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まったりと部屋でゴロゴロ


 誰かと一緒に夕飯を食べるなんて、それはいつ以来か。思い返してみれば社会人になってからは新入社員歓迎会くらいで、私がお酒を飲めないのは周知の事実。

 だからよくお昼に誘われるが、一対一というわけじゃない。

 家族を抜きにしても数年ぶりで、少しだけ心が躍っていた。


「食べ過ぎた……」


 普段ならデリバリーサービスなんて頼まない。急だったのもあるが、生憎と料理どころか家事すらもままならないでいる。だからってコンビニやスーパーの総菜も味気なく、買いに行くのもちょっと面倒だった。

 そういうのも含めて勢いのままに、初対面の女子高生を雇おうなんてしない。

 私的にも奇抜どころか、口にして予想外過ぎて驚いている。ソラちゃんの驚きと引き気味の態度から、それは薄々と感じ取れた。


「ホント、優しくて良い子だな」


 にもかかわらず、ソラちゃんは引き受けてくれた。

 絆創膏の巻かれた指を眺めつつ、今日という楽しかったひと時を噛み締めてしまう。

 それがこれからも続くと想像するだけで、次に来てくれる日が待ち遠しい。同じマンションだから帰りにでも寄ってくれてもいいが、何故か頑なだった。

 ……まあ確かに、この事情を説明するには難しいよね。

 ほとんど思いつきでの発言だから、もしもの場合はソラちゃんのご両親とお話しすることになる。素直に家事が出来ないです、といったところでどんな反応が返ってくるのやら……。想像しただけで私が居たたまれない。

 すっかりと片づけてもらい綺麗になったリビング。

 最近になって気になりつつあったけど、ソラちゃんのお陰でしかない。この状況を維持していきたい気持ちはあるが、できなかったからああなった。


「……進路、か」


 私と比べるとできた子だ。

 こうして誰かと比べること自体おかしな話かもだけど、ソラちゃんの話を聞いてそう感じてしまった。

 周りが求めるその意に沿って進学して、こうして社会人をやっている。そこに私の意志があったかと思うと疑問で、それはまるで操り人形に等しい。

 ……その操り人形に自我があるって、色々と面倒で扱いづらそうだな。

 今の会社だって私が選んだし、大学もできる限り両親の期待には応えられたと思う。それが良かったかは不明だが、これといって最近は連絡もない。

 後々になってありがたみを感じる今日この頃で、主婦(夫)方々の存在は偉大過ぎる。


「たまには私から連絡してみようかな」


 ちょっとした気まぐれで思い立ったが、近くにスマホが見当たらない。帰ってきてスーツから部屋着、洗い物をしていてびしょ濡れになったからパジャマだ。

 ……部屋。いや、ソラちゃんの帰り際に連絡先を交換した記憶がある。


「また今度でもいっか」


 スマホの行く先を思いだそうとしているうちに、動きたくない気持ちが強まっていた。

 ソファの上でゴロリと寝返りを打ち、背もたれと肘掛けの隙間に顔を埋める。


「あ~眠くなってきた」


 明日も仕事がある。

 それにお腹もいっぱいになったから寝るにはちょうどいい。お風呂だって、私の不適とはいえソラちゃんの好意に甘えさせてもらった。

 部屋も綺麗になったしね。

 重くなってきた瞼を擦りつつ、意識が少しだけ遠くなっていく。ソファから起き上がるのも面倒で、襲い掛かってくる睡魔に身を任せた。


 ……。

 …………。

 ………………。


「か、身体が……」


 どのくらい眠っていたのだろうか。リビングの電気は点けっぱなしで、変な体勢で寝ていたから違和感がある。

 起きたのも、トイレに行きたくなったから。

 大きな欠伸を嚙み殺すことなく盛大に、ぼんやりとした意識の中廊下にでた。

 流石に何年もここで生活しているだけあって、照明を点ける必要もなく壁伝いにトイレに迎える。


「……」


 その短い道すがら、ふと意識が別の方へと向いた。

 視線の先は、今は誰も使うことのなくなった部屋がある。同じ間取りのマンションに住むソラちゃんからすると、私の置かれた状況に疑問を抱いてもおかしくない。

 それも第三者からすればで、当事者の私には選び取った日常。

 なに感傷的になってるんだろう。あの頃が戻ってくるわけでも、後悔もしてないはずなのにな……。

 久しぶりの団欒が楽しかったのかもしれない。


「すぅ~トイレトイレ……」


 さすがに薄着すぎたか、夜の寒さに二の腕を摩りながらトイレへと急いだ。

 昨日の私、よく風邪ひかなかったな。

 そのことに感心しながら、私はトイレを済ませて今度こそ寝室で寝ることにした。


「……」


 ベッドの潜り込み、しばらく天井を眺めていた。

 ……マズイ、ぜんっぜん眠くない。

 いつもだったら帰りの途中でコンビニかスーパーによって夕飯を買って、家で何となく点けたテレビ番組を眺めながら食べる。そのままぼんやりと過ごし、眠くなってきたらお風呂に入ってベッドで横になっていた。

 原因はやはり、大掃除で疲れたのかもしれない。

 ……役立った記憶はないけど。

 それでも慣れないことをすると変に疲れる。

 そう考えると、かなり充実した一日だったのかもしれない。


「……ソラちゃん、起きてるかな」


 寝室に入る途中に回収したスマホに手を伸ばし、うつ伏せになりながらトークアプリを起動させる。

 時刻はすでに日付けを跨ぎ、急に連絡されても迷惑でしかない。

 しかもその用件が眠れないからとなると、恋人でもなければほぼ他人のソラちゃんからすれば怒られそうだ。それ故に家事をしてくれる話もなかったことになって、エントランで鉢合わせても無視されてしまう可能性もでてくる。

 それはそれで、ソラちゃんからすればいい事なのでは?

 見ず知らずだったとはいえ、お酒の力を借りてナンパから助けてもらった。かと思えば介抱する羽目になり、挙句の果てには家事をしてほしいと頼まれる。

 ……。

 あれ? 私がソラちゃんの立場だったらフツーに迷惑だな。

 どこからというと、最初っからだ。

 私が変にナンパされてるところに首を突っ込んだから関係が生まれた。

 もしあの時、ソラちゃんが自力で逃げれたら結果は変わったんじゃないか?


「うん、大人しく寝よう」


 色々と考えていくうちに、何かと都合よく物事が動いていることに気づき。そのことが余計に怖くなって、好奇心でかけようとしていたトークアプリを閉じた。


◇    ◇     ◇


 大人になると、時間の流れが狂う時がある。

 職種によっては繁忙期などと呼ばれ、気づいたらあっという間にひと月を過ごしてしまうほど。だがその逆で閑散期も存在はするものの、残念なことに働くことからは逃れられない。

 こんな生活が一生続き、年だけを重ねていくかと思うとゾッとしてしまう。


「……ちょっと、岬。聞いてるの?」

「っ!? す、すみません。ぼーとしてました!!」

「その素直な性格は美徳だけど、こうもハッキリと話を聞いてないって言われるな……」

「あははは~」


 会社のお昼休み前。私と同じ去年の四月に入社した同期であり、上司の()(すい)(あや)()課長。ワインレッドに近い茶色のスーツに、本人の几帳面な性格を表す黒髪のショートヘアー。デスクワーク用の眼鏡を外し、私のことを見上げる形で視線を向けてきた。


「笑って誤魔化さない。ここの桁間違ってるから訂正、それと頼んでおいた資料の進捗具合はどうなってるかしら」


 赤まるで囲まれた一覧の細かい数字を目で追い、微妙にズレていることを指摘された。

 ……よく見落とさないな。

 実際にズレたら会社的にも大損害を被り、見落とした私のミスでもある。それは上司である彩芽のせいにもなってしまう。


「その資料使うのって今週末だって記憶してたけど、そんなに急ぐ用事だった?」

「アンタねぇ~私もチェックしないといけないでしょうが。先方に持って行った際に気づくとか、目も当てられないわよ?」


 眉間にシワを寄せ、彩芽の視線は手もとの資料を指し示してくる。


「えっと~頑張れば今日中には……」


 普通であれば敬語を使わないといけない所、同期だからなのか彩芽は気にした様子もない。その分、人使いも荒くかなり手厳しく注意してくる。

 どこか怪訝そうな視線に、短く息を吐いて肩を落とす。

 まるで私が見栄を張り、今日中に終わらないことを見透かした雰囲気。たとえ持ちかえったところで明日までに間に合うか。それどころか普段から仕事を持ちかえらないし、今日だけは勘弁してもらいたい。

 だって今日は、ソラちゃんが家に来る日なのだ。


「まあいいわ、明日まで待ってあげる」

「頑張りまぁ~す」


 上司と部下の会話として良いのか?

 彩芽の好意に甘える私は、スーツの襟を正してやる気をアピールしてみせた。

 にもかかわらず肩を竦めて苦笑され、何故か指先で手招きされる。彩芽はデスクチェアーに腰かけたまま少しだけ上体を前のめりに、目もとが細められた顔を近づけてきた。


「(んで、上の空で仕事をしてる理由は?)」

「(ちょっと、言いがかりにしても何を根拠に――)」

「(さっきから時計、気にしてるでしょ)」


 これが本題だったのか、彩芽からの目ざとい指摘に言葉が詰まる。

 だからといって、夕方に女子高生が家に来て家事をしてくれる。なんて言えるわけもないどころか、色々な疑いをかけられてしまうに違いない。

 さてさて、この場をどう乗り切るべきか。

 脳をフル回転させて言葉を探すが、上手く誤魔化せる気がしない。


「まあいいわ、深くは詮索しないでおく」


 雰囲気を一転させて口角を上げた彩芽。まるで一息入れるかのように首もとに手を当てて回し、デスクチェアーに深く腰を落ち着かせた。

 揶揄われた気持ちは否めなかったが、周囲が賑わいだすことに時計を見やる。


「もうお昼だからね、メリハリは大事でしょ?」

「後半、明らかに私語とだったと思うんだけど」

「……そう?」


 不満げに彩芽を見据えたが、どこ吹く風といった様子で眉を寄せる。

「部下の交友関係を気にかけておくのも、仕事を任せる上で効率よく回す方法よ」

「……何それ」


 誰の教えで、どんな理論なのか。

 上司だからと彩芽に気にされるほどでもなければ、私なりに回された仕事はこなしている。そこに特定の誰かと、で早くなるとも思えない。

 別に訊いて回ったわけでもないが、社内の噂を時おり耳にしている。


「岬さん、今大丈夫?」

「……あ、はい」


 唐突に声をかけられ振り返ると、数人でまとまるグループが目にとまった。

 その中から一人、二つ上の男性先輩が手を上げている。


「これから飯に行くけど、よかったら一緒にどうかな」


 先輩からのお誘いをこれといって断る理由もなく、私も昼食を摂ることには変わりない。何度か付き合いでグループに混じったが、ただの気まぐれかと思っていた。

 なるほど、確かに彩芽の言葉も一理あるかも。

 入社して浅く広くの付き合いが多い方だと思う私だが、噂通りであれば他の女性社員さんから人気が高い。今だってお昼を一緒する中にも筆頭で名前が上がる人がいた。

 どこか気にしない素振りで顔を合わせてくれないが、それが余計に受けづらい。


「すみません。今日までの仕事があるので、コンビニで済ませようと思います」

「そっか、ならまた今後な」


 快活とした声音で手を振って立ち去る先輩方を見送り、静かに息を吐いた。


「同じコンビニなら付き合うわよ」

「……うん」


 終始状況を眺めていた彩芽に声をかけられ、私は財布をとりに席へと戻った。


「彩芽……。次に仕事回すとき、あの先輩とは考えさせて」

「一応気に留めておくわ」


 私同様に彩芽の耳にも噂は入っているようで、素っ気なくも揶揄われることはなかった。


「ね、交友関係の把握は必要でしょ?」


 だが念押しするかのように問われ、何も言い返せずにオフィスを後にした。

 好意はありがたいけど、巻き込まれる身にもなってほしいな。

 高校や大学でも似た存在はいたが、私とは関わりもなければ熱狂的にアピールする性格でもない。それに付き合いたいかと訊かれても、たぶん首を傾げてしまう。

 だからこれまで恋人ができてこなかったのか?

 告白されたことは何度とあるも、ほぼ初対面の相手もいれば友達。相談事を聞いてあげていた同性なんてこともある。

 その度に上手く断る理由がでてこなく、今までの関係をリセットされてきた。


「……そんなに食べたいの決まらない?」

「ん? ああ、いや~そういうわけじゃないんだ」

「なら早くしてよ、お昼休みが終わるでしょ」


 まるで仕事の時と変わらない形で尻を叩かれ、品薄の棚から菓子パンを手にする。それからお昼を片手にPCと向かい合い、定時を少し過ぎながらもどうにか資料を纏めて彩芽に提出した。

 カギとか渡してないし、ソラちゃん外で待たせてるよねぇ~。

 修正は明日にとお願いして、私は急いで退社した。

 いつもだったら帰宅ラッシュの電車に揺られているが、今日だけはオフィス街を走るはめになっている。


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