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20 シスレィ

「すまんな、こんな遠方まで来てもらって」


マリーゼに案内され、ケイバンが通された部屋はケイバン達の宿よりも、やや街の中心部に近い宿であった。

部屋の大きさは4人が十分寝れる広さだ。

ケイバンの挨拶に防具を身につけたままのモデナが出迎える。


「いえ、これもディバレンス様からの依頼です」


他のメンバーであるメルモとチェシャも、モデナの言葉に合わせて頷く。

そしてお呼びでない者も後に続いて登場した。


「お、これはこれは、淑女の方々、ご機嫌麗しゅう」


軽薄な調子でソルが顔を出すとやはり“シスレィ”のメンバーの表情が一変する。

マリーゼは落ち着いたものの、やはり他の三人の視線は明らかに軽蔑の眼差しを向けている。

しかし相変わらずソルはどこ吹く風だ。


愛想を振りまきながら部屋に入り、近くにあったベッドに腰掛ける。

今にも剣を抜きそうな“シスレィ”の面々をよそに、一連の動作を当たり前のようにこなすソルの図太さは、横で見ていたケイバンも嘆きを通り越して感嘆であった。

そんなソルにさらに憤慨するメルモを抑え、モデナも皆をそれぞれベッドへと腰掛けさせる。

モデナはケイバンの近くに腰掛け、今までの状況やアコース方面の情報を交換し合った。


モデナの話では、やはりアコース内に手がかりと思われる情報は拾えず、収穫なしのようであった。

当然、ソルに“箱”を託した商人も行方知れずとなっていた。

ただし、 “シェンツィ・グラノス(熱き国)”内において、少し前から伝令の動きがあわただしいという話が伝わって来ているとのことだった。

これが直接関係のあることではないが、別の意味で重要なことである。

ディバレンスの推測では“シェンツィ・グラノス(熱き国)”内で何かが起こりつつあり、“箱”が無関係とは言いがたい。

だがソルの“箱”を奪おうとしているのは、“グラノス”ではないであろうとのことだった。


理由は簡単だ。

“グラノス”が欲するのであれば、騎士団などの国軍がそれなりの動きを見せるはずである。

ところがその軍が動いた形跡が見当たらず、伝令の動きばかりが目立つ点にあるということが理由だ。


ケイバン自身もディバレンスと同様の考えを巡らせていた。

街の中では“騎士団”の姿を目にしていない。

街の入り口など要所を警護しているのは、一般人からなる国軍の兵士ばかりであった。

その様子は緊張感のかけらもない。


“グラノスの騎士団”といえば、ジリア卿(デフ・デュッフ・ジリア大公)率いる正規騎士団である。

一騎当千といわれる彼らの姿は未だに見ていない。

見たものといえば領主の”私設騎士団”がほとんどであった。


ケイバンが見た限りでは、この街での力関係でいえば国軍よりも”私設騎士団”のほうが上であると見えた。

通常では一般人からなる国軍といえども街の警護におけるその長には正規騎士団から派遣された者が就くのが常で、”ザウバー(私設騎士団)”が幅を利かせることは少ないはずであった。


だがこの街では違った。

その長である正規騎士団から派遣された者のそれらしき姿もなかったのである。

確かにおかしな話である。

しかし、ソルを除く5人で様々な可能性を模索するが、結論はでない。

やがて誰もが沈黙する中、ケイバンはふとソルのほうへと視線を送った。

この騒ぎの元凶であろうソルは、我関せずという風に足を投げ出し、ベッドに横になっていた。


「ソルよ、実際、渡してもらえるのだろうな」


ソルの横柄な態度にも怒りもせず、確かめるようにケイバンが問う。ケイバンの言葉に“シスレィ”一同の視線も一斉にソルへと向けられ、“ああ、私の寝床に・・・”とチェシャの抗議の声が起こる。

そんなことにはお構いなく問われた者が寝たままで答える。


「ああ、もちろんだ。クリスの命には代えられん」


チェシャの抗議は続いていたがマリーゼに取り押さえられ、口も塞がれて“フゴフゴ”ともがいていた。

さすがに抗議の声に気付いたのか、はたまたモデナの殺気によるものなのか、ソルは上体を起こし、ばつの悪そうにチェシャに向かって軽く手を上げた。


「助かる。ならば、悪いがクリスを優先させてもらう」


当然のことではあったがケイバンは語気を強めてソルに言った。

いやそれはソルに向けた言葉だけではない。

モデナ達、“シスレィ”にも自分達の目的を再確認するための言葉でもあった。

その言葉に、ソルを始め“シスレィ”達も静かに頷く。

もちろん抗議中のチェシャもである。


ただケイバンが気がかりなのは取引がスムーズにいかない場合であった。

相手が卑劣を旨とする輩であれば、約束などはあってないが如くである。

それを口にしたのはモデナであった。


「しかし、ご子息をさらってまで狙う賊が無事に帰すものでしょうか?」


当然誰もが考えていたことであるが、こればかりはここで論じても仕方のないことである。

ただし、ケイバン自身別の意味で納得のいかないこともある。

なぜ“マイ・ノカス”なのか? 

取引は“アコース”でもいいはずである。


“アコース”でケイバンを襲った“フュスレ”の女が「必ず喋ってもらう」と言っていたことが思い出される。

確かに“フュスレ”の女の反応から、十分にケイバン自身に固執することも有り得なくはない。

そんな思いを巡らせケイバンも素直に思いを言葉にする。


「“箱”の中身は分からんが、私を呼び出すところを見ると、狙いは私かも知れんな」


「ケイバン様を?」


意外そうな反応を示したのはマリーゼとメルモである。

これまでの経緯については聞いていたが、そこにはケイバンを狙う理由など見当たらない。

ケイバンが“フュスレ”の女と戦った場所に居合わせなければ想像もつかないであろう。

ケイバンはマリーゼとメルモの驚きの視線に照れ笑いしながらその時の様子を話す。


「当初の目的は“箱”のはずだったが、私を襲った“フュスレ”使いがどうも私に興味を持ったらしい」


「“フュスレ”使い!」


ケイバンの話を聞き終わったメルモはさらに驚きの声をあげ、マリーゼは声を上げずに表情で驚きを表現した。


「女・・・」


そうつぶやいたのは、先ほどから何か難しい表情で黙っていたモデナである。

そしていつの間にか聞き耳を立てていたソロもつぶやいた。


「“騎士”の血か・・・」


ケイバンもその言葉に目を閉じて頷く。

いやその場にいた全ての者がその言葉の意味に思いを馳せる。

“騎士”・・・古より“オゥーガー”に対抗できる者・・・不屈の魂と体を持つ者・・・しかしそれは荒ぶる闘争心の塊。

より強い者への憧れは、自身で証を立てねば治まらぬ運命。

それはここにいる者たちも同じ血を受け継いでいるはずである。

今でも語り継がれる“騎士”が生まれるためには、その数以上の“騎士”のともし火が消えたに違いない。


ケイバンに真っ向から挑もうとしている以上、“フュスレ”の女の技量はうぬぼれにしろそれまでの実績があるからだろう。

ましてや“フュスレ”を使っている以上剣技は並みのものではないことは確かだ。

目の前にいるケイバンとは格の差が明白である現時点では考えもしないが、それでもいつの日かケイバンと対峙してみたいという本能にかられるかも知れない。

そんな意味ですっかり蚊帳の外となったチェシャ以外の“シスレィ”の面々は、それぞれ“フュスレ”の女に嫉妬に羨望といった複雑な思いを抱きつつ、ケイバンに挑む“フュスレ”の女とその“騎士”の血の意味を改めて噛み締めていた。


わずかな沈黙の時間が過ぎる。

その時、ソルやケイバンが何かの気配に反応する。

遅れて気付いたモデナやマリーゼも立ち上がり、剣の柄にすばやく手を掛ける。

やがて階段を数人で上がる足音と鎧を擦り合わせた金属音が響いてきた。

部屋の中の全員が注視する中、ドアが開かれ白いマントを纏った男が現れる。

そして部下であろうか、男の後ろには2,3人の兵士が見えた。

(昼間の男か・・・)

ケイバンは落ち着いた様子で座りながら昼間のことを思い出し、刺す様な目線で睨みつける。


「何者!」


モデナがすぐに問いただす。

今にも斬りかかりそうな勢いである。

白いマントの男は“ふん”とモデナに一瞥し、知っていたかのようにケイバンに向かって言い放つ。


「おい、おぬしがケイバンか」


「いかにも」


目線は睨みつけたままでケイバンが素直に答える。

特に剣に手を握り臨戦態勢ではないが、いつでも掴める位置である。

その気になればケイバンならばすぐ反撃に移れるであろう。

だがあえて座ったまま相手の言葉を待つ。


「我はエグゼバ。ベッキア公より騎士団を預る身。領主殿が聞きたいことがあるそうだ。来てもらおう」


ケイバンの待っていた言葉は、さほど正当性のない言葉と高圧的な口調であった。

ケイバンはさして気にもしなかったが、モデナとマリーゼは気に障ったのか実力行使に出ようとした。

だがソルに手を掴まれ気勢を削がれる。

そんなソルを振りほどこうともしたが、ソルの力は強くびくともしない。

そしてソルは何か言おうとしたモデナに小さく首を横に振った。

そんな3人のやり取りを視界の隅で捉えながらケイバンは言葉を返す。


「ほう、騎士団の長が直々に。だがこちらには領主殿に聞きたいこともなければ、興味を持たれる理由に覚えはない。断るわけにはいかぬのか?」


「断りたければ断ればよかろう」


“随分寛大なわりに強引なものいいだ”と、ケイバンはなかば感心、なかば呆れ顔で立ち上がる。


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