10 VS ディ・ガッソ
「おい、間違って俺に当てないでくれよな」
モデナがつぶやく少し前のことである。
白銀の鎧に身を包んだケイバンが、馬から道具を降ろしているソルにいった。
すでに日も昇り、周りの風景は夜明け前の盆地の風景とは一変している。
日の光の方角にはすでに合図の炎の壁であろうか。
黒い煙が遠くに広がり、戦いがいよいよ始まった。
“ガッソ”の気配はすでに近い。
あとは飛び込むタイミングだけだ。
目の前には緩やかな流れの川と、その先の川原の向うには湿地が広がっているだけである。
ここはユニ・オ・ロンガ(ロンガの鼻)の鼻先ともいうべきところであろうか。
左手から流れる川は大きくはなく深くても膝ぐらいまでであった。
今のところその姿は傾斜で確認できないが、確かに“彼ら”はいた。
気配もさることながら、足音や匂がその存在を確信させた。
確かに通り過ぎている。
「う~む、久しぶりに使うと狙いが狂うってこともあるからな、なんともいえんな」
ケイバンはソルの頼りない返事に苦笑しながらもマントを脱ぎ捨て、防具の閉め具合を確かめる。
“本当に当てかねないな”
ケイバンは心の中でつぶやき、”当てたら当てたで後で木にでも吊るしてやるさ”と開き直る。
そう心に決めたとたんにソルの言葉が続いた。
「まあ、大丈夫だ。お主の鎧ならばびくともせんよ。」
ケイバンは防具を褒め称える戦友に一抹の不安をおぼえながらも別の気配を感じ取る。
“そろそろだな”
気配を感じたほうへと顔を向け、凝視する。
“奴だ”
草むらの間を“モレイラ”が2匹ほど必死に走り抜けていった。
すぐにその後草むらより一つ高く赤い頭が飛び出す。
赤といっても藍色の縞模様が入った顔である。
続いて2匹ほど別の場所からもその姿を現しだした。
距離にして50ラン(50m)ほどであろうか。
ケイバンは背中に背負った大剣ジジャニールを右手で軽々と抜き放ち、肩に担いだ。
自分の背丈ほどもある剣を軽々と片手で抜き放つその姿は、ある種のオーラを放っていた。
実際、剣が抜かれた瞬間から自体の輝きが増したように見えたし、ケイバンを中心に風が吹き出した。
「・・・わかったよ。じゃあ、やってくれ」
ケイバンがソルに振り返りもせず、静かに言って駆け出す。
あっという間に水しぶきを上げて川を渡っていく。
ソルも別の気配には気づいていたらしく、何も言わずに無造作に手元の黒光りした細長い道具を取り出し、何やら金具を引っ張った。
塊だったものが4つに裂け、折れ曲がっていた部分が弾ける。
さらに長さを増し、弓の形となっていく。
これはソルの所持する“神弓シュワンツ”である。
“神弓シュワンツ”について素材は謎であるが、非常に軽く折り畳み式で携帯性の高い弓だ。
その威力たるや市販されている剛弓並みの威力を持ち、魔弾さえも弾頭にできるといわれていた。
見た目は装飾もなく一般の弓と比べて変わりない。
ソルは背負った矢筒から、更に持ってきた袋にあったから何やら三角錐の形をしたものを取り出す。
それを矢尻に付けて弓につがえ、空に向けた。
そのまま剛弓並みに硬い“神弓シュワンツ”をいとも簡単に引き絞る。
「我が一箭、シェン・ソゥ・クーとともに・・・」
いうな否や放ち、先に見えるケイバンの頭上を跳び越す。
“シュサッ”
鋭い音を残し飛び越していく一筋の矢。
を感じ取り、ケイバンは全速力で目的の川の向うへと走っていく。
矢は緩い放物線を描いて“ガッソ”の集団中央部に吸い込まれる。
吸い込まれた瞬間に閃光とともに爆発音が鳴り響く。
爆発は先ほど矢尻に付けた魔弾によるものであった。
着弾部付近の“ガッソ”の肉片が泥とともに宙に舞い、近くにいた1匹はパニックになる。
更に続いて2発目、3発目がその左後方に打ち込まれ、さらに2匹が宙に舞った。
「ほう、3匹か。上等上等」
ケイバンは言うが早いか 、立ち込める煙と泥の雨の中から飛び出してきた“ガッソ”に向けて渾身の一撃を放つ。
上段から打ち下ろすと同時にその勢いを利用し、剣を軸に力強く地を蹴って飛び越す。
そしてその勢いで剣を引き抜き、着地する。
この一連の動作によって肩から腹まで斬られた“ガッソ”がその場でもがく。
そして次の瞬間には体を大きく痙攣させ、傷口から血を溢れさせた。
ケイバンはその“ガッソ”には身向きもせず、前方から現れた次の“ガッソ”に向かう。
これを早々と片付けたところで少し離れた左のほうが騒がしくなってきた。
どうやらソロも始めたらしい。
その時、“シャァ~”という不気味な音とともにケイバンの立っている場所に突然大きな影が伸びてくる。
“ガッソ”の雄叫びよりも低く、体に響くような声である。
その声に体が咄嗟に反応し、ケイバンは体を声とは反対のほうへと前転させ、振り向く。
ケイバンは片膝を突いたまま振り返り、改めて確認した。
「ふん、主役登場か」
“ディ・ガッソ”である。
その姿を見せた“ディ・ガッソ”は単に大きいだけではない。
さらにその凶悪そうな顎と黄色く光る眼。
そして何より頭の緑色に鈍く光る突起である。
“突起だけは気をつけんとな”
ケイバンはそう自分に言い聞かせ、大剣ジジャニールを右肩に担ぎ、一気に駆け寄っていく。
“ディ・ガッソ”も一吼えし威嚇のためか口を大きく開き、その凶悪なあぎと顎を見せつける。“咆哮”は“ディ・ガッソ”にとって、雄叫びや奇声とは違う。
“ディ・ガッソ”の“咆哮”は衝撃波があり、攻撃的な雄叫びである。
常人であれば強い風を受けたような衝撃でとても立っていられない。
それなりの経験や能力を備えた冒険者ならば、不意を疲れないかぎりはただの威嚇にしかならないだろう。
ケイバンは咆哮を聞き流し“ディ・ガッソ”の右に回りこむ。
しかし不意に“ディ・ガッソ”は頭を振り、その強力なあぎと顎を突き出し、襲いかかる。
あわてずにケイバンは剣を盾代わりにして防ぎ、弾かれた反動を利用しながら“ディ・ガッソ”の右に回り込む。
これに気づいた“ディ・ガッソ”は大きな尾を振りまわし、ケイバンを狙う。
すかさずケイバンは垂直に飛び、かわしながらこれを断つ。
断たれた尻尾からは間をおいて大量の血飛沫が飛ぶ。
“ディ・ガッソ”は悲痛な叫び声を上げ、振り向き怒りに満ちた目を向けて咆哮した。
「ふん、怒っても尻尾は戻ってこんよ。」
怒りの色を示した相手にそんな言葉を吐き、ケイバンはおもむろに半身を開く。
腕を後方にずらし、剣先を地に着ける。
顔だけを相手に向け、ほぼ体が横を向いた状態になる。
「お前だけに時間を取られるわけにはいかないんでな。」
ケイバンがそうつぶやくと同時に、“ディ・ガッソ”が頭を前に突き出し低い体勢を取る。
次の瞬間、“ディ・ガッソ”は頭の突起から紫の液体を飛ばしてきたかと思うと、ケイバンに向けて大きく跳躍してきた。それは空を仰ぎ見るほどの跳躍で大きな岩が降ってくるかのようであった。
ケイバンは引いてあった剣をその膂力で左上方へ斬り上げて液体を弾く。
そしての剣をそのまま後方へと回し、右から真上へ切り上げた。
それはまるで計ったかのようなタイミングであった。
しかもそれと同時に剣が歪んで見えたかと思うと、一陣の風が剣先から放たれ、“ディ・ガッソ”を迎撃した。
“ディ・ガッソ”の体には幾筋もの傷が刻み込まれ、ただの疾風ではないことを物語っていた。
傷ついた“ディ・ガッソ”がさらに怒り、立ち上がりかけるが、怒りの対象へと頭を向けようとした瞬間、その視界には空が映り、次に地と空の境界が映った。
そして自身に近寄るものが見えた。
これが“ディ・ガッソ”が最後に見た世界だった。
“ディ・ガッソ”を弾き飛ばした瞬間にケイバンが詰め寄り、立ち際に首を飛ばしたのであった。
「まずは1匹……」
そうつぶやくとケイバンはあたりを見渡し、左手にまだ続くらしき戦いの咆哮を聞き取った。




