18 マシリオ・ハッシネイ
街の代名詞とされる“タウリ(地方独特の民家)”の白い壁の街並みが夕日に染まり、ほのかな赤みを帯びる頃、歩く人々は家路を目指す。
にわかに漂っていた潮の匂いも山からの風に変わり、昼間熱を帯びた街が冷まされていく。
夕日が完全に海へと沈む頃には街も様変わりし、街の印象をわずかな時間で変えていく。
各家の窓からは明かりが漏れだし、夕食の準備であろうか、煙突からは煙の長い尾がたなびき出す。
だがそれにも増して、いくつかの明るく賑やかな場所があった。
陶器がぶつかる音や陽気な人の声、場所によってはこの地方独特の音楽まで流れている。
アコースもこれほどまで活気はないが、同じようなものである。
光の届かない世界の中ではどの街でもそう、ここだけは別である・・・、酒場だけは。
「で、ソル、どうだった?様子は」
到着したばかりのケイバンは、すでに一杯目を飲み干さんとするソルを店の片隅で見つけ歩み寄った。
マントを着ずに平服に着替えたソルが、ケイバンの方を向いて手を振っている。
どうやら先に着いて、装備を宿に預けてきていたようである。
ここはケイバン達が泊まっている宿の近くにある酒場だ。
夕食ついでにソルとここで落ち合うことになっていた。
ソルは発泡酒の入ったジョッキを片手に気持ち良さげな顔でウインクをしてみせる。
「最近見かけない集団を見かけたか聞いたが、それらしいのは見てないとよ」
小皿に乗った豆をつまみながら、つまらなそうに喋る。
「まあ、そうだろうな」
「ケイバン、そっちは?」
ソルの向かいに座り、寄って来た店員に注文を指示しながら、ケイバンは応える。
「ああ街中は人が多くて、紛れればわからんよ、あれでは。それに仕官を探す者が最近多いらしく、俺達のような輩が多くて、怪しくても見分けがつかんそうだ」
「そうらしいな。俺達だって街の連中から見れば十分怪しいからな。おかげでギルドにも依頼にあふれている“にわか冒険者”で賑やかだったよ」
依頼を掲示する場所にあふれんばかりの“冒険者”。
その光景を思い出し、二度と行くものかとソルは思い返す。
仕官するためとはいえ、ソルから見ても盗賊あがりで力自慢のような奴が多かった。
いくらなんでも騎士団には相応しくない奴の溜まり場のような状態だ。
そのためソルはそのような輩を指して、“にわか冒険者”と呼んだのである。
「だろうな。……ソルよ、聞いた話だと行方不明者が出ているらしいな」
“試験”のことを街で聞いて予想はしていたが、ソルが言うからにはよっぽどひどいらしいと苦笑しながら、果物売りの店主に聞いたことをソルにも話した。
「ああ、11人だったかな。そのうち新人が10人だとさ。今日も一人増えたようだ。どれも“ガッソ”や“デトニクス・カッツェ”なんかの簡単な依頼なんだがな」
椅子の背にもたれてあきれた様子でソルは訂正した。
“ガッソ”は“アベル”では最も一般的な“魔獣”の一種である。
“魔獣”の中では小型種に位置し、二足歩行の肉食種で、大きくても人の二倍ほどである。基本的には森の中をテリトリーとしているが、複数で行動し、時々人も襲うほど獰猛であった。鋭い牙や前足を武器とし、体表は全体的に茶褐色をしており紺色の斑の模様がある。
“ガッソ”や“デトニクス・カッツェ”みたいな小型種を相手に命を落とす“冒険者”は稀である。
まず襲われて落命する者はいないだろう。
そのほとんどが“狩り”中の事故である。
「ほう、・・・場所は限られているのか?」
ケイバンの反応は鈍く、丁度やってきた食べ物に手を出しながら聞き返した。
「まあ、おおよそだがね。ドゥラー山脈の麓、オゥーガーズ・テラーの境界近辺の森だそうだ。依頼は領主や商人だそうだ」
“オゥーガーズ・テラーの境界近辺か・・・”
さらに盛られた肉をほおばりながら、想像力を働かせる。
確かに“ガッソ”が好みそうな森が広がる麓ではある。
ましてやドゥラー山脈といえばオゥーガーズ・テラーだし、その麓の森となれば何がいてもおかしくはなかろう。
例え“オゥーガー”でもだ。
ただいくらなんでも、こう立て続けに“冒険者”がやられることもおかしい。
ケイバンがそんな思考を繰り返しているうちに、ソルには珍しい真面目な口調がケイバンの耳に届く。
「“キューラス(大蜘蛛)”を見たものもいる」
まあ、普通の人が聞けばそれが普通の口調なのだが、ケイバンの興味を引きつけるには十分であった。
ケイバンは口に肉を運ぶのを止め、ソルに目を向けた。
考えていなかったわけではないが、可能性は非常に薄いものであった。
むしろケイバンにとっても意表を突かれた言葉であった。
そうなるとケイバンにも話の先は見えてきた。
「となると、“マシリオ・ハッシネイ(八目の悪魔)”か?」
ソルは静かに頷き、さらに付け加える。
「糸が見つかっているそうだ。青のな」
“なるほどな”とケイバンは独り言をつぶやき、運ばれていた果実酒を一口あおる。
“マシリオ・ハッシネイ”は“魔獣”の一種で、大型種に位置する。八足歩行の肉食種であり、“キューラス”の王であるといわれている。
“マシリオ・ハッシネイ”は自分のために“キューラス”を生み、使役する。
一言で言えば、自分で子分を生める生き物なのである。
普段は山岳地帯を住処とするが、餌がなくなれば時々家畜や人を襲いにやってくる。
鋭い牙を持ち、臀部から出される粘着性の繊維、これを“糸”と呼ぶが、その“糸”で生物を絡め取り餌とする。
またその“糸”は青く、人を不愉快にさせ、絡め取られると麻痺してしまう特性がある。
体表は全体的に灰色をしており、緑の体表に覆われている。
頭部には赤い八つの目があり、それが名前の由来となっていた。
なお子どもの“キューラス”は人ほどの大きさで、体表は全体的に黒褐色をしており、黒の体毛に覆われ、頭部には赤い五つの目となっていた。
ケイバンも過去に出逢ったことがあり、てこずった苦い思い出である。そんな思いからかあまり相手にしたくない相手であった。
「やっかいなのが降りてきているな」
愚痴のようなケイバンの一言に、ソルはらしくないと苦笑する。
「なんださすがのケイバン殿でもお気に召さないか、“キューラス”は?」
「まあ、森とはいっても地形的にどんなとこか分からんが、奴とわかっていなければ不意はつかれやすいな。なんといっても“糸”はやっかいだ」
ソルの挑発もいつものこと。意に介さずケイバンは行方不明になった者たちの弁護を試みる。
「まあ、森の中で何が起ころうとも、今の俺たちにはかまってはいられんだろ」
「そうだな。しかし、他国とはいえ山一つ挟んだ・・・」
「今はクリスだろ」
「そうだな・・・」




