久しぶりの義妹と過ごして
4月も後半になりつつも、朝晩の寒暖差は変わらず激しいまま。
それでも何故か火照った身体の熱を冷まそうとベランダで涼んでいた。
久しぶりといえるのか、半年ぶりに義妹と逢うも容体が優れずに醜態を晒し、何一つと構ってあげることができないダメな義姉。
その反省会も兼ねて、ぼんやりと夜の光景を眺めていた。
「……ん?」
ソラちゃん達が帰った静かなリビングに、スマホアプリの無機質な着信音が響いた。
……珍しいな。
直近で連絡したソラちゃんの性格を鑑みて、何か気に障ることでもしたのかと不安がよぎった。
「ウイ?」
表示された相手に、更なる不安を抱きながら画面をタップした。
家に着くにしては早いし、道中で何かあったのか? けど、ソラちゃんが最寄り駅まで送ってくれている。
そうなると、ソラちゃんの身にも何かがあったのでは?
さっき送ったメッセージに既読はついたが、返信が未だない。
それが余計に拍車をかけてくる。
恐る恐る耳を当て――、
「ウイ、どうかしたの」
『お姉ちゃん、ごめんなさい』
「え?」
第一声に息が詰まりそうになった。
いつもは私が迷惑をかけて謝る側で、義妹はいつも年の割に驚くほどの冷静な落ち着きを払っている。それに家事も義母が任せられるほどの腕前で、料理だって何を食べても美味しいに一言しかでない。
何でもそつなくこなせる印象の義妹が、私に謝るほどのことをした心当たりがなかった。
「落ち着いて、何があったの」
『その、颯来さんに変なことを言っちゃった』
「……?」
さらに要領を得ない言葉に、ただただ疑問しか浮かんでこない。
それくらい、義妹がテンパっている。
とりあえず落ち着かせようと思案するも、微かに聞こえた電車のアナウンス音に眉を潜めた。
「もしかしてウイ、駅前にいる?」
『……うん。颯来さんとは別れて一人だよ』
「そっか、じゃあそこで待ってて、今行くから」
思い立ったら吉日感覚で通話を切り、薄手の上着を一枚羽織って外へとでた。
ここ最近、社会人になってからよく走っている気がする。
あの日はソラちゃんを雇ったばかりで、部屋の鍵すら渡していなかった。……今だって、渡していない。受け取ってもらえるかも不安だし、どこか重く捉えられないかという不安がある。
そのお陰でソラちゃんが来る日は、定時で帰れるように頑張るようになった。
そう考えるともっと前、駅でナンパされていた時かもしれない。懐かしいと思うほど昔でもなく、中々に濃い日々を送っている気がする。
道すがらソラちゃんと鉢合わせるかと思ったけどそうはなく、仕事終わりの会社員でごった返す最寄り駅に着いた。
「ウイはっと……」
辺りを見渡し、すぐに義妹の姿が目についた。
チラホラと見受けられる制服姿に混じり、やけに幼い雰囲気のセーラー服。このことを当人に打ち明けると怒るので、胸の内に秘めている。
「ごめん、待たせた」
「こっちこそ、わざわざ来なくても良かったのに」
「そうは言うけど、久しぶりにウイと話したかったから」
どこか落ち着きがなさそうに視線を彷徨わせ、義妹はスカートの裾を握りしめていた。申し訳なさそうに顔を俯かせるので、さらに縮こまった印象が強まっていく。
「とりあえず家に戻る?」
「……明日とかお仕事で、迷惑だったりしない?」
「うちの会社はしっかりと週休二日制だよ!?」
妙なところを気にされたものだ。
それに、あそこは義妹にとっても帰れるべき場所。いつだって好きに来てくれて構わないし、あわよくば家事なんかもと考えてしまう。
けどそうなると、ソラちゃんに頼んでいる意味がなくなる。
私自身の自立も含め、早い子は高校のことを中学二年辺りから動きだすと聞く。そこら辺をよく知らないが、限りある学生生活を義妹には楽しんでもらいたい。
勉強に部活、休日は仲の良い友達と遊びに出かけるなど。
家事のできない義姉のため、時間を割り裂いてまで通ってほしいわけじゃない。そのことを直接言葉にしたわけではないが、そういった思惑がこの状況を作り出している。
すべては、私の身勝手なエゴだ。
「ちなみに連絡はしてきたの?」
「泊まるとまでは言ってない」
「なら、心配すると思うから連絡しておきな」
「……うん」
何があったのかはわからない。
それでも第一に、落ち着いてもらう必要がある。
でないと、ちょ~と背中が痒くてしょうがない。
……いや、気のせいだと思うけど。
「うん、朝には帰るから。おやすみ」
いつの間にか握られていた手を離すことはなく、通話が終わるまで隣に静かにしていた。
「お父さんたち大丈夫だって」
「普通に考えれば、義姉の家に泊まるだけなんだけどね」
「そのぶん、部屋が散らかってるんじゃないかってお母さんが心配してたよ」
「ぐっ!」
ど、どうやらすべてお見通しのようだった。さすが、私が一人で暮らすことに最後まで納得しなかっただけのことはある。
「ウイ、部屋は綺麗だったよね?」
「颯来さんから話は全部聞いてるよ」
「……さようで」
この件がお義父さん、特にお義母さんに知れ渡ってませんように。
そう、ただただ祈ることしかできなかった。
ここで義妹を口ふ――もといご機嫌を立てるように胡麻を擂り、義姉としての威厳をかなぐり捨てて謙ることも厭わない。
元より、後半の方があるのか疑問だが……。
他にも手を尽くして黙っておいてもらうことはできるだろうけども、なにぶん素直な性格の持ち主だ。思わぬところで口を滑らせ、そのことで謝られるのは私の心が痛い。
それに今だって、ソラちゃんとの一件を抱えている。
「あのねお姉ちゃん」
「ウイ、その話は帰ってから」
握った手を引き、私は見慣れた道を義妹と一緒に歩きだす。
「何かお菓子でも買ってく?」
「……こんな時間に食べたら虫歯になるよ」
「別に、歯磨けば大丈夫だと思うけどな~」
子ども扱いしたことに怒らせたのか、握った手に力が籠められる。
最寄り駅だから目につき、夜だから看板に明かりが灯ってさらに存在を主張していた。
だからでもないが、何かジャンキーな物があってもいいかなと思った。なにぶん、私の家にはそういった類がまったくない。
「ウイ?」
「……」
信号が青になり進もうとしたが、義妹はピクリとも動こうとしない。
ずっとコンビニの方を眺め、まるで玩具を買ってもらいたい子供のよう。
まったく、何を気遣ってるのやら。
「ほら、行くよ」
「ちょ! お姉ちゃん!?」
「積もる話もあるだろうし、たまには義姉妹水入らずで過ごそ」
強引な形で手を引き、コンビニへと立ち寄った。
スーパーで買い物慣れしている義妹でも、コンビニは物珍しいのか辺りを見回している。
「好きなのカゴに入れちゃって」
「スーパーと違って、少し高いんだね」
「けどそのぶん、四季に合わせたスイーツや新作のお菓子がいち早く手に入るよ」
「へぇ~お野菜なんかも売ってるんだ」
「そっち?」
どうやら私と着目する視点が違うようだった。
コンビニ入り口にある書籍コーナー脇、近くの農家さんが卸しているのか透明な袋詰めされている野菜。ジャガイモやニンジン、タマネギといった商品もあれば、日によって変わっている記憶が頭の片隅にある。
「ウイ、甘いの何がいい?」
「これがあの、ニュースにもなった商品」
「もしもぉ~し」
ブランドが掲げる限定商品のお惣菜、パッケージも他とは異なり専用の置き場だって確保されている。いつだったか、業界一位に対して宣戦布告したことがネットニュースで話題になった。
それを加味すれば、中学生に興味を持たれるのは悪い気はしないだろう。
ただ、それでいいのか?
私は手にした新商品と記載されたお菓子をカゴに、何やら真剣な目つきをしている義妹の後ろに立った。
「お気に召す物はありましたか」
「これと私が作ったの、どっちが美味しいかな」
究極の二択を不意に迫れ、上手い言葉がみつからなかった。
手軽で便利、なおかついつもお世話になっているから頭は上がらないコンビニ。
一方で、こんなダメな義姉のために作ってくれる義妹。
置かれた状況だけあって頭を抱えてしまう。
「夕飯もまだだったし、ついでに買っていっこっか」
「確かに、お腹空いたかも」
普段は一人分で済んでいたが、言いだしたぶん後には引き下がれない。
あれこれと興味を持った商品をカゴに入れられ、しばらく義妹の気が済むのを待った。
……それにしてもよく食べるな。育ち盛りだからか?
お惣菜はほどほどに、冷凍食品にも目をつけ始めた時には笑ってしまう。ここまでもコンビニ慣れしていない現代っ子が、家族の中にいるとは思いもしなかったのだ。
それがしかも、一番若い筈の義妹とは。
かれこれ狭いコンビニ内をしばらく巡り、会計の時に手慣れた感じでマイバックをだす姿には声を発して笑ってしまった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ああ、うん。大丈夫だよ」
若めの店員さんからも不思議な目で見られたが、気にせず店を後にした。
◇ ◇ ◇
「お姉ちゃんは座ってて」
それから家に着き、率先と義妹が夕食を用意してくれた。
ついさっき朝食のようで昼食、時間帯からしておやつでもおかしくない不思議なご飯を食べた。
容体が良くないからと作ってもらった玉子粥。空腹だったからぺろりと平らげたものの、今から夕飯が入るかが疑問だ。
キッチンの方から微かに聞こえる物音に、しばらく席に着いて大人しく待った。
食卓に並べられたコンビニのお惣菜を前にして、私は目を疑ってしまい何度も確認をとってしまう。
「これ、さっき買ったやつだよね?」
「そうだよ? 温めてお皿に盛りつけただけだけど……」
ハンバーグにサバの味噌煮をメインに、副菜できんぴらごぼうやポテトサラダなど。普段は温めた容器のまま食べていたお惣菜が、盛りつけただけなのに違ってみえた。
最後に運ばれてきた皿にはパスタが湯気を立てている。
「あんまり食べれないと思うから、取り皿使って」
「ウイは、できたお嫁さんになれるね」
「今のところそういった予定はないよ?」
私の隣に座る義妹は、至極当然といった顔をされた。
それはそれで心配というか、中学生の時点で結婚が決まってるのもどうかと思うが。義姉として負けた気分になる。
……かくいう私も、そういった相手が見つかっていないのだが。
内心で勝手に傷つきながら、ふと違和感を覚えた。
「……ウイ、どうして隣に座ってるの?」
「……昔のクセかな」
当人も驚いたように目を丸くさせ、静かに首を動かしてリビングを見渡す。
「なんか、懐かしくて」
「それなら……いっか」
四人掛けの食卓。義父と義母が隣同士で、自然と私は義妹の横に座っていた。それも落ち着きのない幼少期だから、補助イスに座りながらの食事。
義母が面倒をみる時もあれば、隣だから私の方が多かった。
それが与えられた役割的な気もしていたんだと思う。
そんな生活も長くは続かず、三人は新居へと引っ越していった。
それでも週に何度か家事をしに来てくれるが、一緒に食事を摂る機会は少なかったと思う。
だからこうして、成長した義妹とは何気に初めてかもしれなかった。
「朧気だけど、いつも食べさせてもらってた気がするんだ」
「好き嫌いもなく、大人しい子だったから手がかからなかったかな」
今ではその立場が逆転し、面倒をみてもらっている始末。
ホント、何があるかわからない人生だな。
「いただきます」
気づいたら中学生になっていて、背筋をピンと伸ばして座る姿ですら成長を感じられる。
「……冷めちゃうよ?」
「いただきます」
横目を向けられ、静かに両手を合わせて箸をとる。
空腹加減はそこそこではあるも、食べないという選択肢はない。
「……」
「ウイ?」
「気にしないで、お姉ちゃんの反応をみたいだけだから」
熱い視線とまではいかないが、誰かに中止されながらの食事は初めてだ。妙な緊張感に箸を伸ばし、小さめの一口でハンバーグを頬張った。
「…………」
「何かわかるものなの?」
「ソースの味が濃い目だけど、好みとしてはどう?」
「……こういったものだと思うよ」
むしろ食べ慣れているから気にならないし、大体そういうものだと理解している。
ウチの義妹は、何を知りたいのだろうか?
「そっか」
「……うん」
今どきの子が何を考えているのかわからないまま、しばらく無言で夕食を摂った。
「食べたぁ~」
お腹もほどほどに膨れ、私はソファで寛いでいた。
「お姉ちゃん、お風呂はどうする?」
「あ~とで。それよりさ……おいで」
ソファの隣へと手招きして、身体を寄せる形でくっついた。
「それで~何があったの?」
「私ね、颯来さんことをお姉ちゃんの恋人だって勘違いしてたの」
「っ!?」
寝耳に水すぎて、頭の中が真っ白になった。
ソラちゃんが……私の恋人?
何をどうみて勘違いした不思議だったが、訪ねる暇もなく続けられた。
「そのことで否定はしなかったの。お姉ちゃんって結構好かれやすいし、こうして家をでたのだってそういう意味なんでしょ?」
「ウ、ウイは……寛容で物知りだね」
言葉を噛み砕いて咀嚼し、満たされた脳をフル回転させる。
私が好かれやすいって、何をみて評価されたんだ? ま、まあ、家をでた件に関しては明確な意図を話してないから勘違いはされるよね。
だ、だからって、ちょっとびっくりだな!
「お母さんはもちろんだけど、顔にはださないけどお父さんだって心配してると思うんだよ。嫌じゃなければ戻ってくるとか、お姉ちゃん考えてない?」
「……戻る、か」
こうして素直な気持ちを改めて聴かされ、過去の私がとった行動を振り返ってしまう。何かと実家暮らしは楽だと耳にするし、そのことを実感させられている。
だとしても、今さら戻ってもいいものなのか。
なにより、大事な部分を脚色されている。
「……やっぱり、颯来さんと離れたくない?」
「ストップ、ウイ。いったん落ち着こう」
「落ち着いてるよ。だから訊きたいの、妹してお姉ちゃんを応援もしたいから!」
軽い眩暈に苛まれながらも、私は目頭を揉み込むように抑える。
どこか前のめりで食い気味に意気込む義妹の姿に、短く息を吐いて向かい合う。
「とりあえずソラちゃんの件からすると、恋人じゃないよ」
ちょっとだけ、胸の奥がざわついた。
「じゃあ、颯来さんは無理してウソを言ったんじゃないんだ」
「……なんだ、知ってたの」
当たり前のように過ごすどころか、義妹からの言及がなかったことを今さら気づく。恐らく家にソラちゃんが来た時点で勘違いし、邪魔をしないように気を遣ったに違いない。
どこか納得した顔で頷く義妹に、私は笑いかける。
「あと、何を勘違いしたかわからないけど、家をでた理由は恋人と一緒に過ごしたいからじゃないよ」
「……そうなの?」
まったく、想像力が豊かで多感な中学生だな。
「残念なことに恋人はできたことがないし、好かれやすいのも……心当たりがないかな」
高校一年の苦い思い出はあるし、相談事を聴いてあげているうちに好意を持たれたことはある。誰からも好かれやすいわけでもなければ、交友関係はそれほど広くもない。
なにより、あの部屋の惨状をみて付き合いたいモノ好きがいるのだろうか。
「家をでた理由は、ウイがもう少し大人になってから絶対に話すから。今は……それで我慢して」
頭の良い義妹だから、別に打ち明けてもいいとは思う。
だけどまだ幼くもあり、このことは義両親たちと話す日を決めている。
「……絶対だからね」
「約束する」
私自身にも言い聞かせるように、子供っぽくも小指を差しだす。それから指切りを済ませたタイミングで、お風呂の準備ができた音楽が流れる。
「他に訊きたいことはある?」
「ない、けど……私の勘違いでごめんなさい」
「大丈夫。私もしっかりとウイに説明してなかったのが悪いし、ソラちゃんには……うん、何とかするから」
不安げな視線で見つめてくるので、私は勢いよく抱きしめた。
「そんなことより、たまには一緒にお風呂に入ろ!」
「きゅ、急に抱き着かなくても!?」
拒否権なくお風呂場へと義妹を連行し、年の離れた義姉妹同士で裸の付き合い。最初は恥ずかしそうにしていたけど、私が服を脱いだことで諦めてくれたようだ。
「お姉ちゃん、結構あるよね」
「……ウイ、色気づかなくても魅力的だよ」
どこか羨まし気で、睨みつけるような視線に笑うしかなかった。
ソラちゃんと私が恋人同士か……。同性だけど、悪くはないかな?
一日の午前中を体調が悪くて寝ていたが、午後からは賑やかで色々とあった。久しぶりの義妹との触れ合いに軽くのぼせてしまうも、上がってからは仲良く二つのアイスを分け合って床に就く。
元より一人では大きいベッドだったけど、二人で寝るにはちょうど良かった。
……これは、返事にも困るよね。
規則的な寝息を耳に、頭の中で時系列を整理する。
そうすることでみえてくる、ソラちゃんから既読は付いたものの返信がない理由。今後も関係を続けていけるか不安はあるも、もしもの場合を想定しておこう。
「ソラちゃん、それにウイも……おやすみ」
目が冴えて寝つけたかったのでしばらく天井を眺め、夜が更けていくのただ感じていた。