15合流
ディバレンス達がユニ・オ・ロンガ(ロンガの鼻)着くと、手に持った布を食い入る様に見るケイバンがいた。
ディバレンス達は馬を早足で近づけさせて降りた。
ソロが静かにケイバンに近づく。
「どうした、何があった」
口を真一文字にしたケイバンが、手に持ったスカーフをソロに差し出す。
スカーフには赤い文字で殴り書きがあった。
“1週間後 マイ・カノス 教会 夜待つ 箱と交換”とだけグラノス語でかかれていた。
グラノス語は大陸中央のシェンツィ・グラノス(熱き国)、いわゆる“グラノス”の公用語である。
今ケイバン達がいるアトキやアコースはアイン・ガ・レイア(アイン国家連邦)領であって公用語はレイア語であった。
マイ・カノスはその“グラノス”と“レイア”の国境に近い港町であった。
「クリスをさらわれた・・・」
ケイバンのその言葉とスカーフの言葉で、ソロもおぼろげながらも理解した。
それと同時にソロの顔にも暗い色が走る。
そばに寄ってきていたディバレンスも心配そうな面持ちで声を掛けた。
「何者だ、ケイバン。さっきの煙は?」
「わからん、油断した。土壇場で“ニグア(煙り玉)”をやられた。その隙に息子の変わりにこれを置いていった」
ケイバンの言葉が終わると同時に、ソロの手からスカーフがディバレンスに差し出される。
しかしディバレンスには最後の“箱”という言葉に覚えが無かった。
突如、ケイバンがソロに向き直り、その手をソロの胸倉へと伸ばす。
そして明らかに怒気のこもった声を張り上げた。
「お前、私達を一体何に巻き込んだ!」
その声はそれまで静まり返った林の中に響き渡る。
“オゥーガー(竜種)”の一声にも匹敵するような怒声は、近くにいたモデナ達“シスレィ”でさえ、たじろがせた。
「すまん」
ケイバンの怒りの問に、ソルはその目を合わさず一言漏らした。
だがケイバンは再び強い口調で繰り返す。
手紙だけでは見えないものを知るために。
「何に巻き込んだのかを聞いているのだ。本当のことを話せ。お前は、私達を護衛代わりにするつもりだったのか!」
今回の旅は、昔なじみでもあるソルから持ちかけられた道中であった。
ソルの仕事についてこないかという単純な誘いであった。
行き先は“シェンツィ・グラノス(熱き国)” のワン・シェイという街。
仕事の中身は契約書を届けるということだった。
ケイバン親子も特に急ぐ目的のない旅路であった為、ソルに同行してきたのであった。
「すまない、そう取られても仕方が無い。しかしこの箱が何か中身は契約書としか聞いてはおらん。俺自身、特に危険があるとは考えてもいなかったのだ」
そう弁解してソルは懐からその箱を取り出し、ケイバンに見せる。
その箱は一見、茶色のぶ厚い本のようにも見て取れる。
しかしどの面にも凹凸は無く、所々筋が入っているものだった。
「“アッジス”か・・・」
ケイバンが箱を見つめ、ため息を漏らした言葉“アッジス”。
これがケイバンの力を持ってしても開けられない箱の名前であった。
“アッジス”は単なる箱ではない。
この世界にも物を運んだり手紙を届けたりと人の手で行われ、商売にもなっていたが、どうしても預った手紙や荷物が消えるということが多かった。
それを解消するために生まれたものがこの“アッジス”であった。
箱の中身を取ってしまうよりも、運搬代金の方が運ぶものにとって利になることを示せば良いことである。
そのため中身の価値をわからなくし、開けた場合には中身が無くなるようにすればいいというだけお話である。
そうすれば無理に箱を奪い、開けようとする者も少なくなると考えられて、今日まで重要な書簡や小物は“アッジス”を使うことが常だ。
箱の仕組みは様々で、鍵で開けるものや箱自体をパズル化してあるものなど様々であった。
ケイバンにはこの箱がどのような仕組みか検討もつかない。
もしケイバンが力ずくで開けようとすれば、中身が自動的に崩れるか燃えるかして、目的は達することは難しいであろう。
それを承知していたからこそ、ケイバンはため息をついたのだった。
「かなりの手練だった。そこらの盗賊ではない。おそらく“エイト・ラン(傭兵)”だ」
ケイバンがそこまでいう理由は技量もそうだが、一番は“フュスレ”であろう。
箱をソルに返し、“フュスレ”の女の一件をかいつまんで話した。
“エイト・ラン”とは、何かの理由でシーマー(支配階級)に保護を受け、主の命令によりスパイや工作などをおこなう者である。いわゆる私兵であった。
当然支配階級の私兵である以上、それなりの能力を身につけているものが多く、それこそ一般的な“冒険者”などでは追随することはできないであろう。
中には正規騎士団でさえ、歯が立たないくらいの大物がいてもおかしくはない。
“フュスレ”を使いまわすほどの“冒険者”であればその名は知れ渡るであろうし、支配階級も黙ってはおかないであろう。
そうなると、やはり思い当たるのは“エイト・ラン”しかないということになる。
それも“フュスレ”使いの“エイト・ラン”である。
話を聞き終わったソルの口からは、苦笑交じりに“フュスレ”の女に対して同情の言葉が漏れる。
「お前に噛み付くとは不幸な・・・」
「冗談じゃない。“フュスレ”を持った“エイト・ラン”など、冗談でも相手にしていられるか」
改めて考えれば、ソルでさえも興味を引かれる。さらに女と聞けば、なおさらであろう。
「“フュスレ”・・・、そんなものをまだ振り回す奴がいるのだな」
ディバレンスがそうつぶやくと、後ろにいた“シスレィ”のチェシャが隣のマリーゼにその意味を聞いた。
確かに現在、手に入る武器の中では最高ランクに入り、今では対集団戦闘に向きの“フュスレ”を使うものなどほとんど聞かない。
ましてや“フュスレ”は使うものを選ぶといわれた。
それは双剣といっても質の違う対の武器のため、“フュスレ”に向く素質が必要とされ、素質があるものにとっては無類の強さを誇るが、素質の無いものにとっては飾りにしかならなかったといわれたからだ。
最も今となっては、昔活躍した“フュスレ”使いは引退か、死んでいると聞いているし、ましてや若い女の“フュスレ”使いなど耳にしたことはない。
マリーゼがチェシャに話したことはそんなところであった。
みなもの知識もほぼそんなところであった。
だからこそ、驚きを隠せないのだ。
「ああ、間違いなく並みの“エイト・ラン(傭兵)”ではないぞ。それだけ本気だということだ」
結果的にはケイバンが競り勝った形だが、実際直接に相手をした本人が言うほどである。
話を聞けば急所を狙ってきたわけでもなく、相手もケイバンを見極めに来ただけの様子だからだ。
その実力はまだわからない。
「う~ん、わからん・・・、ただこの箱を“グラノス”の“ワン・シェイ”に届けるだけなのだがな」
そう言いながらソルは、箱をかざして不思議そうな顔で眺める。
腕を組み、話していたケイバンは聞き忘れていたことを思い出す。
「荷主は?・・・だれに渡すのだ?」
そう、問題の箱が誰に渡るかということであった。
箱の中身は少なくとも荷主または受取人が間違いなく知っているはずである。
知らずに送るわけはないし、知らずに受け取ることはないはずだ。
「“ワン・シェイ”のチャオ・チュンという商人に渡すだけだ。商人から商人に渡すだけのはずだ」
やはりソルの答えはケイバンの予想を超えるものではなかった。
商人同士ならば契約書などの受け渡しにも使うくらいである。
そう特別なことではない。
ただし、あのような開け方も想像がつかない物であるということ以外は。
まあ、箱の中身が何であれ、今はクリスの身が問題なのである。
中身の正体を知ったところで問題の解決にはならない。
ケイバンはこのまますぐにでも旅立つことをディバレンスに伝える。
当然ソルも一緒である。
いつものソルならば駄々をこねるとこだが、今回ばかりは勝手が違った。
すぐに馬に飛び乗り、支度をする。
そんな時ディバレンスが心配をして声を掛ける。
「“エイト・ラン(傭兵)”が出てきている以上気をつけろよ」
今のディバレンスにはそれが掛けてやれる唯一の言葉だった。
“ギルド(統治所)”の統首という立場である以上ディバレンスとして、“グラノス”領で動こうものなら、問題になりかねない。
そこまで思いを巡らせると、今は自分が迂闊に動くわけには行かないである。
「どのみち、情報が少ない。“マイ・ノカス”と“アッジス“だけではな」
ケイバンは情報の少なさを挙げて、腕を組み考え込む。
どちらかというとケイバンは先に行動を起こすタイプであったが、さすがに今回だけはそうもいかないらしい。
クリスが人質にとられ、相手も意図も分からない以上動き出せないのであろう。
“他に気付いたことは”とディバレンスはケイバンに聞いたが、直接戦ったケイバンもめぼしい情報は記憶に無かった。
唯一鎧が青白い軽装甲具を着ていたことぐらいであった。
ディバレンスとしてはできれば少しでも情報はほしいところではあったが、なにせ短時間の接触だ。
素直に引き下がる。
しかし、相手がだれであれ、今はできることをやるだけである。
自分の庭を荒らされたこともあるが、旧友の息子の命がかかっていることなのだ。
ディバレンスはそう心に決め、腹を据えた。
ディバレンスは一度アコースに戻り、“フュスレ”の女について情報を集めることを約束する。そしておもむろにモデナを呼びつけた。
「モデナ、“レイア・ド・アコースギルド(統治所)”の筆頭依頼だ。“シスレィ”に50000モンドで護衛依頼だ、受けるかね」
モデナは意外なそのディバレンスの申し出に口をあけて驚く。
「ほう、こりゃあ、気前がいい。」
ソルの明るい声が上がる。
確かに護衛任務で“ディ・ガッソ”10頭分の金額である。
1年は遊んで暮らせる金額である。
モデナ以外の“シスレィ”からも同様の声が上がった。
そしてモデナは厳かに胸に拳を当てて答えた。
「依頼お受けいたします」
その様子をケイバンは胸の詰まる思いで見届ける。そしてディバレンスにモデナ同様に胸に拳を当てて軽く頭を下げた。
「なあに、私の責もあるしな、本来ならば私がいかねばならんが、足枷があるのでな。許せ、ケイバン」
ディバレンスには公的な立場があるのであろうことを理解し、ケイバンは手を上げて応えた。
すでに相手は“グラノス”に向かっているだろう。
おそらくディバレンスでも情報の収集には手こずることであろう。
だがそうと分かってはいるものの、友を頼るのも友情である。
ケイバンはモデナに再会を約束し、ディバレンスに一時の別れを告げる。
「たとえ“グラノス”が敵でも驚かんよ。是が非でも取り戻す」
力強くそう言い、ケイバンはマリーゼから差し出された馬にまたがり、首を廻らせた。
ケイバンの去り際の力強い言葉がディバレンスを安心させた。
ソルが後を追い、走り去る2騎の背中を見ながらディバレンスは頼もしげに見送った。




