楽しい日は一瞬で、これからも……
渋々といった顔で戻ってきたソラちゃんに、ちょっとだけ意地悪をしたい気持ちはあったけど我慢した。
特に理由や意図はない。
……いや、強いてあげるならばどう接するかという距離感がわからなかった。
たとえ付き合い始めたとはいえ、第一に何が変わったのだろうか。まったく実感もなければソラちゃんは同性で、勝手なイメージで抱いていた胸の苦しみを感じられない。
だからといって嫌いかと問われると、交際を受け入れた前提が崩れる。
「……恋愛って難しいな」
私が素直にお土産を渡したことには驚かれ、帰り際も訝し気な視線を向けられていた。
一緒にいたい気持ちはあるが、私なりに今後のことを考えないといけない。
何よりも、ソラちゃんは未成年の学生だ。
よく年の差恋愛を芸能ニュースで耳にはするが、それとはまたケースが違う。大人の私が恋人だからと振舞ったところで、周りがどんな反応を示すのか。
風当たりが決していいわけではないが、少しずつ社会が変わりつつある。
その辺も含めて、ソラちゃんとは一緒にいたい。
普段からめったに写真を撮る機会もなければ、家族そろってというのも珍しく。スマホのフォルダー内は味気なく、購入時から元もと入っている風景的な壁紙ばかり。
だけど今日、更新があった。
「うわっ、ブレッブレだ……」
不意に笑ってしまう程に写真のピントが呆け、辛うじて何を撮ったのかがわかった。元より出かけた先が二つだけで、撮った時間が表示されるからすぐに情景を思い返せる。
「このパンケーキ、美味しかったな」
思い立ったが吉日とまではいわないが、ソラちゃんの雰囲気から楽しめてもらえたのならよかった。
あの時、まさかの要望に応えてくれたことには予想外だ。
「……ソラちゃん、意外と手慣れてる感じがあったのは……気のせい?」
小さい頃の義妹からはよく強請られ、食卓で隣にいたから面倒をみてあげていた。おままごとでは当たり前だったのが、今では立場が逆転しまっている。
嫌いでもなければ、何かをシェアするのは好きな方だと思う。
だからソラちゃんを揶揄うつもりが、一本取られた気分だった。
話には聞く相手はお姉さんで、家族だから私と義妹に似たシンパシーを感じる。
……だけど、だ。
これが別の誰か。口ぶりからして交際経験はないといっていたが、話題の食いつきようからして断言はできる。
けど、学生だから機会は多いのか。
「女の子同士なら普通……?」
謎に顔も知らぬ相手への嫉妬心を抱きながらも、私なりの落としどころに着地する。
店内は見回す限り同性同士か、恋人っぽい男女も目に映った。人目も憚るどころか気にせず、別々の商品を頼んで分け合うか食べさせ合いっこをしている。
脳内で相手が誰かと想像を膨らませていると、撮った写真が切り替わった。
薄暗い室内、展示された水槽を泳ぐ魚たちを照らしている。
「この時のソラちゃん、可愛かったな~」
ただ単純に私が好きな場所を知ってもらいたかった。それも相まってか、次もあれば連れていきたい場所の候補が増えている。思い切って一緒に遠出して、地方を巡るのも楽しめそうだ。
何よりも夢中になっていた海月。
……どこか話題になっている場所でも探しておこう。
撮った写真をあっという間に観終えて、改めて考えさせられる。
「ソラちゃんのこと、やっぱり好きだな」
出逢いのキッカケはどうであれ、初対面で酔っぱらってダウンしている私に優しくしてくれた。しかも部屋まで綺麗にしてくれて、挙句に通ってくれている。料理に自信がないとはいいながらも、来るたび色々と作ってくれるバリエーションの豊富さ。リクエストだって応えてくれるのは、できる女の印象が強い。
それだけで好きになったわけでもない。
だけど、明確なこれだというキッカケエピソードがない気がする。
「ん~わっかんなぁ~」
知恵熱でもでてきたのか、仕事以外で使わない脳のどこかが悲鳴を訴えてくる。気分転換でもしようと飲み物をとりにキッチンへ、不意に水きり桶に目が留まった。
「大事に使わないと」
ソラちゃんからのプレゼントされた箸。
こうして洗い物をするのが珍しいどころか、今までは使い捨てばかり。嵩張るゴミ問題は気にはなっていたが、毎回洗うのが面倒だった。
それも明日からはいってられない。
「……待てよ、使い過ぎて欠けでもしたらどうしよう」
だからといってしまうのも勿体ないし、何よりもソラちゃんの気持ちを蔑ろにしてしまうのではないか?
ソラちゃんは自分用を使うのに、私だけ家に元ある物というのも変だ。
「いっそのこと飾る?」
トロフィーとまではいかないが、似たような台座くらいはネットで検索すればヒットしそうだ。インテリアとしては浮くだろうけど、大事にしたい気持ちとしては悪くない気がする。
結局のところソラちゃんとの今後については答えがでず、模索していく日々になりそうだ。この先どんな壁にぶち当たり、一緒に困難を乗り越えていくのか。
……私個人としては、難なく楽しく過ごしたい。
見えない未来に空想しても取り留めもなく、考え過ぎて疲れるのは元も子もない。
「……寝よ」
そう、第一に思った。
今日という楽しかった想い出を大事に、一息ついてから寝室に向かった。
もちろん使ったグラスを洗い、水きり桶にひっくり返す。でないとソラちゃんに怒りはしないだろうけど、また呆れた顔をされるんだろうな。
それを想像するだけでも笑ってしまう。
「おやすみ、ソラちゃん」
充実した休みが終わり、明日から普通に仕事がある。今の環境が嫌とか思うこともなく、上司ともおそらく良好な方だ。辞める予定もなければ、転職も考えたことがない。
それくらい馴染み、働きやすい職場。
ソラちゃんと一緒にいたい気持ちはあるけど、社会人の私が浮かれているのも変な話だ。しっかりとメリハリをつけた大人で、余裕のある年上の振る舞いをソラちゃんにはみせていきたい。
億劫だった月曜日を迎えるのに、遠足が待ち遠しくする子供の気分だった。




