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17 ベッキア卿

「さて、ご苦労であったな、エグゼバ・ファマリース」


そう言って、男は片手に持ったグラスを揺らした。

見事な彫像が建ち並ぶ大広間の奥に、人よりも大きな背もたれのある椅子に腰掛た男である。

遠慮もなしに太ったその体を無理やり椅子に押し込め、見下すようにその前にいる白地のマントと銀の鎧を纏った男に告げた。

男は片膝を着き、頭を垂れていた。

その男の名はエグゼバ(エグゼバ・ファマリース)。

エグゼバは先ほどケイバンが街で見た私設騎士団の先頭にいた男である。

騎士団の先頭にいた以上、エグゼバは“ブラム・エグゼバ”(私設騎士団)の団長なのであろう。

白地のマントには金色の“マイ・ノカス”の紋章が刺繍されており、薄暗い部屋の中で自分の存在を誇張しているかのように浮き上がって見えた。

そんなエグゼバが膝を屈し、頭を垂れる人物といえば、当然ここ“マイ・ノカス”の領主である。

ここ“マイ・ノカス”の領主といえばベッキア卿、“ロデリオ・フィリア・ベッキア候爵”その人である。

この爵位に関してだが、公爵・侯爵などは所領に対して与えられているのであって、家に対するものではない。

重要な領地にはそれなりの爵位名が付けられ、そこを任せられた場合に爵位を授けられることになっていた。

また卿は有爵位者全てに対する敬称として使われていた。

ということは、ベッキア候爵もそれなりに努力して認められて今の地位についたわけであるが、今となってはその努力も怪しく思える。

紫色の衣を纏い、金の装飾品で身を固めたセンスは、誰がどう見ても悪趣味である。

前に控えるエグゼバはさすがに口には出さないが、街の者たちが領主の悪口を言うときは、税のことよりも美的センスを挙げる者が多いというのもうなずけた。

まあ、美的センスなど仕官している者にとっては些細なことである。

声がかかれば返事をするだけである。


「ははっ」


再び膝を着いたままエグゼバは頭を垂れた。

いつもの光景お眺めながら横にあるテーブルにグラスを置き、ベッキア卿は再び声をかける。


「して、どうであったかな、パトキシュア卿のご機嫌は?」

「ははっ、上々でございました」


エグゼバは顔を上げ、挨拶を兼ねた連絡の様子を伝えた。

パトキシュア卿というのは、ここ“マイ・ノカス”より北にある街、“ジュイ・ニーザ”の領主、“デューラ・シール・パトキシュア伯爵”ことパトキシュア卿のことである。

エグゼバの返事にベッキア候爵は満足げに笑みのような表情を浮かべ、もみ手をする仕草までしていた。

よほどパトキシュア伯爵の返事が朗報なのであろう。


「うむ、ということは然るべき時にはご助力賜れるということであるな」

「“左様にお伝えくだされ”とのお言葉でございました」

「うむ、そうか、そうか、ありがたいお言葉であるなあ。これで時が来ればアグ・・・、いや国が一つになることができる」


ベッキア侯爵は首さえも判別できぬような顔の肉を緩ませて笑う。

そんなベッキア侯爵を見て、我が主君ながらおぞましいと内心思いながらも表情を読まれまいと、顔を伏せてエグゼバも答える。


「パトキシュア卿も同じようにお話になっておられました」

「そうであろう、この辺境、国境周辺の治安と発展に我々がいかに尽くしてきたか。それをジルベッサめ・・・、その富を中央で吸い上げ国力の充実を図るなど・・・、奴の口車に乗る国王も国王だ」


ベッキア侯爵が罵るジルベッサとは、“ジハイル・セマリオ・ジルベッサ大公”のことである。ジルベッサ大公は“シェンツィ・グラノス(熱き国)”内における国政の中心である“三大公バル・ジ・オネート”の一人であった。

“三大公”は内公・外公・軍公の三公からなり、国王を支え、国王の指示により実行する国の中でも国王に次ぐ地位である。

ジルベッサ大公はその中でも外交を司る“外公オネート”であり、その性格はしたたかさもあるが実直であり、他国の文化と富により国内の益を図ろうとする施策を旨とし、国王からの信頼も厚いといわれているほどの人物であった。

そのような人物をベッキア侯爵が罵るには訳があった。

ジルベッサ大公は国王の信頼をいいことに内政にも干渉し、税率を上げずに上納金を上げて国政にまわすよう、しきりに進言をしているという理由である。

だがそれだけではない。

国政にまわされた収入のその多くは外交まわされることとなる。

その大半は“グラノス”が管理する貿易公社を発足させ貿易交渉を行い、貿易による直接の収入も得ようとするものであった。

これは貿易によって大きく収入を得る貴族階級、または支配階級にとっては大きなライバルが現れるようなものである。

当然、交易都市の代表格でもある“マイ・ノカス”を納めるベッキア侯爵にとっても無視できるものではない。

何しろ自分の取り分が減るだけではない。

公社が発足するということは当然、貿易公社は“マイ・ノカス”を交易基地として利用するであろう。

そうなれば、国のスパイを受け入れるようなものである。

今まで“マイ・ノカス”を好き勝手に取仕切っていたベッキア候爵にとっては、首に鈴を付けられるようなものである。

まさしくベッキア侯爵にとって死活問題であった。

それは同じく交易都市であり、国境沿いの街“ジュイ・ニーザ”の領主パトキシュア伯爵も同様であった。

しかし、ジルベッサ大公の進言には国王も興味を寄せる要素が大きく関わっていたのである。

むしろジルベッサ大公の意図するところがそこに集約されるのであろう。

それは政治戦略的要素であった。

現在“アベル”中央に位置する“グラノス”は南北の国に挟まれ、枕を高くして眠れない状態である。南の“レイア”、北の“ラフ・グラン・バウ(祖を継ぐ帝国)”という大国である。

大戦後15年であるが、いまだ予断を許さない状況の中、いつ攻め込まれてもおかしくはないのである。

いくぶん南の“レイア”に関しての交流はあったのが、北の“バウ”は依然として交流も少なく、国境付近では不安な毎日が続く状態である。

そこでジルベッサ大公は交易公社を隠れ蓑に南の“レイア”と融和を図り、少なくとも“レイア”との友好関係を恒久的なものとし、北だけに注意を注げる状態にすることが“グラノス”の益になることに思い至った。

本来ならば北と南の国を滅ぼしてしまえばいいことではあるが、さすがにそこまでの戦力と資金の余裕はない。

例えあったとしてもこの“アベル(大地もしくは星)”での最も大きな制約がそれを阻みむであろう。

大きな制約とは“エル・ド・オゥーガー((いにしえ)の言葉で覇王(はおう))”である。

“エル・ド・オゥーガー”はこの広い“アベル”で所々にテリトリー(不可侵地域)を持ち、これを破る国あらば15年前の繰り返しとなることは必定であるためだ。

現在の北と南の国境はどちらもこのテリトリーに近く、容易に進軍することは難しい。

ただし、北の国境は事情が少し違ったのである。

北、“ラフ・グラン・バウ(祖を継ぐ帝国)“との国境のには、” ジオ・ジジャ・ネイル(疾風竜)“こと”ジジャ“のテリトリーが横たわっていたのだが、その”ジジャ“の姿が15年前の大戦を機に姿が見えなくなっていたのだ。

今もってその確信はないが、もしそのことがはっきりすれば、当然”ジジャ“のテリトリーの意味はなくなり、進軍さえも用意となることが考えられた。

そのため北の“ラフ・グラン・バウ“への警戒と防備が必要であり、交易による情報収集と資金調達が急務となっていたのである。

だがベッキア侯爵を代表する一部の諸侯には、そのようなスケールの理解は難しかったらしい。

特に私利私欲に励むベッキア卿は、そのジルベッサ大公の足を引っ張るべく、意を同じくするパトキシュア伯爵としきりに連絡していたのであった。


「しかし、いよいよだ。国王の崩御が始まれば、また我等の方へと“シェンツィ・グラノス(熱き国)”の旗がはためくぞ」


喜びの表情でベッキア侯爵が再びグラスを手にして声を上げる。

それに合わせてエグゼバも調子を合わせる。


「御意に」


しかし、ベッキア侯爵がほころんだ顔見せたのもつかの間、一瞬にしてふとその表情を戻した。別の何かを思い出したようだ。


「ところで、“ワン・シェイ”のほうに動きはないだろうな」


“ワン・シェイ”とはジルベッサ大公が領地を構える交易都市である。

“グラノス”の中央よりやや北に位置し、北の玄関口になる。

ここを通り南西に向かえば“レイア”に至り、南東に向かえば“グラノス”の王都“シェンツィ”に至る。南北を縦断する公路の真っ只中にあり、外交の拠点とするに相応しい場所であった。

それだけに交易も盛んにおこなわれており、王都“シェンツィ”よりも賑わいのある街とされる。

当然エグゼバも抜かりはない。

当面の敵とまではいわないが、ジルベッサ大公の動向は把握してある。


「はっ、今のところ大きな動きは。相変わらずジリア大公との連絡はあるにせよ、なかなか取り込みがうまくいっていない様子」

「そうであろう、あの堅物と取引などしても誰も喜びはせんわ。ジリアの案山子が動かなければそれでいい」

ベッキア卿に案山子と評されたのは、軍公こと“デフ・デュッフ・ジリア大公“である。“バル・ジ・オネート”(3大公)の一人で軍を掌握する“オネート”(大公)であり、その忠誠は“オゥーガー”の鱗よりも硬いと評された人物である。

どんな政争にも関与せず、王に対してのみ忠実であり実直であった。

これまでのところ政争に対しては中立というよりも距離をおいて静観しているようであった。

エグゼバもそうであるが、ベッキア侯爵にとって最も恐れているのがジリア大公である。

何しろ軍の実権を握った人物である。ジリア大公自身の剣技もさることながら、そのカリスマ性と統制力は過去に例を見ないほどのものである。

それほどの力を持ちながらも国王に忠誠を誓い、主従の関係を保っているその姿にこそ皆が憧れ、つき従う理由なのかもしれない。

ベッキア侯爵としてもそのことが分かっているからこそ、案山子の向きによって自分の浮沈がかかっていると自覚しているし、迂闊に手を出すわけには行かないのであった。

100万の軍勢を相手に戦火を交えることとなれば、エグゼバ達の私設騎士団は盾代わりにもならないであろう。

エグゼバも同じ思いである。

だからこそ慎重を期してジリア大公の動向には特に神経を尖らせている。

抜かりはない、と心でつぶやきながらエグゼバは伝える。


「はっ、ジリア卿も今まで“ワン・シェイ”にこもりきりで、まったく動いていません。おそらくこのまま静観かと」


エグゼバの言葉には直接の返事はなく、ベッキア侯爵はまるで独り言のようにつぶやく。


「ははっ、頑固者同士反りがあわんからのう。しかし、いつまでも静観はしておらんだろう。できるだけこちらに引き込みたいがの」


まるで他人事のようなつぶやきに焦れたのか、エグゼバの方からこれからの方針を進言する。


「ジリア大公も古き良き時代の貴族なれば、ことを早急にしますと敵にもなりかねません。ここは一つタイミングを見計らってから動きたいと……」


そう今は時期早々である。

この判断はエグゼバだけではないベッキア侯爵も同じ思いである。

だがそのタイミングについてはベッキア侯爵にしてもまだ図りかねていた。

どちらにせよジルベッサ大公がその地位を利用して、今はまだ敵である南の“レイア”と何らかの連絡を取っていることは確実であり、己が思いに邁進している事は事実である。

“グラノス”に益をもたらそうがももたらすまいが、その事実さえ掴めればジルベッサ大公の勢いなどいくらでも削げるに違いない。

もしくは、つながりがあることだけでも売国のレッテルを貼ることもできるだろう。

そんな風に考えながらエグゼバはベッキア侯爵の判断を待つ。

ベッキア侯爵は家臣に見せるポーズなのか、それとも本当に考えていたのかは分からないが、しばし目を瞑った。


「うむ、左様にせい」


一言だけ言葉を吐く。

ベッキア侯爵本人にとっては威厳を見せたつもりかもしれないが、体型と不釣合いな威厳は滑稽でしかない。

エグゼバは笑こそしないが、君主ながら威厳ない威厳を見せ付けられることに興味を持たないよう努力し、立ち上がって部屋のドアへと向かう。

その背中の向うでベッキア侯爵は執事を呼び、何かを告げた。


「うむ、では伯爵の使者を」


執事は黙ってかしこまり、ベッキア卿に一礼をしてドアの脇に立つ給仕に手振りをする。

丁度、エグゼバがドアの前にたどり着いた頃に給仕がドアを開ける。

ドアを開けた瞬間、エグゼバの動きが一瞬だが止まる。

金髪で冷たい目をした女が立っていた。

女はすれ違いざま切れ長な冷たい目を一瞬エグゼバに向け軽く会釈をする。

マントで身を包んではいるが、ひるがえったマントの隙間からは白い軽装具らしきものが見えた。

エグゼバには無駄のない歩き方からその女が並みの冒険者ではないと感じ取れたが、そこまででドアは閉じられてしまった。

冷たい感じも受けつつ、何処か自分達とは違う気品のようなものを感じながら一言漏らす。

「ふん、パトキシュア卿の“エイトラン(傭兵)”か」


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