑的であったのだから。
「い、今のも、オ、オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)なのですか?」
崩れた壁を乗り越え、驚きの表情を残したままモデナはケイバンに問う。
確かにモデナ達にとって見れば“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”に見えた。
それはケイバンが使った力は今まで見たことも無い属性効果の使い方だからである。
そんなモデナを振り返ることなくケイバンは答える。
「ディレイ(属性効果技法)ではあるが、それさえも正しく違うな。まあ、説明はあとだ」
一同が牢屋から出たのを確認するとケイバンはゆっくりと歩き出す。
モデナも思い直し、ケイバンの意味深な言葉に興味がありつつも、脱出を優先させる。
ところが一同は奇妙なことに気がつく。
爆発したわけではないけれど、少なくとも壁の崩れた音はしたはずである。
音を聞きつけ衛兵がやってきても良いはずであった。
その衛兵の足音さえない。
慎重に一同は牢屋の通路を出口へと進む。
牢屋は広い牢が3つ横に並んでおり、出口はさらに先の牢の前にある階段を上ったところにある。
不意にケイバンはその階段を上がりきったところでその歩みを止める。そしてマリーゼが上がりきったところその意味を知る。
「あ、あなたは・・・」
ケイバンの向うに見える一人の男に対して意外そうな声を漏らし、マリーゼはすぐに警戒の態勢をとり、モデナも後の二人を制止するかのように構える。
その銀色の頬当てを着け、茶色い外套を纏った男を睨みつけつつ、モデナは警戒しながらもマリーゼに説明を求める。
「知っているのですか、マリーゼ?」
モデナが聞きたいことは味方かどうかということであろう。
知っているというほどのものではないが、確かに見た顔であるのは確かだった。
だがそれだけではモデナへの回答には不足だ。
男から視線を外さずマリーゼは小さく首を振り、それを回答とした。
だがすぐにモデナの知りたい情報をケイバンが直接投げかけた。
「さて、アムスだったかな?味方かな?」
アムスと呼ばれた男の向うには衛兵のような格好をした者が二名倒れていた。
ケイバンは、動揺とは程遠い落ち着いた口調で目の前の男に質問する。それに対し男は手を差し出し笑顔で歩み寄る。
「またお会いしましたね、ケイバン殿にマリーゼ殿。今はそれよりも早く。装備は武器庫ですが・・・」
変わらず屈託のない笑顔を見せて近寄るアムスに、いぶかしむ様子も見せずに動揺にケイバンも手を差し伸べる。
それを見ていたモデナ達もひとまず安心したのか、警戒の態勢を解き、張り詰めた空気が穏かに解かれていく。
だがそうも言ってはいられない。
未だにこの男の正体が不明なのは確かである。
いつ敵になるかも知れないのだ。
そんな思いからかモデナが再び問題提起を行う。
「信用してよろしいのでしょうか?」
むしろこちらの疑問の方が普通であろう。
「いたしかたあるまい。今ここで何かの罠だとしても、今以上に状況が悪くなることは無かろう」
ケイバン自身、アムスを信頼したわけではないが、この城を脱出することを優先させたかった。
実際この城に連れてこられれば、すぐにでも取引の話が出るかと踏んでいたのだが、ケイバンの思惑とは事情が違ったようであった。
どうやら取引相手とは違うようだった。取引相手でなければケイバンには用は無い。
取引に備え、この城を出るだけである。
「そうですよ。牢屋にいる方を罠にはめる必要なんてありませんよ」
負けじとアムスも笑顔のまま、自分の潔白を促すが、さすがに口元は引きつっっているようにも見えた。それでも今度はメルモが食い下がる。
「だけど、こんな城にやすやすと入って来れるなんて、怪しいじゃないですか」
「古い友人から裏口を聞いてきたんですよ」
なんとも苦しいアムスの言い訳に
“ますます・・・“と、モデナやマリーゼは疑いの目を向け、二人に続くかのように、“怪しい”とメルモとチェシャが目を細めながら、ユニゾンでつぶやく。
4人の攻撃的な視線にさらされ、さすがに弱り果てたアムスはケイバンにすがる様に目で訴えた。
どこと無く調子のよさがソルに似ているこの男が気の毒になったのか、仕方なくケイバンが妥協案を提示する。
「まあ、敵なら後で斬ればいい。今はここから出ることが先決だ。話はそのあとにしよう」
なんとも物騒なケイバンの説得にアムスは冷や汗を垂らし、モデナ達は渋々頷いた。
そしてすぐにケイバンはアムスに武器庫とソルの居場所に案内するよう求めた。
「うへぇ、くさい」
チェシャが鼻をつまみながら苦悶の表情を浮かべる。
ここは城の地下水路。水路とは言っても排水溝のようなものだ。
すでに膝上まで水に浸かっており、10分ほども歩いただろうか。
先頭のアムスだけが持つ松明で通路の中の様子をうかがい知ることができた。
各自奪い返した武器は肩に担ぐか胸に抱きしめた状態で、誰しも顔をしかめながら岩肌の露出した水路のトンネルを歩いている。
牢屋を脱出した後はアムスの案内ですぐ近くいたソルを助け出し、武器庫から押収された武器をあっさりと取り戻した。
警備の者を4,5人片付けはしたが、意外にもあっさり事が運んでしまったことでアムスへの不信感を煽り立てたが、今更仕方がない。
それに助け出したソルも殴られたらしく、口と鼻から血が垂れていたことがモデナ達のこれまで憂さを晴らしたのだろうか。
その場ではあえてアムスへの不信を訴えるようなことは無かった。
当面の目的を果たした一行は、急ぎアムスの先導で外につながる地下水路にやってきた。
水路への入り口は鍵が掛かってはいたものの、アムスが体をゆすりながら扉を少し押し上げると鍵ではなく、扉がそのままずれてはずれた。
アムスによると、何でも昔この城を改築したときに作られた仕掛けだそうで、その時の技術者の孫に当たる者から聞いたという。
度重なる疑問を胸にしまい込み最早開き直りの境地で水路へと一行は飛び込んでここまで来た。
「みんな、同じなのよ、がまんしなさい!」
小さな声ではあるけれどマリーゼの鋭い口調でたしなめられたチェシャは、すごすごとメルモの後ろに隠れるように小さくなる。
だがすぐ後ろにいたモデナからは、軽く拳骨をもらったようだった。
ケイバンは直接後ろを見ているわけではいないが、緊張感の無い様子に苦笑していた。
「もうそろそろのはずですよ!」
そう口にしたのはアムスであった。松明をかざし、歩く先を確認しながらアムスは声のトーンわずかに上げた。
水路を向ければそこは海岸に面した斜面であった。先ほどとはうって変わって潮の匂いが鼻を洗う。
ケイバンは波が打ち寄せる岩場に降り立ち、先ほどまでいた古城を振り返る。
星空のもと、丘に立つ古城はくっきりとシルエットを浮かび上がらせていた。
所々、松明であろうか、小さな明かりが動いていた。
今頃になって気絶させていた衛兵が見つかったのであろうか。
何やらあわただしい様子であった。




