26話 東郷セントラルビル(9) 吸血姫の支配
東郷セントラルビル 60階 エレベーターホール内
エレベーターホールではイチゴの指示で、気絶した解放戦線達を一箇所に集めて、その周りでイチゴがなにやら始めようとしている様子を僕とニィさんは眺めていた。
一方、セツナは気絶している【兎人】をホールの隅に運び、【兎人】の体を調べていた。
セツナが【兎人】の和服を剥いで、体を触って調べているので、僕はなるべく見ないようにイチゴを眺めていたが、ニィさんはイチゴの挙動が気になるようで見ているようだった。
イチゴは背から生えた握り拳の形状をしていた血の翼を尖らせて、槍の様に変形させた。
そして、気絶している解放戦線達12名を翼で次々と刺していくと、<血液支配>で操り始めた。
「彼女は、自身の血液に含まれる魔素を攻撃対象にリンクさせることで、隷属ネットワークを構築して支配することが出来るんだ。
とはいえ、血液だけではなく分泌液も媒介として使えるから汗や鼻水、唾液でも<血液支配>の効果範囲だね」
ニィさんがイチゴのスキルについて説明をしていると、イチゴに刺された解放戦線達はスッと立ち上がった。
「こいつら低レベルばっかりなんだけど、どういうことぉ?
仮にも<エリア管理者>に喧嘩売ってきた奴らよね?
自分らのレベルさえ分かってない奴らなのかしら。
セツナ! そこで寝てるミコトは使えそう?」
イチゴは隷属ネットワーク越しに支配している解放戦線達の強さが分かっているのか呆れて声を上げた。
「姫、調べましたが神経が壊されているようでしばらくは使えそうにありません。恐らくニィニィ様が壊したせいかと」
「あーね。ニィニィのスキルとは相性が悪くて、ニィニィが倒すと干渉して支配出来ないのよねぇ。
了解。
とりあえず手持ちでなんとかやりくりするかしらね」
セツナはイチゴに近づき、先程調べていた結果を報告した。
支配された解放戦線達は、自身の体から出て来た血液で、血の鎧が出来上がっていき、次第に武装化されていく。
解放戦線達の血の鎧の至る所からトゲが付いており、ひじには刃が、手には爪が生えている。
それは近づいた者を如何なる手段を用いても流血させようという確固たる強い意思と殺意が伺える意匠が施された武装だった。
「どうにも目的を知らさずに、新人冒険者達を仲間に引き込んだようだよ。
個人の力量に影響しない銃を持たせてる辺り、その努力が伺えるね。
普通なら高ランク冒険者を揃えて事を起こすのが確実なのに、実効支配を目指さずに<エリア管理権>を賭けた決闘を申し込むということは敵の戦力はそれほど無いのかもしれないね」
とニィさんは言った。
僕は先程ニィさんに言われて解放戦線の顔を見ていき、冒険者ギルドで見かけた新人冒険者達だというのをニィさんに伝えていた。
ニィさん自身も冒険者ギルドで見かけた新人冒険者達の顔とで記憶が一致していたので、無知な若者を集めて犯行に及んだという考えに落ち着いたようだった。
「とりあえず、宴会場に行ってみようか。
ぼんちゃんの話によると、参加者が100人以上は居るのが例年だったそうだから、誰かしら人が居ると思うよ」
僕達は宴会場へと向かった。
ーーーー
東郷セントラルビル 60階 宴会場
宴会場内は閑散としていた。
本来であれば、貴族の子供の誕生日会として大勢の人物がいたはずである。
各テーブルには食べられることが無くなった食事が残されており、まだ湯気が立っている。
閑散としているが宴会場には8人がまだ居た。
その内の6人はエレベーターホールにいた<中部復興エリア解放戦線>と同じ格好をしているが、残りの2人は女性であり、月魄ミコトと同じく和服を着ていた。
2人は、クラン<火狐紅蓮隊>の守谷キリコと大神コノエであった。
<火狐紅蓮隊>は旧日本統治時代の支配者に仕え魔を祓ってきた、密教をベースとした秘術を使う妖術士が多く在籍している。その来歴からクランには旧日本統治時代の復権を望む者が多くいた。
要するに現在支配している<エリア管理者>陣営に敗れた、負け組の関係者たちといった具合である。
キリコにクランリーダーから課せられた使命は一つ、貴族の誕生日会を強襲し<エリア管理者>との決闘権を得て、決闘に勝利し中部復興エリアの支配を握ることだ。
キリコは自身のスキルで誕生日会参加者を全て捕獲していた。
(ジョンの交渉はどうなっているのかしら? このままここにいるより<エリア管理者>の所に乗り込んだ方がいいんじゃないかしら)
キリコは<エリア管理者>との決闘も当然勝つ気でいた。
キリコには夢があった。それは、圧政を敷く<エリア管理者>を打倒し、ダンジョン化前の日本社会を取り戻すことだった。
キリコはダンジョン化前の世界を知らないが、両親からスキルと歴史を教わっている。
素晴らしい日本の歴史を<エリア管理者>などというふざけた蛮族に穢される訳にはいかない。
蛮族に支配された今では、杜撰な戸籍の管理から分かるように、既存のシステムをなぞっているだけで形骸化していた。
このままでは日本は保たないだろう。
この素晴らしい考えを教えてくれた両親は、既に反乱分子として捕まり投獄され、長い間会っていない。
両親と会えない期間がキリコの現支配構造への憎しみを募らせていった。
『こちらアルファワン。
エレベーターホールの部隊は全滅した。そちらに向かっている。気をつけろ』
通信機越しに男、ジョン=タイターが忠告してきた。
ジョンはダンジョン化前の合衆国の軍の部隊に所属していたという。
彼はダンジョン化により帰国する手段を失い、旧東京エリアで彷徨っている所を同じく彷徨っていたキリコ達と遭遇し知り合った。
彼とは協力関係を築いており、経歴を生かしてこれまでも協力をしてもらっていた。
ジョンの役割は地下1階の中央管理室の制圧だ。助けは期待できないだろう。いや、逆に失敗したら持ち込んだ爆弾でキリコたち諸共証拠隠滅を図るかもしれない。
キリコが騙して集めた解放戦線への武器供与、爆弾の調達と色々と協力してくれたが、いまいちジョンを信用することが出来なかった。否、男を信用できないというのが正しいか。
キリコの思想はさておき、ジョンが提供した銃火器は日本では到底手に入らないものだ。
どうやって手に入れたのかとジョンに尋ねると、本国から3Dデータを受け取って3Dプリンタで印刷し部品を組み立てて銃を作った、のだという。もっとも3Dプリンタで製造した銃は、素材の都合上熱に弱いため何度か使用すると銃身が歪み使えなくなるデメリットがある。だが今回のみ使えれば良かろう、というジョンの判断だった。
なるほど、確かにその方法であれば海を越え持ち込むことができる。
ダンジョン化後に出現した大小様々な海洋モンスターにより、海を越えること自体が高難易度ミッションになっている現状、その方法は合理的だとキリコは思えた。
「コノエ! 助言の方はどうかしら?」
「『冴えない男に気をつけろ』と言ってるわ」
コノエのスキル<狐狗狸さん>は、異界にいる精霊との交信で最善なアドバイスを得ることができる。
これにより、助言通りに動くことで誰にも発見されずにビルに侵入できたのだった。
そして、キリコのスキル<狐窓>は、複雑に手組みした手の隙間から対象を見ることで異界へと引き込むスキルだ。
本来は覗いた対象の正体を見破るスキルであったが、自身の所有物に作用するスキルである<空間収納>を基準とし、自身の所有物と同等の理解度を得ることでアイテムと同じく異界に収納することが出来るスキルへと発展させた。
相手は抵抗することが出来ず、覗くと無条件で発動し勝つ事ができるこのスキルにより、キリコは自身が最強だと思っていた。
コノエの発言の後すぐに、宴会場の扉は破られ、宴会場に血の鎧を纏った解放戦線達が乗り込んできた。
「な?! 寝返ったのか!?」
「何でもいい撃て! 撃て!!!」
「うおおおおおっ!」
解放戦線達が、宴会場に入ってきた血の鎧の男達へ銃を乱射し始めた。
「おい! 効かねえぞ! こいつら!」
「やめろ! やめてくれええ!」
銃弾は血の鎧で弾かれ、解放戦線達は血の鎧の男達に組み付かれ、負傷し血を流している。
「・・・・・・」
それまで大声で応戦していた彼らは無言になり、キリコ達2人の方を向き走り出し
た。
「マズイ!! 操られてるッ!!
『冴えない男に気をつけろ』ってこの事ですわね!!
これだから男は信用できないッ!!」
恨み節を吐きながら、キリコは手組みをし走り近づいている冴えない男達を覗き込んだ。
「<狐窓>」
キリコがスキルの宣言を行うと、冴えない男達は音も無く消え去った。
覗いてしまえば消し去ることが出来るので相手の距離も人数も強さも関係ない。
男達に襲われかけたせいとはいえ、手持ちの兵隊を全て異界に送ってしまった。
地下1階にいるジョンから兵隊を分けてもらうか? それともキリコが地下1階に行き合流するか?
「コノエ! もう一度助言を聞いてみて!」
キリコが今後の動きを考え、コノエにどうすべきか確認をする。
「『血の鎧』と、『操ってきた』ということは≪吸血姫≫がここに来ている?」
キリコは状況からイチゴの犯行だと推測した。
「せーかーい。
久しぶりね。堅物。
最近見ないと思ったら、こんな楽しいイベント考えていたのね?
私たちも混ぜてよ」
キリコが宴会場の入り口の声がした方を向くと、雨宮イチゴ、竜宮セツナ、イケメン、冴えない男の4人が立っていた。
「キリコ! 助言は変わらず! 『冴えない男に気をつけろ』と言ってるわ!」
キリコは冴えない男をのぞこうと手を組み始めた。
最後の文章は「のぞこう→除こう、覗こう」で二つの意味を持たせたかったのでひらがな表記です。
誤記じゃないよ_φ( ̄ー ̄ )




