21話 東郷セントラルビル(4)
東郷セントラルビル 55階 エレベーターホール内
ミドリさんが店員に言ってビルの見取り図と避難経路図を貰ってきてくれた。
「さて、貴族の子供はどこにいると思う?」
避難経路図を眺めながら、ニィさんは問いかけた。
「この時期なら誕生日会をここで毎年してたから、60階の宴会場だと思う」
ぼんちゃんは思い出しながら答えた。
「じゃあ人質は上ね。捕まえてわざわざ下に降りてくるとは思えないわ」
イチゴはエレベーターホールに掲げられた55階という表示を見て言った。
「上で人質を取っている班とエレベーターを止めている班と爆弾を仕掛けている班で少なくとも3班以上はいるだろうけどどうする?」
ニィさんは館内放送で言っていたことをまとめた。
<中部復興エリア解放戦線>は、貴族の子供を人質に取り、エレベーターと階段の扉を閉鎖し、ビルの倒壊に十分な量の爆弾を仕掛けたと言っていた。
貴族には護衛がいるはずなのでそれに対処して人質に取ったのであれば、相手は相当な手練れだろう。
エレベーターと階段の扉を閉鎖していることから、中央管理室を制圧しているということが分かる。
また、中央管理室の位置はビルの見取り図から地下1階にあることが分かった。
肝心な爆弾の位置だか、エレベーターと階段を閉鎖している中、エレベーターを使って爆弾を設置し回っているとは思えないし、現にエレベーターは停止しているようだ。もしエレベーターが動いていれば動作に気付いて閉じ込められた人々がエレベーターにやってきて爆弾を設置する所ではないだろう。
事前に爆弾を仕掛けるにしても監視カメラが多数設置されている中で荷物を忘れたフリをして爆弾を置いていくというのは考えにくい。
ビルの倒壊に十分な量の爆弾ということはそれだけ大量の荷物を持ち込んでいることからバレずに分散して置いていったとは思えない。
館内放送で脅すということは僕たちのように各層の人々は自由に行動が出来ているということだ。
ということは、制圧出来ているフロアには限りがあって、脅しているということだ。
「つまり、解放戦線が確実にいると思われるのは60階と地下1階の中央管理室かな。
あとは、低層の階に爆弾を設置しているかもしれない。
爆弾があるとわざわざ宣言したあたり、絶対邪魔されない場所に置いてると思うから、地下1階の中央管理室に爆弾を置いてるのかもしれない」
とニィさんは推理を発表した。
「なんでもいいけど上行ってみて、解放戦線がいたらぶん殴って吐かせればよくない?
折角人質を捕まえて、仲間が上にいるのに爆弾を爆発させるとは思えないわ」
長々と解説したニィさんに対して、イチゴはあっさり60階へと行くことを提案した。
「やれやれこれだから単細胞は」
ニィさんはボヤいた。
「それで上にはどうやっていくつもりなんです?」
僕は早く上に行きたいというイチゴに対してどうやっていくつもりなのかを尋ねた。
「そうね、天井を突き破っていくか、窓を割って外から飛んでいくかのどちらかしらね」
イチゴは目的地に行くのに障害物があるなら壊して行けばいいと提案した。
そして、イチゴは赤いドレスの背中が開いた所から血液で構成された一対の翼を出して宙に浮いた。
「え! 空飛べるんですか!?」
「外から飛んでいくって言ったのに飛べないわけないじゃない」
僕は手段について疑問を思ったのではなく、飛ぶことが出来る事自体に驚いたのだが、どうやら飛べるのは出来て当然のようだった。
「<血液操作>で体外に血液の翼を作って、<魔力放出>で推進力を生み出して反作用で空に浮いているようだね」
ニィさんがイチゴがどうやって飛んでいるのかを解説してくれた。
「じゃあ天井壊すわよ。離れてて」
イチゴは天井に向かって攻撃体制を取った。
「わわ! ちょっと待ってください!
上の階に人がいたら落ちてきて怪我をしてしまうので待ってください。
せめて、階段かエレベータシャフトか、業者用の荷物搬入用エレベーターを使うか、ケーブルシャフトを使いませんか」
誰も天井を壊すのを反対しそうになかったので慌ててイチゴの攻撃を静止した。
エレベーターシャフトかケーブルシャフトであれば、全ての階層に上下に繋がっているはずだ。
ケーブルシャフトの場合、防火区画の影響でケーブルが通れるだけの大きさになっているかもしれないからエレベーターシャフトを通って登る方が良いと提案した。
「それなら開けてみようか」
ニィさんがエレベーターホールにある監視カメラを壊し、その後エレベーターの扉を無理やり左右に引き開けた。
扉の先は各階層から漏れるわずかな光でうっすらと見える程度の視認性があった。
「そうだ。橘くん。
ここから60階まで登ると戦闘になる可能性が高い。
先に武器を渡しておくよ。今日が合コンだから繁華街に出ることもあると思って、昼にクランルームに寄って橘くんの武器も持ってきてあげたよ」
と言いつつニィさんは<空間収納>で、僕の棍棒と雷切を渡してくれた。
合コンの後に繁華街に行くことになるのかがよく分からないのと、なんで繁華街に行って武器が必要になるんだろうか。
「ありがとうございます。
<空間収納>って便利で良いですよね。
どれだけ運べるんですか?」
「私は一部屋分ぐらいしか出来ないかな。
限界を試したことはないけど、使用者の訓練次第で収納出来る量が変わるらしいよ。
入れられるものは自分が深く構造を理解しているものじゃないと入れられないから、<鑑定>スキルを取らないと難しいと思う。
自分でもよく分かってないものを<異空間>に出し入れするのってしんどいからね」
<空間収納>。
術者が異空間へのゲートを作り、その中に持ち物などの無生物を入れることが出来るスキルだ。
入れることが出来る物は、自身が触れているモノや構造がよく分かっているモノに限られる。
制限が掛けられている理由は術者の意識や技量の問題であると言われており繰り返し使用することで収納できる容量が大きくなっていく。
「なんでも良いけど、行かないなら先行くわよ」
イチゴは痺れを切らしたのか僕達の横を通り過ぎ、スィーっとエレベーターシャフトの中に入り上に上がっていった。
「私も行きます!」
セツナがイチゴの後をついていき、中に入ったと思ったらエレベーターシャフトの梁を掴んで登っていった。なんだか壁にへばりついているヤモリのような動きだ。
「じゃあ私たちも行くとしようか。
最後にアドバイス。
剣も渡したけど、それはお守りで持ってるだけで使うのは棍棒にしてね」
「何故ですか?」
ニィさんが雷切を使わないようにと釘を刺してきた。雷切の方が攻撃力が高いのだから雷切を使った方がいいのではないか。
「剣はまだ戦い方を覚えてなくて、棍棒の方が使えるスキルを覚えてるってのもあるけど、一番の問題は雨宮イチゴがいることだ。
あいつの近くで解放戦線を斬って血が流れたらそれに反応して手がつけられなくなる。逆にこっちが血を流すのもナシだ。
本当は60階と地下1階で二手に分かれたかったけど、暴走されると困るから、まずは人質救出を先にしたというわけさ」
イチゴという取扱危険人物がいる中、解放戦線と戦わなければならないのか。
僕は暗い気持ちになってきた。
「ま、人型モンスターと戦うより人と実戦をした方が経験になると思うから良いと思うよ。
なかなか人と練習試合じゃない本気の戦いって経験できないからね。
それで今日、時間が合えば近くまで来てるし稽古目的で繁華街に橘くんを連れていこうかなってのも思ってたんだ」
何気に怖いことを言うニィさん。本人は戦闘狂じゃないと言ってたが十分そうだと思う。というか繁華街は飲み食いする場所で稽古目的で行くような所じゃない。
「ニィさんは何を使うんですか?」
「私は素手で行くつもりだよ。じゃ、お先に」
ニィさんはエレベーターシャフトの中に入って梁を足場にし軽快に登って行った。
僕も行くかと思い、エレベーターシャフトの中を覗くと言いようがない恐怖を覚える。
これ落ちたら死ぬな。
恐る恐る梁の出っ張りに足をかけて登っていこうとするがちょっと待て。
今、手には棍棒と雷切を持っている。
左脇に棍棒を挟み、左手に雷切を持って、右手だけで5階分の高さを登って行かなきゃならないのか。
やれやれ、落ちたらシャレにならんぞ、と落ちないように気をつけて60階に向けて僕は登り始めた。
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東郷セントラルビル 地下1階 中央管理室
男はモニターを監視していた部下からエレベーターホールのカメラが壊されたという報告を受けた。
そのモニターの録画を巻き戻し、何があったかを確認した。
男は通信機を取り、報告を始めた。
「こちら、アルファワン。
若い男女4人が55階のエレベーターホールのカメラを壊したようだ。
1人は<飛翔>スキルを使っていた。恐らく冒険者だろう。
エレベーターのどれかからやってくる可能性が高い。注意してくれ」
『了解。
私の<狐狗狸さん>でも「下から敵来たる」と出たわ。注意しておく。
それで向こうからは連絡が来たの?』
通信機から女声が応答して男へ質問をしてくる。
女は現地の協力者で、旧日本の支配者層の関係者であり現在の支配者である貴族に敗れた一族の生き残りであった。
女の願いは旧日本体制の復活であり、男の合衆国から受けた指令と、目的は違えど同じであった。
人種や性別、国籍、思想は違うが目指すゴールは同じのため、協力関係を結ぶことができ、ここまでやってこれたのだが、男はこれからどうするか、悩んでいた。
貴族の子供を人質に取れたところまでは作戦通りであったが、<エリア管理者への挑戦権>を要求し脅迫をかけたものの、相手の反応は一切無かった。
貴族の子供の誕生日会をしていたそうだが、目的の人物がいなかった。
それはもしかしたら人質の価値が低いということを示しているのでは無いかという疑念が生まれてきていた。
エリア管理者はいずれも腕っぷしに自身がある者たちだ。
普段挑戦すること自体が困難ではあるが人質を取りさえすれば、自身の力量に疑いようが無いエリア管理者を表に引きずり出せる予定であった。
しかし、一切の反応がなく無視をされている状態では、挑戦権を得て、必殺の策で勝ち、正当な支配権を得てゴールへと前進するという予定が進みそうになかった。
打つ手が無いと感じた男だったが、ひとまず、エレベーターホールにある全てのエレベーターを1階から1番上まで上げることにした。
カメラを壊した者がどのエレベーターからやってくるかは分からないが、上手いこと行けばエレベーターシャフトの天井と上がってきたエレベーターで挟み圧殺出来るのでは無いかと考えたのだった。




