2 マリーゼ、メル
「メルモは右ね」
両手で双剣を構え、黒色の鎧を纏った剣士が僚友に向けて言葉を発した。
髪は薄い茶色で長い髪を後ろで縛りまとめ、何処か知的な印象の顔立ちの女性である。
「わかりました」
メルモと呼ばれた人物はそう答え、黒色の鎧の剣士に小さくうなずく。
メルモは幅が広く長い剣、いわゆる大剣を下段に構え、鈍い光りを放つグレーの鎧を着込んでいた。
そんな会話を交わす二人の目の前には、“デトニクス・カッツェ(荒ぶる飛べない鳥)”が対峙し、ちょうど鼻息も荒く、今にも突進してきそうな様子で足元を掻いていた。
距離にして、二人から15mほどの所であろう。
この二人が、先ほどのモデナが向かった仲間の連れである。
大剣がメルモと呼ばれる人物であるならば、残る双剣がマリーゼであろう。
二人は“デトニクス・カッツェ”を軸に左右に移動する。右にメルモ、左にマリーゼ、相手から目を離さず、静かに移動する。
“デトニクス・カッツェ”様子を探るようにはキョロキョロと左右を窺う。
より小柄な体格に目をつけたのか、メルモのほうへ一声の雄叫びと共に突進してきた。
メルモは体に似つかぬその大剣を盾代わりに防御体制を取り、マリーゼはその場から突進した。
“デトニクス・カッツェ”はメルモの目の前までジャンプすると、まるで餌でも啄ばむかの様に激しく前後に首を振ってメルモを攻めたてた。
その嘴は細かい鋭い歯が並び、首を振るたびにメルモの盾にした大剣へと金属音と共に激しい衝撃を与える。その隙にマリーゼは、動きの止まった“デトニクス・カッツェ”の背後に身を滑らせ、双剣を大きく振りかぶる。
しかしマリーゼの動きを察知した“デトニクス・カッツェ”は、その長くて大きな足で反撃を試みる。
だがそんな隙を見逃していたら冒険者として生き残れない。
すかさずメルモは1歩下がり、大剣を振れるスペースを確保すると短い発声と共に豪快になぎ払った。
「ハァッ」
「グギョー!」
痛みか怒りかはわからないが不気味な悲鳴をあげ、短い羽を大きく広げ、その場で狂ったように“デトニクス・カッツェ”はジャンプする。
確かに“デトニクス・カッツェ”の胸の辺りを横真一文字の軌道を描いた剣であったが、浅かったようである。
地団駄を踏み、怒りを顕にする“デトニクス・カッツェ”。
しかしここで勝負は決した。
「ヤァッ」
その背後へと再びマリーゼが突進し、一気に双剣乱舞を叩き込む。
その一刀ごとに黒や白の羽と赤い血が舞い散る。
ほんのつかの間の出来事ではあったが舞い散った羽が振り落ちる頃には、その場に大きな“鳥“が横たわっていた。
そしてその向うには、返り血を浴びた鎧姿の剣士がたたずんでいた。
「おみごと」
マリーゼは背後からの声にふりむくと、軽く拍手をするモデナが立っていた。
「来ていたのですか」
剣を鞘に収め、汗を拭いながらマリーゼが応える。
「ええ、ちょうど今さっきね」
「もう少し早く来てくださいよ」
明るい口調で苦情を訴えたのは二人に近寄ってきたメルモであった。
「これでも剥がずにきたのよ」
「ふふっ、だとすると向うは・・・」
モデナの返答を横で聞きながら早くも屈み込み、解体を始めたマリーゼが呟く。
そのマリーゼの呟きに目が覚めたかのようにメルモが大きく目を見開く。
「まさか、チェシャが解体を?」
メルモが心配そうな顔で姿の見えない僚友の名を上げる。
モデナは当然というように腕を組み、深く頷く。
横ではマリーゼも苦笑しながら“デトニクス・カッツェ”の解体を進めていた。
メルモはあきらめたように空を見上げ、目を手の平で覆い、大げさに嘆く。
「あらら、また二度手間だぁ」
チェシャは仲間の中では最も年下で新人である。
特に今のところ“狩り”にかけて心配は無いが、その後の最も大事な仕事、素材の回収には不安要素だらけであった。
通常狩りには捕獲と討伐があり、当然捕獲は捕まえて獲物を連れ帰るので、素材の回収はない。
しかし、討伐は獲物から取れる爪や牙といった素材の回収が大きな収入となることが多い。
この場合、獲物が大きいだけにそのまま持ち帰る訳にはいかず、必要なものを剥ぎ取って持ち帰ることが通常である。
ところが獲物によってお金になる部位が違うので、ベテランになれば当たり前のことでだが、新人では知らないことのほうが多い。
何も知らず、爪や牙だけを持ち帰ってもお金にならない場合が多かった。
「ふふっ、しょうがないじゃない、慣れるまでは時間がかかるものよ」
マリーゼのフォローに続いてモデナも続ける。
「あなただって、気持ち悪がって触ろうともしなかったでしょ。”フグリ”とか」
「それはぁ・・・」
メルモはバツが悪そうに言葉を濁す。
フグリとは魔獣の精巣部分である。
きちんと処理して売れば、強壮剤の原料となるらしく高く売れる。
「ふふっ」
それを見ていたマリーゼが、思い出したように下を見て吹き出す。
「あぁ、笑ったでしょう」
メルモはすぐに反応し、むくれて抗議の声を上げる。
「それじゃあ、チェシャの所に戻るわね」
メルモの抗議をよそにモデナはその場を跡にする。
戻ってみるとチェシャは鼻歌交じりで携帯コンロを広げ、肉を焼き始めていた。
解体のほうはというと豪快に二本の足が切り取られ、胸肉の部分が削ぎとられていた。
その横には丁寧にも“デトニクス・カッツェ”であったものを埋める穴まで掘ってあった。
「あ、どうでした?“ホック(捨て穴)”も掘っておきましたよぉ」
屈託ない笑顔を浮べ、手を振ってくる。
”まあ、確かに食べられるけどねえ”
今回の狩りはモデナ達が住む街、“アコース”の郊外にある“デニス・ワルト”という森近辺に“デトニクス・カッツェ”が大量に出没するということで依頼が出たからだった。
街に近くはないが隣街とを繋ぐ大事な道に近いため、排除しておく必要があったのだ。
“デトニクス・カッツェ”自体好んで人を襲うことはないが、人よりも大きい。
襲われれば死人も出るかもしれない。
少数であれば食用に狩ることもあるが、10頭、20頭と群体になると危険なので、冒険者に依頼が出るのが通常だ。
今回もそのはずであったが、来てみれば10頭にも満たなかった。
「ありがと。でもね“デトニクス・カッツェ”は翼の骨が高く売れるのよ」
「え、そうなんですかぁ。爪と足の骨だけかと思ってました」
「でしょう。この骨は軽くて強度があるから結構需要があるの。覚えておきなさい」
「へぇ、なるほど、知りませんでした。じゃあ、とっておきますね」
モデナの話に感心しながら肉を焼くのをほっぽり出して、すぐに羽の回収に取り掛かる。
確かにチェシャは、まだまだ経験が浅い。
不安要素も多いが、この陽気で素直な性格にモデナも期待している。
また、マリーゼやメルモも妹のように思い、その成長を楽しみにしているのだった。