19 アムス
やがて外の世界が本格的に静寂と闇に支配された異世界に変貌を遂げる頃、店の中も本格的に活気を帯びてくる。
これも人の世の非日常的世界、もしくは異世界なのかもしれない。
店の中はさきほどよりも大分騒がしくなり、怒鳴り合う声や笑い声だけでなく、食器がぶつかる音や椅子をずらす音など、様々な雑音が飛び交うようになってきた。
隣の者の声でさえ、かき消されてしまうほどだ。
そんな中、ケイバンとソルの卓に手をつき、声を掛けるものがいた。
「お二人さんも、仕官の口ですか? あ、すいません、混んでいるので相席しても?」
銀色の頬当てを着け、茶色い外套を纏った若者が申し訳なさげに声を掛けてきた。
顔が細く、体のシルエットからはやさ男にしか見えないが、頬当てをしているからには冒険者であることは間違いないだろう。
「まあ、しょうがないだろう」
ケイバンは頷き、ソルも同意する。
特に聞かれて困る話をしているわけではないし、周りを見渡せば、確かに空席が少ない。
酒場で相席することなど特に珍しいことではないし、相席を楽しみに通っている者もいるほどである。
むしろこの世界では、相席を断る方が無礼であり、何か事情を持った輩と思われ、よけい注意を引くことになる。
ケイバン達の同意を得て、茶色い外套の若者は椅子に腰を落ち着かせ、早速手を上げて給仕を呼ぶ。
上げた腕から外套がずれ、青みを帯びた篭手が店内の明かりを反射させた。
青みを帯びた篭手は、手の甲に装甲が張られた軽装甲のような造りであった。
帯剣も見えないということは外套の下。
恐らく小剣か双剣といった機動重視型の武器であろう。
それらから推測するとソルと同じタイプのヴューラーであろうか?“などとケイバンが思考していると、若者が注文を終え、ケイバン達に向き直り口を開いた。
「アムスと申します、やはり“狩り”を?」
何かを期待したような目つきでアムスと名乗った若者は、ケイバン達を仕官待ちの冒険者だと思ったらしい。
ケイバン達も名乗り、それにはソルが苦笑交じり答える。
「そうゆうことらしい」
真実ではないが、一から説明するほど暇ではないし、義務もない。
こういう場合は相手に合わせるのが処世術である。
特に話したところで都合が悪くなるわけではないが、好奇心旺盛そうな目を持つ若者には刺激的な話は禁物である。
だが、答えたソルはすぐに後悔した。
アムスのさらに見開かれた目を目の当たりにして、“やはり旅人ぐらいにしておいたほうがよかったかもしれない”と思い直した。
「やはりそうでしたか。お二人のお姿を見てそう思ったのですが。お声を掛けさせてもらってよかった。私もそういわれたのですが、例の噂を聴くとどうも気が進まなくて。」
そう言ったアムスの目は救われたような光を放ち、その言葉の先まで訴えかけるようであった。
隣でソロの心中を察し苦笑していたケイバンだったが、アムスの言葉に興味を示す。
「“キューラス(大蜘蛛)”か?」
しかしケイバンの疑問に対するアムスの反応は、ケイバンの期待したものではなかった。
「それもそうですが、新入りが狙われているっていう噂の方が気になるんですよ」
アムスは肩を落とすように言葉を吐き、今度は沈痛な趣で下を向いた。
なんとも喜怒哀楽の激しい若者であった。
そしてさらにアムスの言葉は続く。
「せっかく仕官の口が見つかるかもと思って来てはみたものの・・・、私なんかではとてもとても・・・」
ケイバン達は、たしかにアムスの言ったように行方不明の多くが新入りと聞いていた。
もし“キューラス(大蜘蛛)”が相手であるならば、予備知識の少ない新人が襲われる確立が高くなることは当然である。
ベテランでさえ突然襲われれば対応に苦しむことであろう。
そういった点ではアムスの言った“”新人が狙われている“というのは誤解である。
しかしそれが誤解であろうとなかろうと、アムスには関係のないことなのであった。
どちらにせよアムスのような新人冒険者にとって、“キューラス(大蜘蛛)”はあまりにも危険な敵であるのには変わりはない。
そこでアムスの目に留まったのがケイバン達であった。
見た目にもベテランの風格があるケイバン、話しかけやすそうなソルとならば狩りに出ても大丈夫だろうという計算なのであろう。
確かに絶対とは言い切れはしないが、ケイバン達と組むことになれば生き残れる可能性は大きく変わることであろう。
だがもし、ケイバン達がアムスと同じ理由で狩りをするにしても断るであろう。
アムスを仲間にすることは、ケイバン達の危険が増えることを意味するからだ。
ましてやケイバン達の状況はアムスとは違う。
「まあ、そういうな。冒険者ならば“騎士団”を望むのは当然。ここは我慢して功を立てるしかないだろう。早目に何処かのパーティーに潜り込めばなんとかなるさ」
ソルがアムスの言葉をさえぎり、言わんとすることをやんわりと断る。
止められたアムスは口を開けたままソルの言葉を聞いていたが、断られたことを悟ると両肩と首を落としてしょぼくれた声でつぶやいた。
「そうですよねえ・・・。やっぱりそうですよねえ・・・」
そんな忙しく感情を変化させるアムスをケイバン達は呆れ顔でなだめていると、別の声を掛ける者がいた。
「ケイバン様?」
「ん」
女性の声に名を呼ばれたケイバンだけでなく他の二人も声の主の方へと顔を向ける。
テーブルに顔を伏せていたアムスもだ。
ケイバンが振り向けば、見覚えのある顔が立っていた。
ベージュ色のマントを纏い、薄い茶色の髪をした女性だった。名前は確か・・・。
「マリーゼ殿!」
うれしそうな声でその名を告げたのは、案の定ソルだった。
ソルから名を告げられたことに不満があるのか、マリーゼは不服そうな視線をソルに一瞥し、ケイバンに向き直り頭を下げる。
「今朝まいりました」
マリーゼが用向きを伝え、ケイバンは手渡された手紙を読む。
「そうか・・・、恐れ入る。全員無事で着いたか?」
「はい」
ディバレンスの方でもいろいろと情報を当たらせたが、目立った収穫はなかったことも綴られていた。
ただしやはり近年“フィスレ”を狩る者がいるという噂が、場所ははっきりしないがどうやら北のほうで囁かれていたらしい。
だがそれだけであり、特に“フィスレ”の女を何者かと特定できるものではなかったらしい。
「今のところそれといった情報も無ければ、打つ手もなしといったところか」
ケイバンの溜息とも取れる言葉に、マリーゼも何も言えず目を伏せることでしか答えられなかった。
そんなマリーゼを見て取ったのか、ケイバンはマリーゼに視線を向ける。
「なあに“シスレィ”に来てもらえただけでも助かる。頼りさせてもらう」
少なくともケイバンは本心からそう言った。
前進ではなくとも心強い味方であると。
そんな心からの言葉を聞きマリーゼも笑みを浮べ、静かに“はい”と一言だけ頷いた。
一通りケイバンと合流を果たせたマリーゼが落ちついて辺りに目を巡らせると、ソルのほかにも見知らぬ者がいることに気がついた。
「ところでそちらの方は・・・」
ケイバンとマリーゼのやり取りを不思議そうに眺めていたアムスだが、突然自分に話を振られたことにあわて、たどたどしく自己紹介をするはめになった。
「新人冒険者のアムスと申します。この方もお仲間ですか?どうぞお見知りおきを」
先にケイバン達のテーブルにやって来たときの図々しさとはうって変わって、まるで見合いの席のような自己紹介の仕方であった。
「いや、こちらは仕官で来られたわけではない。ただの旅の途中だ」
自分達への挨拶とは違う姿を見てソルが不満そうに、ぶっきらぼうに代弁した。
しかし、マリーゼに視線が釘付けのアムスにはお構いなしである。
冒険者の中では特に女性が少ないということはないが、確かにマリーゼのように知的な雰囲気を持ったタイプはあまりいない。
他の客の視線も時々、マリーゼに向くことがその証であろう。
「へえ、そうなんですか。でも“冒険者”ですよね。どちらの方ですか?」
「・・・」
アムスにとっては興味本位の質問であったが、答えるマリーゼにとっては難しい質問であった。
理由が理由だけに答えて良いものか分からず、ケイバンに目配せをする。
さすがにそんな様子に気付いたのかアムスも引き下がる。
「あ、これは失礼しました。初対面なのに浮かれてしまって」
またもや明るくなりかけたアムスの表情が暗くなる。
うつむいて耳を赤くし何やら恥じ入っている様子であった。
さきほどからまるで油の切れかけたランプのような変化である。
激しく表情に変化見せるアムスを横目に、ケイバンは何やら羨ましい思いで眼差しを向ける。
一瞬会話の途切れた場であったが、そこは慣れた者が声を上げた。
「なあに、女性の“冒険者”の前では誰もがそうなるさ。なあ、マリーゼ殿」
横からアムスのフォローとばかりに口を挟むソルがマリーゼに投げかけた。
ソルの馴れ馴れしい言い方はいつものことである。
特に相手に喧嘩を売っているつもりではないんだが、相手次第では癇に障る言い方なのだろう。
やはりソルの軽口に機嫌を損ねたのか、マリーゼは睨み返して遺憾の意を表したようだ。
それともここにきてパーティー・リーダーの“尻を触った男“への怒りが限界点を超えたのか。
目を細め、攻撃的な視線がソルへと送られる。
知的な容姿も怒らせればひどく冷徹な容姿へと変貌する。
あと一言ソルの口から言葉が出ようものなら剣の柄にマリーゼの手が伸び、ソルへと踊りかかるような気配であった。
だがそのくらいでソルが萎縮することはない。
むしろ喜んで相手を挑発するのがソルである。
ほおっておけば一騒動起こりかねない状況である。
騒動を興すのは勝手だが、宿のそばの店での騒動とは都合があまり良くはない。
見かねたケイバンは仕方なく切り出す。
「それではすまんが、これからマリーゼ殿から旅の話を聞くので、下がるとするよ」
そういってケイバンは食事の代金をテーブルに投げ出し、立ち上がる。
まだソルに威嚇の視線を送るマリーゼの肩を軽く叩き、店の出口に誘う。
続いてソルも立ち上がり、代金をテーブルに投げ出す。
ソルとマリーゼのやり取りに何やらただならぬ緊張感を感じ、押し黙っていたアムスがここにきてやっとのことで口を開く。
「怖い方ですね・・・」
アムスは独り言につぶやき、ソルを見上げた。
ソルは、アムスのほうへ向き、“ニカッ”と笑みを浮かべ出口に向き直りながらさらりと言ってのける。
「そうか、女はみんなあんなもんだよ」
“どこからそんな自身が・・・”と思いつつも自信を持って答えたソルをアムスは見送った。
やがてソルも姿も見えなくなり、残ったアムスもどこか移るのかと思われたが、すぐに一人の男がテーブルの一席に座った。
小剣を腰に吊るし、安物の防具に身を包んだ男だった。
座った男はアムスに挨拶するわけでもなく、正面を見据えたままアムスのすぐ横に座る。
アムスも男に挨拶をするわけでもなかった。
その表情は先ほどまでとはうって変わって、感情のない表情である。
「“シスレィ”とマリーゼで、集めてくれ」
座ったばかりの男にそう告げたのはアムスである。
感情のない事務的な言い方であった。
アムスから言われた男は注文もせずすぐに立ち上がり店の出口へと向かう。
アムスはその男に一瞥もせず、腕を組み、目をつぶる。
何かを考えるかのように。
騒がしい店内にポツンとアムスのテーブルだけが忘れ去られたかのように時間が止まる。
やがていつのまにかアムスの姿も店からは掻き消えるが、夜はこれからである。
誰が店にいようが深夜までバカ騒ぎは続いていく。




