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14フュスレ

「はは、どうだった、大規模な狩りは、壮観だっただろ」


跳ね飛んだ泥を頬につけたままケイバンがやって来た。

馬から降りクリスに向けて手を挙げ、笑顔を見せる。

それを見たクリスは顔を一瞬にして明るくし駆け寄った。

クリスは慰労の言葉をかけ、頭を掻きながら照れ笑いをする。

ケイバンが女性と一緒なのをからかったようだ。

ケイバンはノアの方へと近づき声を掛ける。


「父親のケイバンだ。息子が世話になったようだな」


相手の目を見ながら、軽く会釈をする。

その表情は言葉とは反対に穏かとは言いがたかった。

そんなケイバンを意にも介さず涼しい顔でノアも頭を下げる。


「いや、私は何も。初めまして、ノアと申します」


ノアの落ち着いた様子にも注意を払いながらケイバンが口を開く。


「名乗られたからにはそう呼ぶが。さて、まずは礼を言っておこうか。息子に直接手をつけないでいたことを。ノア殿」

「ふふふ、さすがに察しがいい」


悪びれた様子も見せずにノアは苦笑する。次いで残念そうに下を向き、足元を足でこね回す仕草を見せた。

そばで聞いていたクリスには不思議な会話ではあるが、当の二人には十分に理解できていた。


「まあ、見知らぬ顔だしね。それにその殺気ではないにせよ、やる気は隠せんよ」

「そうだな。つい、上物が目の前にいると思うとさすがに抑え切れないか」


笑みを浮べながら尋ねるケイバンに、ノアは諸手を挙げ開き直る。

以外にもあっさり認めた相手に、なおもケイバンは問いかけた。


「何が目的かね?」


そう言いながら、ケイバンはクリスに離れていろとでも言いたげに手で合図を送った。


「本来は別なのですが。今はあなたということです」


そういってノアは足元に転がっていた石をケイバンに向かって蹴飛ばす。ケイバンはこれをヒョイと避け、真面目腐った顔で真剣につぶやく。


「ふむ、そんなに女性に興味を持ってもらえる顔とは思っていなかったが・・・」

「別に顔になど興味はありません。興味があるのはあなたの素性と情報です」


ノアを馬鹿にした言い回しに気分を害したようである。

付け加えた文句には棘があった。

しかしまたもやケイバンはとぼけ顔で応える。


「うむ、私は、只のしがない冒険者ということのほか、何もないんだが」

「“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”の使い手が、どの国にも属さず、名も知れていないというのはおかしなことでは・・・」

「知れる知れないはこちらの知ったところではないし、名を売りたいとも思っていないな」


ノアの指摘にも動じず、思いのままにケイバンは応えるが、その応えはまるでわがままな子どもの言い訳のようであった。

確かに“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”を使えるような“冒険者” であれば、今ではそのほとんどが国に抱えられているはずである。

ましてや“騎士団”ならば、地位や収入は破格の待遇であり、誰もが憧れることであった。

それを嫌うとは、普通に考えてもおかしなことである。

そんなことからもノア自身、合点がいかなかったし、第三者が聞いてもノアと同意見であったのであろう。

さすがにノアも苛立ち始めたのか腕組をして、ケイバンを睨みつける。


「やはり素直にお話いただけないのであればしかたないですね」


組んだ腕を解いて、ノアはだらりと両腕を下げる。それとともに殺気がみなぎり出した。


「どのみちやりたかったのだろ」


それを見たケイバンが見透かしたように口を開く。

ニヤッと笑みを浮べて大剣を背中から引き抜いき、目の前の地面に真っ直ぐに突き刺す。

両手を柄の上に乗せて立つ姿はまるでどこかの彫像のようであった。

その時、ノアのマント姿の裾が一瞬翻えり、腰の辺りでわずかにキラリと光る。

その煌きは、そのまま星明りを反射しながらケイバン目がけて伸びてきた。

咄嗟にケイバン自らも体を回転させ、マントを翻してかわしにかかる。

伸びた光はケイバンのマントに巻き込まれ、その光を失いかけた。

しかし光は消えかけた瞬間、最後の光を放った。

いや放った様に見えたのであろう。


“バシュッ”


布を引き裂く音と共にケイバンのマントの一部が舞い散った。


「む」


マントの一部を食い散らかしたそれは、蛇が蛇行するような軌跡を描いてすでにノアの手元に戻っていた。

手元に握られた“それ”は巻き取られた縄のようであった。

銀色に光を反射するそれはただの縄ではないことは確かである。


「ほう、めずらしい、鞭とは。しかも“タリスタン(白銀龍)”とはね。ひさびさに見たな“フュスレ”は・・・」


ケイバンは引き裂かれたマントの一部を感心した様子で覗きこんだ。

“タリスタン(白銀龍)” は白銀の体毛をまとい、硬いその体毛は近寄る者を突き刺すといわれている「オゥーガー(竜種)」。そしてその「オゥーガー」の中では下位に位置し、その生息数も少ないが時折報告されているようである。

その生息地域はほぼ北方に限定されており、並みの冒険者が30人がかりでやっと倒せるという狩りの対象としてはほぼ頂点であった。

また“フュスレ”とは“双長剣オゥーガー・フュスレ”のことで、“タリスタン(白銀龍)”の髭と体毛を加工した長くてしなやかな2対の剣であった。2対とはいっても剣と鞭の組み合わせだ。


「さすがだな、一瞬で“フュスレ”と分かるとは・・・」


ノアは言葉と同時に“フュスレ”をひるがえし翻し激しくケイバンに打ち付ける。

ケイバンはこれを“ジジャ”で捌きながら後方に下がる。

攻撃範囲の広さでは鞭には敵わない。

鞭の有効範囲を出たところで“大剣ジジャニール”を担いで、突撃体制をとる。


「ふう、かなわんなあ。なにもそんなに張り切らなくてもいいじゃないか」


その口は明らかに笑みを浮かべ、その眼は瞬きもせずにノアをじっと見据えていた。


「その手には乗らない。あなたの戦い方はじっくり見せてもらったのですから」


ケイバンの“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”からの連続技をいっているのだろう。

言葉を放った本人ノアも、実際大振りな“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”を待っていた。

放った隙に懐に飛び込むつもりであった。


「さあ、何を見たのかは知らないが試してみるさ」


そういうと“ジジャ”を後方に引き、“ディ・ガッソ”に放った“オゥーガー・ズ・ディレイ(属性効果上級技法)”の体制に入る。

ノアはその隙を待っていた。

一気に差を詰め、突進する。

“勝った!”と一瞬思った。

しかし、ケイバンは咄嗟であったのか計算からなのかわからないが、自身が右回りに回転し、逆手で後ろ向きに“ジジャ”で横薙ぎに振り回してきた。

振り切れば、横に広がった衝撃波が襲い、ノアは“ディ・ガッソ”のようになっていただろう。


「まさか」


そんな驚きの声を短く漏らすも、咄嗟に反応するノアもただの“冒険者”ではなかった。

次の瞬間には冷静に判断し、生き延びる道を模索する。

“道は唯一つ、横ではなく上へ”そう決断したとき、行動は早かった。

躊躇なく地を蹴り、身をひねり、空中へとその身を躍らせる。

空中へ踊り出したノアは、そのままケイバンに眼前に着地し、同時に攻撃を繰り出す。

鞭による攻撃ではない。


「さすがに読んでいたか」


そう言ったノアの手には着地と同時に突き出された剣があった。

これが対とされるの“フュスレ”の剣である。

その剣は最大の特徴はその長さ0.8ラバー(0.8m)という小剣ほどの刀身とオゥーガーの素材特有の切れ味である。

だが剣とは言われているがその刀身は細い。

しかしその細さが曲者であった。

細さゆえに見づらく、また細くて折れやすいかと思えば、弾力さと硬さを併せ持つほどであった。

この剣と鞭によって遠距離と短距離の攻撃特性を持ち、その特徴と品質から、“ジジャ”のようなお宝並みの“ウェブスター“ではないにせよ、それに近い“銘剣“に挙げられる。

これは並みの冒険者が扱うものではない。

大陸中にでさえ、数人ともいないはずである。

一気に決着を着ける算段をしていたノアだが、ケイバンは半身に反って“ジジャ”を構えたことにより、切り札の小剣もケイバンの“ジジャ”に受け流されてしまう。

盾にした“ジジャ”越しに体が密着する。


「ああ、昔、別の持ち主を知っていたからね」


このケイバンの言葉は、冷静なノア感情に刺激を与えるには十分な言葉だった。

何かのスイッチでも入ったかのようにノアの表情が変わる。


「誰が持っていた!」


さっきまでとは違うノアの反応は、ケイバンの意表を見事についた。

ケイバンはノアの勢いに押され、その隙にノアは密着した体制のままケイバンを突き飛ばす。

ケイバンはバランスを崩して倒れこみ、ノアはそのまま接近戦を挑もうと懐に飛び込もうと疾走する。

そしてケイバンが立ち上がるところを狙って飛び込んだ。


「イヤァ。」


掛け声と共に突き上げられる“フュスレ”の剣がケイバンの腰を狙ってきていた。


“キィィン”


次の瞬間、高い音と共に“フュスレ”が弾かれる。

ノアの顔にも驚愕の色が浮かぶ。

“フュスレ”はケイバンの腰には刺さらず、またもや“ジジャ”に阻まれていた。

ノア自身は目の前に現れた“ジジャ”が信じられなかった。


「すまんね、やられるわけにはいかないでね」


のんびりしたケイバンの言葉もよそに、“確かに私のほうが早かった”はずだと頭の中でノアは繰り返していた。

その隙にケイバンは“ジジャ”で“フュスレ”を跳ね上げ、ノアを引き倒した。

ノアは両手を付いて跪き、首筋には“ジジャ”向けられた。

しかし声を上げたのはノアのほうであった。


「さっきの問いに答えろ!」


しかも涙声に近い叫びだった。

負けたことが悔しいのか、それとも別のことかはケイバンにはわからなかった。


「問いというと・・・」

「“フュスレ”だ・・・、“フュスレ”の持ち主のことだ」


ノアは首をうなだれ、頭を下げたままで問い続ける。


「ああ・・・、言う気はないね」


ケイバンは“何でそんなことを“とでも言いたそうに顔を歪める。

またもノアの反応に変化があった。


「名前だ・・・、名前をいえ!」


ノアの口調が強くなった。どちらが敗者か分からない会話である。


「いやだね」


ケイバンもさすがに嫌気が差し、つい口が滑ってしまった。

さらに上気したのか、ノアは不意に立ち上がり、掴みかかってくる


「きさまあ・・・。ぐっ」


すでに立ち合いとはいえぬノアの行動に、ケイバンは剣で振りほどく。

またしても地面に伏せる格好となったノアに対して、ケイバンも構わず続けた。


「人に物を尋ねる時には、もう少し礼儀を尽くすべきではないのかな」


そう言ってケイバンがノアを起こそうと近寄った瞬間、目の前で閃光が走る。

その閃光のあとに一瞬にして白い煙がケイバンの視界を支配した。

すぐにノアの反撃に備えたが皆無だった。

やがてあたりの木々や草が見えて来る。

やはり傍にいたはずのノアの姿はなかった。

そしてさらに目を泳がせて自分の愚かさに気づき、一言漏らす。


「すまん、マリア」


すでにこの世にはいない妻の名前をこぼし、ケイバンはたたずむ。

普段の威風堂々とした表情は面影もなく、ただ両膝を屈し、妻の忘れ形見、息子クリスの居たあたりを呆然と見ているだけだった。

そしてクリスの居た場所にはその場にふさわしくない1枚のスカーフが、何かを語るように落ちてた。


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