魔王を倒した男③
フリックとの決闘は1週間後に決まった。
フリック本人に確認せず決めて大丈夫か気になったが、問題ないそうだ。
アリサ曰く、「新入りはマスターと戦うのが決まりだから」とのこと。
そして、特に何事もなく1週間が経過した。
その間の俺はギルドに顔を出さず、〈オンザス〉の中で暮らしていた。
オンザスとは、俺が救助クエストを受けた街のことだ。
この国の王都であり、都市の中央には立派な王城が建っている。
クエストは〈白銀の紺碧〉の救助クエスト以来、何も受けていない
あのクエストで莫大な報酬を得たので、働く必要がなくなったのだ。
特に欲しい物があるわけでもないから、生活費があればそれでいい。
「ここだな、コロシアムは」
俺は街から出てしばらくしたところにある円形闘技場へ来ていた。
ちらほらと壁が欠けているような廃れた場所だが、観客席は満員だ。
フリックが戦う時はいつも人が集まる、とアリサが言っていた。
「ここから進んでちょうだい」
俺はアリサに案内されて、闘技場のグラウンドに立つ。
フリックの勝利を確信しているギャラリーが、俺になめたことを言う。
少しは粘れよとか、楽しませてくれよとか。
「やれやれ、魔王を倒したしもう目立ちたくなかったのだがね……」
俺とは反対側の入口から一人の男が入ってきた。
腰に剣を携えた銀髪の剣士で、年齢は20代の後半といった感じ。
(たしかにアリサや他のメンバーより強いな)
一目見てその男がフリックだと分かった。
ソロで魔王を倒したというだけあり、それなりの風格がある。
「どうしてこうも人が集まるかなぁ。俺は目立ちたくなんかないのに……」
フリックはしきりに「目立ちたくない」と言っている。
「魔王を倒したあとにギルドマスターをしている奴が目立ちたくない? 何を言っているんだコイツ……馬鹿なのか?」
俺の独り言は歓声に掻き消された。
フリックの登場により、皆はとんでもなく興奮している。
「ま、若者のうぬぼれを正すのは大人の務めだからね。かかっておいで、ジーク君。自分を最強だと思っている君に、魔王をソロで倒した男の力を見せてあげよう」
フリックが剣を抜き、剣先を俺に向ける。
たったそれだけの動きで、観客はますます盛り上がった。
「それはこちらのセリフだ。かかっておいで。お前さんと俺の間にある実力の差を教えてやろう」
フリックが顔をハッとさせて驚く。
この返しは予想していなかったようだ。
「君、死ぬよ?」
「いいからやってみろ。お前さんじゃ俺を殺すなんて不可能さ。それとももしかして、お前さんは防御特化型か? 攻撃に自信がないなら俺が攻撃してやってもいいけど……死ぬと思うよ?」
フリックの表情が一瞬だけ歪んだ。
だが、すぐに元通りの余裕ぶった顔になる。
「そこまで言うならいいだろう。まずは5割の力でいくが……死なないでくれよ」
「「「5割だと!? あいつ、死ぬぞ!」」」
「「「フリックの奴、キレてるぜ! やべぇぞ!」」」
観客がどよめく。
俺はうんざりした。
「何が5割だ。最初から10割でこいよ」
「そのセリフはこれを耐えきってから言ってもらおうか!」
フリックが数十メートル先で剣を振るう。
すると斬撃の真空波が生まれて、俺に襲い掛かってきた。
「これが……5割……」
俺は仁王立ちしたまま攻撃を受ける。
真空波は俺に当たると、あっけなく消えた。
無論、俺はノーダメージだ。
「なに……!? 効かない……!? 魔王の尻尾を切断した〈ソニックブレード・改〉が……!」
「ああ、いちいち技名とか付けちゃうタイプなのか」
ますます落胆する俺。
「なん……だと……?」
「真の強者は技に名前などつけない。使える技の数が多すぎるからだ。いちいち名前なんて付けていたら、途中で付ける名前がなくなってしまうんだよ」
「なにを!」
「ま、なんだっていいさ。耐えたから次は10割でこいよ」
「ぬかせ!」
フリックが迫ってくる。
武器を持っているわりになかなかのスピードだ。
おそらく50メートルを3秒で移動できるだろう。
「我が剣に宿れ! 氷の神!」
間合いを詰めると、フリックは剣を振り上げた。
彼の持っている剣が青白い光を放つ。
「これが俺のユニークスキル! 〈アイスブレスソード〉だ! 氷の神が宿りし剣は、魔王すらも切り裂き、凍らせたァ!」
パキンッ!
「氷の神の宿った剣が……!? オリハルコンなのに……!」
あっさりと折れた。
氷の神を宿したオリハルコン製の剣が。
命中した俺の着ている服には傷ひとつついていない。
「そうか! この服! この服が原因かぁ!」
「いや、これはただの服」
「嘘をつけぇ!」
フリックが懐より短刀を取り出す、俺の手に突き刺そうとする。
――が、短刀は手の甲に当たると粉々に砕け散った。
「服よりも地肌のほうが頑丈だよ、俺」
「そんな……」
崩落するフリック。
廃人になったかの如く、口を開けて涎を垂らしていた。
観客達は静まり返り、愕然、唖然、茫然としている。
「じゃあ次は俺の番……と思ったけど、もう勝敗は決しているな」
フリックは戦意を喪失している。
戦うまでもなく俺の勝利であることは、誰の目にも明らかだった。
「魔王をソロで倒したんだぞ……俺は……なのにこんな……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
俺は特大のため息を吐く。
「真の強者ってのは魔王を倒したことなんて誇らないものなんだよ」
たかが1体の魔王を倒しただけで満足しているフリック。
一方、数千万の世界で魔王や神を倒しても満足しなかった俺。
そこにある差は、戦うまでもなく明らかだったのだ。
「それとな、本当は目立ちたいくせに目立ちたくないって言う癖、やめたほうがいいよ。ぶっちゃけクソださいから、それ」
「なっ……」
「だってそうだろ? 目立ちたくないなら目立たなければいい。田舎にでも引っ越して農家にでもなればいい。そうすればすぐに忘れられるよ。なのにあんたはギルドマスターとして活動し、ギルドの新入りとはこうしてギャラリーの前で決闘を行う。それって目立ちたい奴のやることだろ?」
「ぐっ……」
「これを機に身の振り方を改めることだな。そうすれば少しはマシな人生になると思うぜ。じゃあな、フリック」
俺はフリックに背を向け、沈黙のコロシアムを後にする。
グラウンドを出て施設内を歩いていると、アリサが駆け寄ってきた。
「私の負けよ」
「ま、当然の結果だわな」
「約束通り、貴方の言いなりになるわ」
「いや、その必要はない。お前の覚悟に敬意を表して戦ったに過ぎない。言いなりになる必要なんざないさ」
「待って、それじゃあ、私が納得できない」
「だったらどうするんだ?」
「それは……」
アリサが言葉を詰まらせる。
俺が「ほらな」と答えて歩こうとすると、今度は腕を掴んできた。
「私を仲間にしてよ。言いなりじゃなくて対等な関係として」
「ますます意味がわからない」
「だって、他に何も閃かないんだもん」
アリサがむすっと頬を膨らませる。
それが可愛らしくて、俺はつい笑ってしまった。
「ま、いいだろう。そこまで言うなら仲間にしてやろう」
「ほんと!? やった!」
「でもギルドはどうするんだ? 副マスターなんだろ?」
アリサは躊躇うこと無く答えた。
「ジークが抜けるなら私も抜ける!」
こうして、俺とアリサは〈白銀の紺碧〉を脱退。
アリサが仲間に加わるのだった。
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